2005年02月27日

面白い試み

 ちょっと面白いことをしているゲームメーカーがあったので貼り付け。
 ウチはゲームとは言え、まったく畑違いなのでこういうのに反感を持つ方もいるでしょうけど、その試みの面白さに賛同するということで。
 こういうことをTRPGベンダもやってくれれば嬉しいんですけどね。バナー貼り付けで限定シナリオプレゼントとか。

 ちなみに、アダルトゲームだから18歳未満のお子様は買っちゃダメです。
 お子様は『真・三國無双4』で3000人斬りするべし。
 …今回、雑魚敵の量が桁ハズレ。『天羅万象』じゃないけど、3000人はちょっと拠点兵長倒さずにやってれば結構簡単に達成できます。ゲームとしては確実にレベルアップしてますけど、指痛くなります。
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2005年02月26日

サム・スペードの末裔と生天目仁美さん 〜TRPGにおける知的研鑽と萌え〜

 TRPGのシナリオが物語と違う点ってのは、読み手…TRPGでは遊び手の欲求を裏切るような展開が難しいことです。例えばハードボイルドよくあるビターな顛末…、「俺はベストを尽くしたし最良の結果を出した…。だが、祝杯を上げる仲間はもうどこにもいない」なんてほろ苦い演出をしたところで、ハードボイルドのノリを知らないプレイヤーからすればなんて冷酷なGMなんやとブーイングが来ます。

 ビターエンド(造語)はハードボイルド…とみに『マルタの鷹』のノリをSFで継承したサイバーパンク物に多く、『サイバーパンク2.0.2.0』ではサプリメント『レフリーズ・アクセサリィ』に掲載した短編小説2作がいずれもビターエンドで締めくくっています。
 ビターエンドがサイバーパンクにとっていかに大事なのかは同サプリででピーター・クリスチャンがコラム『現実に直面して キャラクターの行動結果』にて提示しています。
 肯定的引用、いわんや虎の威引用はしたくないんですけど、少し引用しますね。

 『サイバーパンク』においては、手に入れられる報酬のほとんどすべてに、代償が課せられる。命、友人、人間性、そして資産の喪失である。プレイヤー・キャラクターたちは、戦利品を満足そうに眺めたり、友に向かって勝利を叫んだりするべきではない。彼らは、それでもまだ友人が残っていることを、ラッキーだと考えるべきなのだ。

 実は僕が『サイバーパンク2.0.2.0』をやり始めてしばらくは、クリスチャンのコラムの真意はまるで分かりませんでした。それまではファンタジーや『蓬莱学園の冒険!』などが主体で、サイバーパンクはまったくの畑違い。ただ、RPGマガジンのリプレイ、『振り向けば死』でのキャラクター描写が痛烈で、それに魅せられてはじめたのが契機です。
 だから暴力的な近未来ゲームという認識はあれど、サイバーパンクの真髄には気付かないままにサイバー&バイオレンスを繰り返していました。言葉は悪いがサイバーD&D、具体的には『バイオレンス!』とまったく同じようなことをしていたのです。

 だが、それしかしようがありませんでした。
 誰も彼もが、サイバーパンクの思想的背景を知りえていなかったのですから。
 
 『サイバーパンク2.0.2.0』も古いTRPGですから、ロールプレイ技術に関するルールは未開発です。ロールはクラス、サイバーウェアやプログラムは近未来の魔法、ナイトシティは近未来ダンジョン…、そう当てはめればこのゲームはやはりサイバーD&Dと呼ぶに相応しいダンジョンTRPGに似通ったシステムです。
 だからビターエンドなど、サイバーパンクのノリを展開するにはシナリオによるアナログな手法を取るしかなく、遊び手もそれを心得る教養がなければなりませんでした。僕はなるべく『マルタの鷹』や『重力が衰えるとき』を読んでもらい、できれば感想を書いてノリを実感できた段階でプレイしてましたけど、コンベンションではさすがにそれを要求するのは無理です。従って、サイバー&トリガーハッピーな『バイオレンス!』的キラーシナリオをやらざるを得ず、えらくB級なゲームになりました。

 B級は『サタスペRemix+』が担っているノリだから、そっちに任せればいいんです。『サイバーパンク2.0.2.0』は格調高いハヤカワ文庫のノリなんです。ちなみに『攻殻機動隊』も源流は『シュレーディンガーの子猫』が当たりそうだし、それは『トーキョーN◎VA』の方がいいかもしれません。

