2005年03月29日

更年期障害と倦怠期 〜TRPGゲーマーの体力とモチベーション〜

 池袋のイエサブに行ったら『サヴェッジ・サイエンス』売り切れてた。
 いや、あそこは別に品揃えのいい場所というわけではないのだが。

 今日のコラムはTRPGゲーマーの体力と倦怠期のお話。

 葛藤を含めて、TRPGの資源管理は緊迫感を強いるしストレスの溜まるものです。
 現行のTRPGで資源管理を強いる場面と言ったら戦闘と迷宮歩きなんですけど、『セブンフォートレス・アドヴァンス』や『アリアンロッドRPG』でずっとランダムダンジョンをプレイし続けると、キャラクター1人というシビアな条件だけに同じ時間だけ『ウォーハンマー(ミニチュアウォーゲームの方)』をプレイしている以上に疲れます。
 昔は『D&D』、『T&T』、『ウィザードリィ』といった迷宮歩きメインのゲームを何時間もぶっ通しでプレイすることにゲーマーとしての男意気があったもんですけど、さすがに僕も30歳手前なので少しキツいし、40代以上のプレイヤーにとっては拷問に等しい行為でしょう。もう5年もすれば40代のウォーゲーム出身世代も更年期障害が出るでしょうし、「健康のためにダンジョンプレイは慎んでください」と言わざるを得ない状態に入ることは間違いありません。

 TRPGのプレイは通例最低3時間、多くて7〜8時間かかるし、高齢化が進む(前世紀からプレイし続けている)TRPGゲーマーにとっては、そんな長時間テンション高めでプレイすることなんて体力的に無理になってきてると思います。
 だからなるべく体力の使わない方向で持っていくのは1つの方向性だとは思います。

 かつては資源管理が特に必要のないアドベンチャーパート…GMのシナリオを読み解く場面がそうしたストレスから解放される「ダレ場」でもありました。本来なら合間に休憩を挟むのがいい手段なんですけど、せっかく上がったテンションが下がることにもつながり、キャラクタープレイなどを期待するGMにとってはちょっと勘弁してもらいたいところ。
 
 「ダレ場」の基本は頭を使わないことです。
 シナリオを読み解くと言っても、『サタスペRemix+』みたいな情報収集も資源管理するゲームを除いては、大抵がGMの活弁を受け答えしてればいいだけのこと。村の寄り合いじゃないけど、プレイヤー衆は自分勝手にべちゃくちゃ喋ってれば、GMはプレイヤーの意を汲んだ展開をしてくれます。
 実際、アドベンチャーパートなんてそのレベルです。

 だけど僕なんかは逆にのんべんだらりとしたプレイが堪らなくじじむさくて、こんな老人臭のするプレイ環境なんかやってられるかと飛び出した男ですから、少しはピリっとしたゲームはできないかと気を揉んでいるところです。

 倦怠期に入ったサークルなんかだと、「ゲームをやろう」という目的意識もなく、集会所に集まるお年寄りみたいに、ただお友達の無事が確認したいがために集まるゲーマーってのが多くなります。
 そういう人たちはTRPGの会場なのに、勝手にアニメグッズを広げたり漫画を読んだり、トレカを見せっこしたりして、外来のお客さまに悪しき偏見を持たせるようなダレぶりを見せます。
 しかも友達の顔見るのがメイン活動だから、なかなか卓分けには応じない。どのゲームをやりたいかを自己申告することなく、大抵が人数合わせに回されるか、下手するとTRPGもせずに部屋の片隅で寝たりダベってたりする。いわんや、勝手にTCG卓(ダレ場スペース)を設けて会場を圧迫するなんて不届きなこともします。
 
 もちろん、こんな士気の低いプレイヤーと同席してもちっとも楽しくありません。
 少なくとも、自分たちがある程度は期待感を持って興味津々で参加しているものを、かくもつまらなそうにプレイしている人がいて、しかもそいつは自分と時間を共有している…。
 
