そろそろTRPG.NETのRSSアンテナでの、『きまぐれTRPG
ニュース』の扱いを検討してはいかがと思います。前にも日時設定のズルを指摘したこともありますが、、『きまぐれTRPGニュース』は市販品の紹介もしており、悪質なアファリエイト活動とも見られます。
管理人のaccelerator氏はTRPG.NETとよく協議し、解決策がでない場合はTRPG.NETへのRSS送信の撤退も考慮すべきかと思います。
今日はTRPGの使命が終わるということの意味です。
そもそもTRPG愛好者としてTRPG作品に引導を渡す行為は、あまり善良なことではありません。その作品を研究し普及に努め、経験が知財となっているゲーマーの苦労を水泡に帰すとならば、反発を受けるよりは口を閉ざす優しさを選ぶ人の方が多いのは明らかなことです。
よって、単に自分が好まざる
ゲームを中傷するがための蛮勇でしか、そのような声が聞こえなくなり、TRPG作品への批評に悪影響が出てきているのではないでしょうか。
正当な批評であっても、悪意ある中傷と見なされる業界は自由がありません。遊び手が業界を賛美する声ばかりを褒め、異論を受け入れる寛容さを失ったら、業界は閉塞します。
それでも、自分の趣味を否定される不安から、たやすく自由な環境を放棄してしまう人はいます。だが愛好者が厳しい意見を遠ざける環境は、喜びに満ちる場になるどころか、怨嗟と嫉妬が渦巻く魔境となるものです。
なぜなら、優しい意見のみに耳を傾け、厳しい意見に耳を塞ぐ態度はポジティブではなく、不寛容に他なりませんから。
批評を受け入れる寛容さのある業界なら、1つの作品が馴染まなかったと公言しても、別の作品に移行したり、プレイ環境を変えるなど本人は自由でい続けられます。
だが、賛美しか受け入れられない業界だったらどうでしょう。作品批判はすぐに業界、愛好者への攻撃へと見なされ、異端者としてグループから追放されるしかありません。そして次第に、自分がスケープゴートにされはしまいかと周囲の顔色を窺う地獄へと変貌していくのです。
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正当な批評が受け入れられる自由な環境のためには、それだけの見識が必要でしょう。寛容が善ですので、個人的な好き嫌いで使命の終了を断じてはならず、かつ個人の熱意や好みまで強制的に終了させる性質のものではありません。
まず、なぜ使命の終了を判断する必要があるのか。
それにはまずこの記事をご覧下さい。TRPGは市場流通に依存した商品である以上、消費者の人気と支持に影響される運命を持っています。
TRPGは止揚される 〜TRPG作品の人気サイクル〜 絶版になったTRPG作品は否定期から反省期に入っている作品です。ここで爛熟期に起きた影響を検討し、来るべき黎明期への再生のために、市場のニーズを再調査して異なる価値観を持つ次世代にも通用する作品にリメイクするかが、作品再生への鍵となります。そのために、爛熟期の終了を宣言するのが使命を終えることの意味です。
ここでいつまでも「ブームは終わっていない」と往時の流行を引き摺って「あの頃はあれで良かったのだ。変える必要はない」と頑迷な態度を続けていれば、価値観がガラリと変わった次世代への支持は得られません。
まぁ、そういう状態を「時代に取り残された」と云います。そんな者たちがいかなる末路を歩むか、誰もが察することができると思います。
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では、使命が終わったとは具体的にどんな状態を指すのでしょうか。
TRPG作品にとって使命を終えることとは、市場を失うことです。
市場は人々の生活環境を整えるために物品を交換する場です。生活環境には必需品(単体の生活に必要な物品)と奢侈品(社会生活に役に立つ物品)が必要であり、必需品を望む必需価値と奢侈品を望む
ブランド価値が市場に並ぶ物品を定める基準となります。
そして、市場の運営者は消費者がそれぞれの生活環境から自由な選択ができることに合わせ、ニーズに応える競争力をつけた品物を優先的に並べます。
すなわち、市場に並ぶのは必需価値やブランドがある物品ということです。TRPGの遊び手にとって生活環境とはプレイ環境のことですから、市場から途絶えたTRPG作品は個人の欲求としても、集団の流行としてもプレイ環境に組み入れる必要がないと下されたことなのです。
具体的には、TRPG作品は黎明期に常に業界にアンテナを張り活発な言論活動をしているコアゲーマーが買い、隆盛期に各グループでGM活動をしている親ゲーマーが買い、爛熟期に親ゲーマーの影響で興味を持っているが、自らが親ゲーマーとなって伝道活動をする気がない繁殖力のない子ゲーマーが買います。
どんなTRPGでも子ゲーマーが購入層の限界です。子ゲーマーにくまなく作品が行き渡った時点で、TRPG作品は爛熟期から否定期に入るのでしょう。
だから、市場を失うことは決して「売れなかった」ことではないのです。「売れる層に十分行き渡った」ことを意味するのです。市場は購買層の購買意欲の数だけしか容量がありませんから、業界に不足している作品……人気が出始めた作品を優先的に陳列しますし、供給が行き届いた作品は規模を縮小し、そして絶版にします。
なにしろ、TRPGは書籍ですから物持ちが良いですからね。子ゲーマーとならば数年経とうと使用に耐えうる品質を保ち続けるでしょう。
また、劇的な環境の変化で瞬く間に必需価値を失う場合もあります。この場合は、親ゲーマーが十分な子ゲーマーを獲得できる前に市場が途絶えてしまいます。例えば欠陥品やネガティブ・
キャンペーンを受けた作品、各種審査協会から止められた作品などです。
メーカーが事業に失敗して、十分に販売できないまま解散することもあります。
だが、それ以上に劇的な変化として、技術革新によって物品そのものの必需価値が消滅したり、革新された技術に合わせて世の中のルールが一変し価値を否定されたりすることがあります。