 色々な小説、映画、漫画などエンターテイメントを勉強して知識を研鑽しろっていうゲーマー上達の技法ってのは、要は原始的な作りのTRPGにおいて、ジャンルが持つノリをうまくゲーム世界の中で活かすためってのがあります。
 ムアコックを読まなければ『ストームブリンガー』のノリは掴めないし、ラヴクラフトを読まなければ『クトゥルフの叫び声』のノリも掴めません。昔はそうやって勉強したノリを共有してプレイしていました。
 実際、井上純弌氏や速水螺旋人氏ら30代デザイナーの多くが知的研鑽で得たノリをゲーム世界に活かすということが好きな人でしたし、『アルシャード』や『エンゼルギア』、『サタスペRemix+』も原典ノリを心得てこそロールプレイが光り輝くようなデザインがされています。

 ところが、実体験から言えば20代以降のプレイヤーはそういうノリが大っ嫌いです。
 知的研鑽はしているんですけど、どこか自分のオリジナリティ…創作意欲に対する自負というか優越感みたいなものを持っていたのが20代プレイヤーでした。自分の作るシナリオが提供するエンタメの方が凡百の物語より優れている、自分の演じるキャラクターの方が凡百の登場人物よりも魅力的だという「萌え」、悪く言えば思い上がりがありました。

 僕自身がそうでした。

 原因を挙げれば、1にコンシューマーゲームをたくさんプレイしている(当時)20代のゲーマーは主人公という感覚が無意識に発達してて、自分の行動が主体となって進む物語に慣れすぎてるというのがあります。自分の行動に主体性があれば、ゲーム世界がどうなろうか知ったことではなく、ましてや原典ノリなんか唾棄したってなんら痛痒には思わないのです。
 もちろん、30代ゲーマーも経験先行で、技術を体系化して後進を育てるということを怠ったのも原因の1つでしょう。彼らの「一見ゲームとは脈絡がなさそうな原典話」をヲタクのキモい衒学だとしか見做せなかったのも、原典ノリをゲーム世界に活かすって発想がなかったからです。
 
 まぁ、突き詰めれば学校教育での才能教育、個性教育でなんか自分がクリエイターの才能があるんじゃないかと漠然とインプットされているってもありますけど、教育の問題は断定できまん。

 こういう「オリジナリティ思考」のゲーマーは中身の多寡に関わらず、人からノリを強要されることを嫌います。とにかくエンタメに対して優越感抜き出しで、「俺のエンタメへの素質は凡百のクリエイターの作品なんか唾棄できるほど高貴なものだ。俺が作品をリスペクトするのは、作品の質を評価したのではない。キャラクターに萌えただけだ」なんてのをプンプン漂わせている人なんてゴロゴロいます。

 アニメなんか、作品や作家をボロクソにコキ下ろしながら、自分の好みに合致したキャラや、好みの声優が演じるキャラになると鼻の下伸ばして「萌え〜」なんていう輩がとても多い。僕はアニメの『魔法先生ネギま!』も楽しんで観ているのに、なんだ本屋ちゃん(正確には、その声優である能登麻美子さん)だけリスペクトしやがってからに。

 これも実体験で語るけど、こういう手合いはTRPGでは長続きしません。
 自分の表現欲…、実際には極上のエンタメが表現できると思い上がった意識の肥大化…意識デブと呼べるもんですけど、TRPG始めてしばらくはサークルやコンベンションなりで、始めはキャラクタープレイから、そしてシナリオへと才能を披露(意識デブの発散)をします。
 ところが、やがてはゲーム活動にすぎないTRPGのゲーム環境において、自分の表現活動がなんら報われないことに絶望します。それ以前に、表現欲が枯渇して独創的な閃きが完全になくなっているのに、世間にあふれるエンタメへの歪んだ優越感だけがべっとりと残ってしまい、人間としてダメな状態に陥ることもあります。
 そして自分自身の底の浅い限界と、根拠もやり場もない優越感から一気に鬱になり、結局はゲームを、そしてゲームに打ち込んでいた自分自身をも否定・拒絶してゲーマーの道を閉ざしてしまう人がいました。
 僕の周りにも「もうTRPGなんか見向きもしたくない」という人はいまして、彼らが神社に呪われた品を奉納するかのようにルールブックを置き捨てたもんですから、僕もちょっとしたルールブックリッチです。