 こいつら、アンデッドです。
 
 力みすぎると健康に害するし、ダレすぎると倦怠するプレイヤーが害を成す。
 この匙加減…どうにかせんことにはTRPGより先にTRPGゲーマーの方が廃物扱いになるでしょう。
 いや、体力的についていけへん奴、倦怠期でやる気ない奴は容赦なくプレイ環境から駆逐した方がいいって意見もあるけど、そいつらが残った体力もモチベーションもある貴重なゲーマーを攻撃しはじめたら厄介なんで。
 
posted by 回転翼 at 03:36 | TrackBack(0) | TRPG雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年03月26日

カレー味のカレーと秋葉原で10万円 〜葛藤と究極の選択〜

 いわゆる「究極の選択」というのは、TRPGのゲーム性要素とされる「葛藤」とは大きく異なります。
 例えば、一時期流行った「カレー味のウ○コか、ウ○コ味のカレーか」という究極の選択。獣心たる子供社会ならいざしらず、大人同士なら「どっちも食えるかバカ」でも「下品だ」でも構わないはずです。
 どっちに転んでもバカを見る設問ですから、究極の選択とは突きつけられた時点で敗北なのですし、切り出した方も端からバカにする目的で設問するものです。言わば「最後通告」と同様でして、「降伏せよ、さもなくば皆殺し」などと突きつけ、降伏すれば大量処刑、抵抗すれば皆殺しで、最初から皆殺しを決定した上での「究極の選択」なのです。

 この手の究極の選択は一本道シナリオを作る人に多く見受けられます。
 用意したシナリオの見せ場が必ず発生するよう、プレイヤーに無意味な選択を与え続けるという技法です。稚拙なGMは強引に引っ張りますし、上手とされるGMは成果のない聞き込み調査などをやらせてプレイヤーを退屈させます。
 蜜柑を入れる赤い網のように、様々な分岐があるように見えるが始点と終点は必ず一点。そのようなシナリオ展開はAVGなら当たり前ですし、TRPGにしたところで別に問題ではありませんでした。一時期は、プレイヤーは何をしでかすか分からないグレムリンだからシナリオで制御するべしという考えもあって、高等テクニックですらありました。

 『真・三国無双4』で喩えれば、呉の君主・孫堅が伏兵に襲われて負傷、離脱しシナリオ終了後にナレーションで死にましたって処理されるステージがあります。所が、先に伏兵を倒して孫堅を救っても終了時のナレーションで勝手に「負傷した」なんて言い出し、勝手に死んでしまいます。
 孫堅シナリオ終了時に死亡という展開をプレイヤーは覆すことが不可能なのです。

 こういうことを、プレイヤーの介入による混沌がありえるTRPGでも平気でやる人は多くいます。プレイヤーはシナリオに対して受動的であれという考え方があまりにも露骨すぎます。そんなことはAVGでもRPGでも、テレビゲームの方がもっと上手に提供できます。
 僕としては、そんなことをいつまでもやってはいられないなぁと思います。
 いい加減、カレー味のウ○コやウ○コ味のカレーを食わなきゃならない齢でもないでしょうし。僕も僕とプレイを共にする人も。

◆◆◆

 そんなわけで話を葛藤に戻します。

 結局、TRPGでいう葛藤とは「今から10万円与えるから、ここ秋葉原で好きなものを買っておいで。5時に集合たよ」ではないでしょうか。葛藤に駆り立てるのはプレイヤーの能動的な希望に他ならないのです。

 あなたは10万円で何を買おうと思いますか。
 ゲームを買いたい場合、かなり余裕ある買い物ができます。3万でテレビ、2万でプレステ2を買っても、残り5万をソフトに使えます。
 ところが、デスクトップパソコンを買いたいという人には過酷な条件と言えます。安いE-MachineとE-yamaのディスプレイ15インチでもギリギリのラインでしょう。
 DVDレコーダーをイシマル電機で買って、残りはあきばおーでThat'sの録画用DVD-Rをまとめ買いするなり、ヤマギワでDVDを買うなりしてもいいです。恥かしくなければたちばな書店でアダルトDVD買っても構いません。
 もちろん、5時に集合できれば御徒町まで行って貴金属なり三木の菓子なりを買ってきても構いません。
 いずれにしろ、5時には集合してみんなで見せ合います。10万円でパソコンを揃えた人と、アダルトDVDを買いまくった人が成果を比べ合うことになります。三木の菓子10万円分なぞ買ってきたりしたら「何やってんだよ食いしん坊」って内山信司みたいにイジられるでしょう。