例えば人力車がそれに当たります。
自動車の拡充によって人力車は移動手段としての必需価値を失ったのみならず、車道が自動車に合わさったルールで運営されるようになり、人力車は自動車と同じ世界で活動すること自体ができなくなりました。
市場を失うということは、これらの諸事情が影響して人々の生活環境にそぐわなくなっていったということです。
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最後に、再生のための手順を提示しましょう。
遊び手に十分行き渡ったので市場から退いた場合、必需価値は満たされましたが、ブランドは持続しています。ただ、否定期のプレイでその作品が提供しうるゲームプレイはほぼ出し尽くされます。
TRPGはまず
システムから消耗し、続いて
デザインコンセプト、最後にゲーム世界が持ちこたえます。この3要素のどれがどれだけ消耗し、どれだけ持続しているか再検討することが作品再生の匙加減です。
『D20メタルヘッド』はデザインコンセプト、ゲーム世界を堅持し、システムのみを変えました。
『トーキョーN◎VA』や『天羅万象』はゲーム世界のみを活かし、デザインコンセプトを従来のサークル中心から
カジュアル中心のプレイ環境に合わせて作り直しています。
ゲーム世界まで変化されたとなると作品自体が変化していますので、菊池たけし、井上純弌ブランドとか、デザイナーブランド内での変化と見ていいでしょう。例えば『天羅万象』、『テラ・ザ・ガンスリンガー』、『エンゼルギア』の設定が『天羅WARS』に継承されたこととかです。
逆に3種すべてを堅持したまま、データを加味修正しただけで再登場したものもあります。『パワープレイ・プログレス』がそれに当たります。
劇的な変化で市場からの退場を余儀なくされた作品は必需価値はまだ残っているでしょうけど、ブランドが十分発揮できなかった可能性があります。これらの作品はまず、新しいベンダを見つけて再出発するしかありません。
『戦国霊異伝』は発売元が
イエローサブマリン内ブランド、キラメキだっただけに流通経路が限られており十分に購買層を拡大できないまま絶版になりました。だからブランドは残っており、やがて復刊.comにて復刊され、さらに『幕末霊異伝MI・BU・RO』とさらなる展開をすることができました。
逆に『蓬莱学園の冒険!』は著作権の移行が不明であり、人気作であるにも関わらず現在市場が途絶えたままです。
存在意義が否定されるほどの変化を受けた作品の再生は容易ではありません。なにしろ、今まで活動していた環境にもう居場所がないのですから。
こうした作品は、市場を新たに開拓するしかありません。
TRPGにはまだ存在意義が否定されるほどの作品は登場しませんので、人力車の喩えで続けましょう。
もし人力車の車夫が業界再生をかけて、もう一度タクシーとシェア競争をさせてくれと運動したらどうでしょう。おそらくタクシーとの規模・利便性の差で負けることは必至でしょうけど、それ以前にもう生活環境は市場の勝者・自動車に合わせてルール変更がされており、道路は自動車のルールの元に作り変えられています。その中で人力車が活動するのは不便であり、渋滞で迷惑を引き起こし、危険です。
もはや人力車はタクシーと同じ土俵で活動すること自体否定されているのです。それ故、自動車の往来が制限された観光地での観光車両として再生し、かつて健脚が自慢だった人力車夫は観光ガイドとして再出発しました。
TRPGが存在を否定されるほど技術革新がされるとしたら、まずオンライン環境の進化が予測されるでしょうか。もしネットランが可能になったらTRPGは仮想空間を舞台にした擬似ライブRPGに進化することもありえます。
TRPG自体が反社会的行為として国や組織から弾圧される可能性もあります。『D&D』が出た当初、シーフが活躍する『D&D』はキリスト教精神に反する反社会的な存在とネガテイブ・キャンペーンが発生したことがありましたが、同じことが日本で起きないとも限りません。
ほら、日本には怪しい著作権シールを売って儲けたいと目論む人たちが多くいますし。
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TRPGの使命が終わるということは、決して悲劇ではなく、むしろ役目を十分に果たしたという結果でもあるのです。そして再生のために必要な反省への歩みを始めることなのです。
使命が終わったから努力が水泡に帰したと落胆するのは早計です。ゲームプレイで培った経験は反省的視野となって次世代のゲームにも役立ちますし、そうした積み重ねが総体として優れたゲーム感覚として次世代のリスペクトを得る要素となるのです。
本当に努力が水泡に帰すのは、往時の栄光を引き摺って自分自身のゲーマーとしての使命すら終わらしてしまうことではないでしょうか。
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追記:2008.3/29
その1:『2D6で1』のstealth氏から、『戦国霊異伝』に関する情報に誤認があるとの意見を戴きました。関係者の方々に謹んでお詫び申し上げるとともに、訂正記事を引用させて戴きます。
一言だけ実誤認があるようなので申し上げますと、「有限会社キラメキ」はイエローサブマリン内部のブランドではありません。
『戦国霊異伝』初版はキラメキから直接出版されております。
イエローサブマリンの内部ブランド「マジカルミステリーツアー」から発売されたのは、キラメキ制作の『アコースティックリフ』であります。
ちなみに『幕末霊異伝MI・BU・RO』をディベロップしたのは「番長学園!!」のTEAS事務所です。
その2:冒頭の『きまぐれTRPGニュース』への指摘の件で、『TRPGのススメ?』の紅茶檸檬氏からアフィリエイトではないという指摘を受けました。誤解を招く表現をしてしまったことをここに謹んでお詫び申し上げます。
hatenaでアフィリエイトのお話ー