 馬場秀和氏の一連の論文もまた、そうした意識デブな人たちの駆け込み寺として機能した側面もありました。悪いのは自分ではない、自分の表現欲に応えてくれないゲームが悪い、ベンダが悪いんだと。いわゆる信者(熱烈な支持者)とアンチ(熱狂した批判者)とに分裂して論議を呼んだとされる馬場理論…この表現、嫌いなんですけど本人が使っている以上使わざるを得ない…ですが、部外者の僕から見たら「馬場理論を既成TRPGへのアンチテーゼとして掲げ、自分の歪んだ優越感を糊塗しようとした人たち」と、「馬場理論をバッシングすることで、自分のゲーム感覚が凡百の及ばぬ高みに達したと主張したがる人たち」との汚らしい意識デブ戦争に見えてくるのです。

 現在、馬場理論は多くの人にとってゲーム技術の体系ではなく、インターネット論争のネタとしか利用されていないのが現実と見ていいでしょう。自分のゲーム環境に活かして使うという観念を持とうとしないから、いつまでも考えが成長しない。過去の論争にあったログをコピペしているに等しいことをいつまでも繰り返し、その都度自分はゲーマーとして高みに昇ったと思い上がる。
 同じScoops RPGでコラムニストとして活動している身の上である以上、馬場氏に振りかかった火の粉の幾分かはこちらにも飛び火してきます。『僕はTRPGが好きではありません』執筆時には「ひょっとして、君にトラウマを与えた先輩ゲーマーとは馬場秀和ではないのか」なんてメールすら戴きました。

 意外かと思われますけど、僕は馬場氏とは面識すらありません。
 僕ですらまだ、彼は遠い異世界の人です。

 自分の表現欲が一番大事、あらゆるメディアは自己表現のための肥やしだと、自分がクリエイターとしての才覚を秘めていると思い上がる自意識過剰ぶりは、やがて凡人が凡人を忌避しようとして崩壊するがままに、絶望して深刻な自己否定への道に至ります。
 僕自身がそうやってTRPGに絶望し、一時期TRPGに目を背けてきただけに、自意識の弊害ってのが痛感できるんです。だからなにかを穿つときも、自分のゲーム感覚なんかこれっぽっちも信用しちゃいません。
 
◆◆◆

 話を原典ノリに戻しますと、「知的研鑽」と「萌え」の区別がつきづらいってのもTRPGにおけるノリの難しさの一因と言えます。

 簡単に言えば、知的研鑽ってのは跡で他の人と共有する共通認識として憶える情報ですけど、萌えってのは本人の脳内にある「お気に入りフォルダ」でしか確認できない非具体的な情報です。
 TRPGが勝手知ったるプレイ仲間でも、コンベンションでの一期一会の付き合いでも、複数の人間と時間を共有して楽しむゲームである以上、TRPGに必要な情報は共通認識を溜め込む知的研鑽の方がしっくりきます。

 ところが、これもゲームメディアの発達が原因なのでしょうか、萌えのために情報を溜め込む人は年々多くなりこそすれ、減ることはないです。他人と共有しない、自己満足のために映画を観て、漫画を観て、アニメを観ます。
 自己満足ですから客観視する要素が何もなく、漠然とした「好き・嫌い」の主観のみが情報を分別する基準となってしまいます。こういう人に他人の評論など真摯に受け止めるような感覚はまったくなく、好きだから追従萌えし、嫌いだからバッシングする。
 
 情報に対して、追従萌えするかバッシングするしか湧かない脳ですから、とても原典ノリを共有してプレイをしていくなどできっこありません。せいぜい、自分の萌えをキャラ萌えで吐露するか、人様の共有感をキモいと蔑むか程度でしょう。
 本質的には、自惚れと他者蔑視で成り立っている「萌え人」ってのは自意識が肥大化した意識デブなんですし、やがては変人扱いされ消えていく運命が待っています。

 TRPGのために情報を溜め込むのは有益なことです。
 だが、それは他のプレイヤーと共有し共通認識として昇華させてこそ活きるのであり、自分のお気に入りフォルダに入れて萌えても、自分を腐らすだけで何の益ももたらさないのです。

 「萌え」はやはり「燃え」に通じます。
 いずれ萌え尽きて灰に成り果てるものです。

 追伸:声優さんの名が出たのでちょっと触れますけど、去年だか生天目仁美さんの読み方を聞いたらバカにされました。「“なまてんもく”じゃないよね?」と聞いた僕
もバカでしたが、その後鬼の首を取ったように嘲り囃してきたので思わずバイオレンスな手法を取ってしまいしました。ったく、萌え人ってのはホンマに幼稚です。