 ただし、逃亡と棄権はいただけません。
 「10万円持って帰る」とか「銀行に寄って貯蓄します」とかは許しません。それを阻止する黒服の怖いおじさん方があなたを見張っており、逃亡しようとしたら10万円は没収します。
 「僕、参加しないけど見てるだけでいいよ」という人もダメです。10万円持ってお買い物してる人たちの隣で完全に石ころになれる人なんかいやしないでしょうから、あれこれ口を挟んで迷惑をかけること間違いありません。悶着を起こす前に退場願います。

 TRPGの葛藤も似たようなものです。
 基本的に、プレイヤー全員がキャラクターという10万円を手にしています。
 そして、戦士や魔法使いというように各プレイヤーそれぞれ使用意図が違います。
 また、純粋に欲しいものを買えばいいわけではないのも同じこと。経験値が入れば極悪費度も構うもんかとする態度は、マニアックなアダルトDVDを戦果と披露するのと同じです。昔はプライベートな場所で勝手知ったる仲間とのみプレイしてた人も多くいましたから、『D&D』で村を焼いて女子供を売り飛ばしてgpを稼ごうが、マニアックなDVDを鑑賞しようが一向に構わないと嘯く人もまた多くいましたけど、今はさすがにそれやっちゃマズいでしょう。

 よくTRPGで葛藤と言えば堅苦しいという人がいますけど、それは葛藤というのがGMから与えられる受動的な存在だと思い込んでいるフシがあります。TRPGにある葛藤とは受動的なものばかりでなく、自分がゲームをどう遊びたいかという能動的欲求からくる葛藤も存在するということを理解してもらいたいです。そして、僕は後者の方が主軸であると主張します。
 
 「カレー味のウ○コか、ウ○コ味のカレーか」などという子供社会の枠組みから卒業して、カレーの味がするカレーを食べるよう心掛てみてはどうでしょうか。そのうえで、自分から率先して美味いカレー屋を吟味できるように成長したいものです。
posted by 回転翼 at 02:44 | TrackBack(1) | TRPG雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年03月25日

さすがにPCを2人も殺すのは初めて

 ネットとTRPGに共通するイタい所。
 援護するはずがファンブルすると援になってしまうこと。

 「やべぇ。援護スレしたらファンブって荒しが大量発生」
 「やべぇ。回復魔法かけたらファンブって殺しちゃった」

 …ごめんなさい。僕のダイスには笑いの神様が降臨するんです。
 たかだか1人のゲーマーの我欲で2名連続回復魔法ファンブルで殺しちゃうなんて所業はできません。きっとゆのはちゃんへのお賽銭が足りなかっただけです。まぁいいじゃないですかか、僕だってその後嬲られたんですし。

 以上、日曜にセブンフォートレス・アドヴァンスで久々の全滅をした反省。
 あっ、『ゆのはな』発売したから18歳以上の人買ってみるのもよろし。
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2005年03月21日

シナリオ解決策はどれぐらいあるだろうか

 TRPGのシナリオを解く解決手段ってのはどれぐらいあるでしょうか。
 理想を言えばシナリオの数だけ無数にあるんでしょうけど、複数の知力の違うプレイヤーがエンタメのオチとして納得できる解決手段となれば何個かのパターンとして提示できるかもしれません。
 
 ちなみに、シナリオを解決して何で楽しい思いをするのかは「欲求を十分に発散できる満足感」よりも「何かをやり遂げた達成感」の方が優勢だと思います。優勢としたのは「全滅したけど目一杯戦闘できたから満足」とか「ゲームになりゃせんかったけど、楽しいダベれたからいいや」とか「全然活躍できなかったけど、みんなのプレイ観てるだけでも楽しかったから満足」って人もいて、それが結構の割合でいるから一概に「目標達成こそがTRPGの醍醐味」と言っても誰もが頷きはしないと考えているからです。
 
 そんなわけで、シナリオ解決の手段はどんなのがあるのか、思いつくのを書いてみました。

1:情報戦
  情報を制して心理的、社会的に有利に立つ手段

 ・情報収集:事件解決に必要な情報(真相、証拠、機密書類、弱みetc)を入手する。
 ・情報工作:謀略や世論操作、扇動など。

2:外交戦
  拘束力のある契約を結ぶことで社会的に解決する手段

 ・取引/条約:互いの損得、権益を明確にして妥協する行動。
 ・法的処置:裁判に勝ったり、相手に法的制裁を与えたりする行為。

3:実力行使
  相手を屈服させることで目標達成を図る手段

 ・排除:相手を殺害、殲滅、抹殺することで永久的に障害を取り除く行為。
 ・強要:相手を屈服させることによって、自分の望んだ要求を飲ませる行為。
 ・破壊工作:相手の行動手段、資金源、拠点などを破壊して無力化させる行為。
 ・奪取:相手の行動手段、資金源、拠点などを奪い取って戦力を殺ぐ行為。

4:競争
  一定の基準に基づく競争に勝利することで優越的立場に立つ手段
 
 ・決闘:相手との戦闘、ゲーム、競争に勝つことによって社会的に勝敗をつける行為。
 ・争奪:一定数の存在(シェア、票数など)を奪い合いし、勝敗をつける行為。
 ・制覇:未知の箇所(迷宮、秘境、科学の謎など)を一番手で制覇、発見する行為。

5:獲得
  問題解決につながる何かを所有する手段

 ・探索:問題を解決するもの(伝説の剣、妙薬、迷子など)を探し出す行為。
 ・製造:問題を解決する道具(建築物、武器、コネなど)を作り出す行為。
 
6:人の和
  人間同士の満足感をもって解決を図る手段

 ・協力:相手を懐柔し、自分に助力させる行為。

7:自己満足
  自分自身の精神的満足感をもって解決とする手段

 ・悟り:哲学的思考に解決策を見出す行為。

 
 …とりあえず、思いつくのはこれぐらいです。
 他にあるのではないかと言う人がいたら、メール(ScoopsRPGにあります)やScoopsRPGやRPG日本での掲示板なりで教えてくれれば幸いです。

 なぜこんなことをしてるかと言えば、前々から試験してみたかったポイント制シナリオを作るために、問題解決の基準を用意しておきたいからです。
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2005年03月18日

『ごせろ』

 花粉症め…むかっ(怒り)
 
 今年の春はわが国の林業がなっていないことに憤りをおぼえる春。
 そんなワケで今年はアイボンALを試したのだが、クセになりそうなくらい目がスッキリします。眠気覚ましにも幾分効果的なので、まとめ買いしようかな。

 まとめ買いと言えば、CPRM対応のDVD-Rが高い高い高い。That'sの8倍速10枚スピンドルが1500円。そりゃ〜CPRM対応DVD-Rは導入されて間もないんだろうけど、単価100円は切ってほしいなぁ。もちろんSmartbuyにすりゃ安いんだろうけど、台湾産に何を期待しろと。

 そんでもって一族もけっこうてんてこまい。実家へ定期的に戻ることになったのだが、実家にはインターネットなし。『うがつもの』更新できないから昨日もPS2を持っていって『真・三国無双4』で何人斬れるか挑戦。4637人で拠点兵長がみんなKO。ヘタレめ。
 ちなみにまだミニモニ…もとい大喬小喬は出してもいない。しばらくは芝村の匂いがする星彩の能力上げに着手かな。お勧めは関羽千里行(関羽側)。

 アニメはやはりTVKとカミングスーンTVでしかやっていないコレ を観ました。内容はともかくとして、この『ごせろ』って遊べるの?
 いやもっと気になったのは、「この番組はご覧のスポンサーで…」の所で桜くんにエスカリボルグが振りかぶる刹那がバックにあったけど、本編ではカットされてる。なんかDVD版にはテレビでは放映できないメガバイオレンスシーンでもあるのだろうか。血の匂いに餓えたTRPGゲーマーなら気になって仕方がないはず。

 ううぅ。なんか濱田マリの情報小番組みたいになってもうた。
 それでは皆さんあしたまにあ〜なたらーっ(汗)

 

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2005年03月15日

人生ゲームと貴族のつとめ 〜意志決定ゲームの本質〜

 ピカソの絵を買った。50万円払う。
 「ちょっと待て! なんで俺がピカソの絵を買わなくちゃいけないんだ」


 『人生ゲーム』は意志決定ゲームとは対極に位置するゲームです。
 だが、1人の人格をキャラクターとして投影し、ゲーム世界を追体験できる点で両者は皮相的には一致しています。TRPGは意志決定ゲームかどうか断定できない現在の論理状況では、その対極にある人生ゲームが持つゲーム性要素にも近似性があるという推測が立ちます。
 