 追伸のさらに追伸:バイオレンスな手法ってのは『サイバーパンク2.0.2.0』の戦闘でオープンダイスにしただけです。リアルで殴っちゃいませんので通報なんかしないでくださいね。



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2005年02月23日

すごいよSEESAA! ジャンルに「非電源ゲーム」追加

 実はSEESAAに移転した直後、ジャンル一覧に「ゲーム」が独立してたんですが、すべてコンシューマー。TRPGなどまったくありませんでした。そこで「非電源ゲームのカテゴリを作ってください」と問い合わせしたんです。TRPGだけだとさすがに無理だろうから、カードやボードと結託すればいいかなと。

 そしたら、驚いた。
 SEESAAのジャンル一覧、ゲーム欄に非電源ゲームが!
 早い! たかが1ユーザーの声がこんなに早く反映されるとは。
 
 そんなわけで今日はSEESAAをリスペクトします。
 いいBlogじゃないですか。 

 …もう3時。いつもは雑記書き終える時刻なのに、今日は書き始めが3時。
 眠い。僕ぁテンパっても睡眠不足だけは避ける男です。
 
 ああ、ここは事前にカテゴリ設定せんとカテゴリ分けできないんだ。
 どうしよ〜、ただの雑記じゃダメだよね。よし、ここは3分で何か穿とう…。
 そうですねぇ…。

 ホビージャパンのオンラインショップで『D&D3.5e』がダイスセットと込みで販売されているんですけど、同じおすすめ賞品で隣にあるのがこれだったりして。
 い、いや…、これを買いに行ったら『D&D3.5e』ダイスセットのこと知ったとかそんなんじゃなくて…。
 
 あ〜、もう。バカなことしか言えない。
 寝ます。まだ届いてません。寂しくなんかないもんっ。
posted by 回転翼 at 03:24 | TrackBack(1) | よしなしごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年02月21日

仲介者と嘲笑者 〜依頼を結ぶNPC〜

 TRPGで苦労するシーンの1つが、導入です。
 それも依頼型の導入を取るとどうにも切れの悪いオープニングとなることがしばしばあります。

 荒くれ者が管を巻いている酒場……最近は女の子ばかりなので甘味屋に商売替えした店もあるそうだが、そこにわけあり顔の男が1人入り込んでくる。男は君たちは冒険者かねと尋ねてきて、村はずれにゴブリンの巣が出来て困っている。報酬はこれだけ払うから退治してくれんかと頼む。

 ところが、誰も引き受けてくれない。
 ある者は「あんたはベストを要求しているんだから、もっと見合った報酬をくれ」と言い出す。ある者は「そんな仕事は性に合わない」と言い出す。プレイヤーの本音を言えば、「次のレベルアップに達するまでには報酬が足りん」、「キャラクター設定だから」「ここでGMに揺さぶりをかけてシナリオ展開を有利に…」だとという目論みがある。
 それ以前に、連帯感なくバラバラの状態では、音頭を取って団体行動を取りましょうなんていうコーラー役がいない。皆が他者に遠慮して中々話が進まない。

 もちろん、GM困り果てる。
 ゴネるのもロールプレイだと思い込んでいるプレイヤーたちには十分プレイ中だけど、GMは依頼に乗ってくれないとプレイが始まらないとセッション崩壊の危機に強迫観念のノルアドレナリンを大放出。
 GMを手玉に取ることがどれだけたやすいことかを実証することになる。
 
 実際にはこれにロールプレイや設定で色づけされていて、臨場感は多少はあるんだろうけど、「依頼人が現れて仕事を持ちかける」というのが基本的なスタンス。だけど引き受けるべき状況に持ち込むまでの難しさが、依頼型を切れの悪い導入にしています。
 だから依頼型よりも巻き込み型の導入の方になびくのは仕方がないことで、F.E.A.R社のゲームによって考案されたハンドアウト……コネクションを明記したしっくりくる巻き込み型導入法によって、巻き込み型は今では「やりやすい」導入となっています。
 このままでは、依頼型の導入は未熟なGMの取るダメな手法とされるかもしれません。

 熟練GMの場合、導入だけを何パターンか用意して同じシナリオに当たらせるとかテクニックを駆使してなんとか凌いでいるようですけど、問題はプレイヤーの士気が低い場合には何をやってもモチベーションが上がらないということです。

 今日はSeeSaa移転後初のTRPG雑記ということで、僕が使用した依頼型導入の小技を開陳しましょう。ただ、言っておきますけどこういう小技は自分のゲーム環境で仕立て直して使ってこそ華です。