 人生ゲームの対極にある意志決定ゲームとはいかなるものでしょうか。
 今まで意志決定=選択と認識されがちであり、そんなもん何が面白いのかねと訝しむ人は多くいるでしょう。かく言う僕はというと、意志決定=選択なんて解釈でいいのか、それは意志決定ではなく「クイズ」ではないのかと逆に解釈者の思考を疑っていました。
 推論の粋を出ませんが、意志決定という要素が従来の「ゲーム」に置き換わる何か…TRPGそのものへのアンチテーゼだと受け取られたから誤解が生じたのかと思います。
 僕にとって、意志決定は「意志決定ゲーム」と呼ぶべきゲームコンセプトの一要素に過ぎない存在です。あくまでも面白いゲームを提供するカラクリであって、ゲームではない何かをさせるものではないのです。
 それ故、僕は「意志決定ゲーム」と明記することにしました。  
 
 先ほどピカソの絵の喩えを出しましたので、美術品を買うことに意義のある意志決定ゲームを紹介します。有名な作品ですが、ボードゲーム『貴族のつとめ/Adel Verpflichtet』です。

 このゲームは道楽貴族が珍品自慢をする目的で美術品を買い漁るゲームですけど、ダイスやルーレットで決まることがないランダムレスゲームです。プレイヤーは入手した美術品を城で見せびらかすことでポイントを稼ぎますが、他のプレイヤーはオークション会場や城に泥棒をよこして小切手や美術品を盗むことができます。また、別のプレイヤーが探偵を配すると、しかけた泥棒はしばらく御用となり、探偵を配したプレイヤーにポイントが入ります。
 したがって、このゲームは読みと駆け引きがすべてのゲームです。「誰かが城に泥棒をよこす」という目算を全員(推奨プレイヤーは5人)がして、5人の探偵が城に揃う珍現象すら発生します。

 うぉっ。名探偵登場っ。

 『貴族のつとめ』が意志決定ゲームたる由縁は、ゲーム中の読みと目論み(葛藤)、能動的行動(結果責任)、駆け引き(説明責任)によって進行しているゲームだからです。
 相手プレイヤーの読みを外してポイントを稼ぐこのゲームには最善手が存在せず、タイミングがすべてですので葛藤が発生します。結果はプレイヤーの駆け引きの次第なので、ゲームを継続するために結果責任が生まれます。また、プレイヤーの行動はすべて開示されますので説明責任が生じます。

 意志決定ゲームの本質は、「読みと目論み」、「能動的行動」、「駆け引き」によって動くということなのです。

 『人生ゲーム』が意志決定ゲームの対極に位置するというのは、このゲームには何ら意志決定する要素がないからです。
 人生ゲームの進行はすべてルーレットによる双六であり、プレイヤーの読みや目論見はほとんど影響ありません。プレイヤーが何に対して責任を負うかはすべてマス目に記載されており、それを受け入れるしかない受動的行動には結果責任を問うべき対象がルーレットしかありません。また、結局はルーレットの出目に盲従し、マス目の指示に従ってお金を増減させるこのゲームは全部運任せのゲームであり、駆け引きはほとんど発生しません。
 
 なぜ『人生ゲーム』が楽しいゲームになるのかと言えば、意志決定が欠いても別のゲーム性要素…ランダム性があるからです。双六自体が内包している運試しの面白さが、キャラクターの人生に投影されて体験できる人生ゲームは意志決定なくとも感情移入しやすいゲームと言えましょう。

 キャラクターに感情移入してゲーム世界を堪能するという臨場感は、『人生ゲーム』も『貴族のつとめ』も同じです。そして、僕らはTRPGのすべてが同じように臨場感あふれるゲームであることを実感しています。
 まったく違うデザインの『人生ゲーム』と『貴族のつとめ』ですが、ともにキャラクターを持つ疑似体験ゲーム(その逆としてスポーツなどの実体験ゲームがある)として高い評価を受けています。これが意志決定ゲームをして、「ゲームに置き換わる何か」ではなく純然たる一ゲーム性要素であるという由縁です。
 さらに疑似体験ゲームと実体験ゲームもまた、ルールに則ったフェアプレイとノーサイドを前提とした争いであるゲームの前提で一致します。

 すべてはゲーム。ゲームなのです。
 
posted by 回転翼 at 03:28 | TrackBack(0) | TRPG雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年03月11日

温泉が足りない

 TRPG系Blogは日々目を通すだけでも一苦労です。
 ここからでもリンクしているTRPG SEARCHならびにTRPG.NETのRSSアンテナだけでも毎日数本(Blogサイトの数え方、知りません)のBlogが更新しているし、未登録の中にも…僕とBlogなどで接触ある人の中では石頭氏の『路傍のISHI』や小太刀右京氏の『ポーランド礼賛日記』など読んで得するBlogはたくさんあります。

 まだ僕の知らない所で、卓見のゲーマーがBlogを開いているかもしれませんし、あまり学歴のよろしくない身の上としてはテンパりまくりです。もちろん、TRPG以外の情報も気が向くままに読んでいるし、リアルでもルールブックを読んで、いろんな本を読んで、アニメは週10作前後は録画します(みんな飛ばし飛ばしだが)。

 それを仕事との兼業で行い、なおかつ昨12月〜1月は週1ペースでセッション。
 おまけに今年に入ってから祖母の世話で実家に帰ることもしばしば。
 それでも月1はNOAHやドラゴンゲートを観戦する。そろそろ浦和レッズの試合も観に行くであろう。年1はアメリカに行ってWWE観戦&ゲームショップ漁りをする(これが自分への褒美)のだが、今年はさいたまアリーナの来日興行で我慢。

 う〜む。
 今の僕に不足しているもの…それは温泉に他なりません。
 風呂、好きです。温泉、大好きです。
 都内の日帰り温泉なら自転車で行ける距離にもありますけど、やはり関東なら箱根や湯河原がいいです。法師温泉が一番いいけど、冬季はやってへんし。
 時折、逃避行するかのようにルールブックを抱えて湯治場に逃げ込みます。
 温泉につかって、マターリと『不浄なる暗黒の書』なんぞを開く…たまりませんねぇ。
 …いや、別に『ソードワールド』リプレイ一気読みでもいいんですけど。筋力24の女の子の話とか。

 鬼に金棒。鬼美少女にも金棒。アウトレイジに続く次代のファンタジーTRPGのトレンド武器は金棒に違いない。木の金砕棒でも大太刀と互角に戦えた(太刀は折れて、金砕棒は半分にまで切られてノーコンテスト)と『絵解き戦国武士の合戦心得』にも書かれていたし。
 う〜む。ますますTRPGってリアル志向の人悶絶の道に走っているなぁ。
 …いや、そんなこと言うたら珍妙な両頭武器が並んでいる『D&D3e』もアンチリアルと言えばそうなんですけどね。

 …痛打表1つ定着すれば、美少女キャラ人気なんか吹っ飛ぶけど、それより前にそんなものを掲げたゲーマーの方が先に吹っ飛ばされるんでしょうね。
 ここは「HP=体力」と考えて「HP0まで無傷。HP0以下でダガーでも重傷」と解釈した方がいいのかなぁ。だけど致傷に関してはキモいほど固執する人いるし。言ってしまえばTRPGに載ってる武器の中で、リアル環境で一撃でも当たれば殺せる確率などまずないだろうっていう武器なんて『リングバース』の紙鉄砲やピコピコハンマー(これでもトリックスターの武器として上位2傑)や『プアープレイ』の束ねた新聞紙とかくらいでしょう。

 …そうか。普通の対抗判定で負けた方が即死ってすれば致傷のリアリティは達成されるんだ。なぜなら、それ以上のリアル…武器の一撃を食らっても死なないことを証明する…を提示することなんてできるほど、戦闘経験のあるゲーマーはいないのだから。

 …もう、やめましょう。
 僕の多少狂ったゲーム感覚には、TRPGのリアリティを追求するべくあらゆるファンタジー武器を用意して次々と「実験」するゲーマーがいてもおかしくなく、それはゲーマーとしては正義でもあり、データとして残せば偉業でもあるという狂気があります。それは僕自身のダークフォースではなく、教わったことです。
 …格闘技に関してはそれは実行され、単に実験者が見よう見まねなヲタクだっただけに被験者は負傷で済みました…リアリティが人間の分別を忘却させることなどたやすいものです。