【技その1】
 仲介者NPCを用意する

 PCと依頼人を仲介する常駐NPCを用意します。
 冒険者ギルドがあるゲーム(『アルシャード』のノルンとか)ならギルドメンバー、『トーキョーN◎VA』ならクロマク、連帯感の薄いサイバーパンク物でもバーテンダーとかフィクサーとかがその役に当てはまるでしょう。
 とにかく、そのNPCは「PCの実力をよく知っている」「依頼人の素性に詳しい」「広いネットワークを持っている」人物です。

 仲介者NPCの役目は、契約を明瞭にすることです。
 PCに対しては依頼人の素性を明かし、報酬を値踏みさせる判断材料を与えます。「この依頼人はいくらまで出す」という目算をインプットしない限り、日々の生活のことなんかロールプレイせんでも良いと考える能天気なPC衆は考えなしに提示された報酬にゴネ続けます。
 逆に依頼人……PCへの抑制に関しては「お前たちにはこの仕事が妥当だ」ということを警告する目的があります。

 仲介者の仲立ちで依頼を「契約」とすることにより、プレイヤーに「依頼を放棄したら悪評が飛ぶ」ということを認識させるのが全体的な目的です。もちろん、仲介料は報酬とは別箇にしないと、PCたちは仲介者のマージンを怨みます。ささいな額でも。

【技その2】
 嘲笑者NPCを用意する

 嘲笑者NPCとは、PCたちをヒヨッ子だと侮っている同業者NPC集団です。
 こいつらの目的は、PCたちを反発させ奮起させることにあります。
 PCたちが仕事に乗り気なら割って入って「ちょいと待ちな。こんなガキどもに任せたらあんた損するぜ」と介入します。乗り気でないなら、酒場のカウンター席から「おいおい。ここにゴブリン退治もできないヒヨっ子がいるぜ」と煽ります。どっちにしろ、酒場には嘲笑者の取り巻きがいて、一斉にPCたちを嘲笑します。
 
 それでも依頼を断るPCたちがいるようなら、後日酒場には嘲笑者たちが冒険成功を祝してのパーティをやってる最中にします。座の中心には「あんなゴブリンども、チョロいもんだったよ」と武勇談をする嘲笑者の姿が……。プレイヤーたちに、自分たちの取った行動が「不名誉で惨めな選択」であったと思わせるのです。
 そこでヘコんだり、喧嘩したりしたPCたちに仲介者NPCが「名誉挽回の機会があるんだが」と改めて依頼人を紹介します。

 それで、首尾よく依頼をこなした場合、報酬以外のロールプレイ上でのボーナスをも嘲笑者は与えることができます。
 首尾よく冒険を成功させ、酒場に戻ると周囲の空気はガラリと変わる。
 今まで嘲笑者になびいていた酒場女が男性PCに擦り寄ってきたり、嘲笑者の取り巻きが鞍替えして「今日は俺たちにおごらせてください」とやってきたりする。あるいは嘲笑者が態度を変えて敬意を表したりして、PCたちを祝福したりする。
 
 こういう風に、いい仕事した良かった良かったという実益だけではなく、ゲーム世界でも自分たちがリスペクトされたという満足感を与えると、プレイヤーの依頼型に対する期待感はより一層強くなります。
 
 ……とまぁ、以上の通り小技には違いないが、こういうちょっとした技法を駆使することによって、プレイヤーにゲーム世界への連帯感、共有感を持ってもらうのがTRPGにおける「技」であると考えています。

 
posted by 回転翼 at 03:08 | TrackBack(1) | TRPG雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年02月20日

アクセスカウンター

 う〜む。アクセスカウンターが重い。
 テストとして2種乗せてます。1つは一番星のサイコロなんですけど、表示されなかったり画像が出てこなかったりします。そこでもう1つ付けてみようとしたけどしっくりこない。どないなもんでしょ。
posted by 回転翼 at 22:16 | TrackBack(0) | 更新情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年02月19日

移転しました

 SEESAAの皆さんどうもはじめまして。
 これまでTRPG関連で購読していた方々、どうもこんにちわ。
 
 このたび、BlogをMelma!からSEESAAに移転しました。
 題名は前回と同じく『うがつもの』にしています。
 場所は変わりましたが、これからもTRPG活動を展開していきますのでよろしくおねがいします。
 しかし、一気に難易度の高いBlogに移転したので、機能をまだつかいこなせていません。これからどうなることやら。
 
posted by 回転翼 at 23:40 | TrackBack(1) | 更新情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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