 そういうゲーマーとしての狂気を抑制するためにも、ここは温泉です。
 温泉につかってまったりすれば、『不浄なる暗黒の書』など読んでもダークフォースにやられるこたぁありませんし。

 だけど、気心の知れた仲間と温泉場でまた〜りとセッション三昧ってのはまだ経験ないです。みんな忙しいし、それ以前に貧乏臭いし。
posted by 回転翼 at 02:27 | TrackBack(0) | TRPG雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年03月10日

春、まだ遠し 〜ScoopsRPG更新〜

 ScoopsRPGが更新されました。今回は北原さんのハーンワールドレビューと「読者の声」の2本です。僕はサボリ。申し訳ないです。

 さて、「読者の声」の方は僕のレビューへの反論です。
 曖昧な基準で語られる「初心者」の位置づけですね。ちなみに、初心者とはこういうものだという定義はレビュー中には行っていません。そこらへん説明不足でした。もっと弁明すれば、僕のコラムにはしばしば偽悪表現があります。今回のもそうです。
 つーか、「熟練者になってから来い」と面罵されて育ったのが僕。
 
 まぁ初心者の定義は北原さんの定義でいいでしょう。
 僕は人を初心者と熟練者とに分別して高みに昇る気はないです。

 では今回、何が目的で偽悪表現を用いたかはTRPGの紳士協定の中に答えがあります。第一章「1.名刀1本より槍100本」の中で、TRPG冬の時代を経験したゲーマーとしては自分自身のゲーム環境を守ることに精一杯で、これから初心者を迎える体力がなく、その意識すら湧かないのではないかと懸念しました。

 確かにTRPGのタイトルは冬の時代を終えました。
 ここ2〜3年は前世紀のボックス型TRPGより出来のいい書籍型TRPGが出ていますし、『D&D3e』、『トラベラー』、『クトゥルフの叫び声』など、かつてのボードゲーム世代が愛好したゲームたちも復活しています。『D&D3e』シリーズはその後のサプリ翻訳が順調で、英語版の購入も大変楽になりました。『D&D3.5e』へのバージョンアップも驚くべき速さです。
 なにより、TRPG系Blogの世界では『D&D』は『ソードワールド』を抜いてTRPGの盟主的な立場に返り咲いていると判断していいほど、活発な活動があちらこちらで展開されています。

 ボードゲーム世代が帰参する土壌は整ったといっていいでしょう。
 次になすことは、前世紀の悪しき轍を踏まぬよう人材育成に力をいれ、安定したゲーム環境を作るのが宜しいと考えて、そのための人材育成理論として紳士協定を考案しました。

 だが、現実には「最凶最悪の糞プレイヤーはそんなもん無視するけどね」と揶揄されて終わってしまいました。

 正直、あの感想読んでマジでScoopsRPG撤退考えました。今も許せません。何度も何度も憤りを書こうとして思いとどまりました。それが偽悪表現だろうとも、やはり世の熟練者はゲーム環境のことなんかこれっぽっちも案じてはいないのだなと泣きたくて泣きたくて仕方がありませんでした。


 春は、まだ遠いです。

 『ロールプレイング・ゲームの達人』でゲーリー・ガイギャックスはゲーム上達の意義をゲーマーが個人を超え、ゲームマスターからサークル、そしてTRPG業界全体に経験を還元することにあるとしています。訳者・多摩豊氏の指摘もある通り、ガイギャックス自身が「TRPGは社会に悪い影響を与える」と批判され続けた人ですし、同書でもゲーマーの社会的役割についてかなりの文面をさいています。
 一般マナーなくしてTRPGの上達などありえない…それはガイギャックスの時代から言われ続けてきた苦い教訓なんです。。個人の力量だけが上達しても、他のプレイヤーやサークル、そして業界全体に還元する気がない人間はちっとも熟練者ではありません。

 しかし、同じようなことをエリック・アレンダールはこうも洒脱に書いているもんなぁ。
 まったく、僕はどうしようもなく無骨者です。
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2005年03月09日

パズルとゲームとセッション

 何度かトラックバックをしてもらっているキプロス王国のおぞんさんが、TRPGのパズルについて疑問を投げかけているので今日はこちらからトラバします。
 相も変わらず、あんまり自分のゲーム感覚に自信ないので明解な回答なんかできゃしませんけど、TRPGとパズルの関係をおさらいしながら書きますね。

◆◆◆

 TPRGには魔法、サイバーウェア、必殺技といった特殊能力の組み合わせによって、数値的に有利さ…「成否判定に有利な修正がつく」「戦闘で大きなダメージを与える」の2点に集約される…を得るパズルが存在しています。
 『TORG』など、ストーリー展開もシステム化したゲームの場合、パズルを解く最善手がゲームそのものに影響することもあり、パズルの腕前はプレイヤーの欲求よりも高い影響を及ぼします。プレイヤーは自分の欲求やロールプレイ、シナリオの成り行きよりも、手札が示す推奨行動に従って動くということです。これは『TORG』に限った話ではなく、『GURPS』のように目標値がデータとして常に提示されているゲームの場合、プレイヤーは欲求やロールプレイ、必然性よりも、ダイスロールでの成功確率を考慮して判断します。
 あるいは、TRPGのシナリオそのものも、起承転結、筋書きが整ったヴァーチャルなパズルと理解してもいいかもしれません。多くのシナリオが物語の筋書きとして、展開には多くのお約束が盛り込まれます。シナリオを「プレイヤーが読み解くもの」として、プレイヤーの想像力・知識・勘の鋭さに合わせるよう設計すれば、「主婦でも分かるサスペンスドラマ」と同じように、ストーリー展開がパズルのように整合性を持ったエンタメになります。

 ここでは特殊能力など、明らかにシステム化されているのを「狭義のパズル」、成功確率の目算やシナリオの先読みなどを「広義のパズル」とします。
 広義のパズルまで含めると、TRPGは「パズルの集合体+パズルを補完する演劇的おしゃべり」であると解釈もできます。

 なぜTRPGにパズルがあるのかは簡単で、単なるおしゃべりでは飽きるからです。
 適度にパズルを解かせ、指を動かさないとプレイヤーは飽きるでしょう。

 ただし、TRPGは元々ミニチュアウォーゲームから派生したゲームです。
 そして「勝敗」という尺度においてウォーゲームはチェスや野球と同じく、ゲームであってパズルではないと言いきれる要素があります。ゲームは2人以上の人間が最善手を試み、その衝突から優劣を決める仕組みを持っているからです。パズルは最善手=最良の結果ですが、ゲームは最善手が最悪の結果を生むこともあります。
 そして、囲碁の定石のように互いに最善手を踏み合うことによって、偶然よりも「読みの鋭さ」を問うゲームも存在します。

 TRPGは一応ゲームの形態を取っていますし、集団で楽しむレクリエーションとしても機能しています。
 その意義を疑う人は多くいますが、少なくとも上述の定義を踏まえればパズルではありません。なぜなら、TRPGには「シナリオの成否」という狭義のパズルでは解決できない仕組みがあり、さらに「セッションの成否」という広義のパズルでも解決できない仕組みがあるからです。
 いくら特殊能力のコンボを積んで最強キャラを作っても、シナリオを崩壊させればゲームは失敗と見做されます。さらに、いくらシナリオを読み解いて成功に導いたとしても、セッション…ゲーム活動をする集団の和・共有感・楽しみの興…が乱れてしまってはレクリエーションとしてはダメだということになります。
 
 パズルはゲームを構成する一要素に過ぎず、ゲームもまたセッションを構成する一要素に過ぎない…そう考えればパズル、ゲーム、セッションそれぞれに存在意義ってもんがあり、どれか1つだけ真理なりと突出させれば、別の所がダメになります。

 パズルを考案する際には、2人の人間…プレイヤーとGM…とが激突するゲームに及ぼす影響を考えなければならないし、同時に複数の人間が楽しむセッションに与える影響をも考えなければなりません。
 同じように、ゲームを考案する際には、対戦形式となるパズルの公平さを考慮し、ガチンコでぶつかってもセッションを作る人間関係が壊れないように整える必要があります。
 セッションを考える時でも、ゲームをしたい人間のためにもきっちりゲームを提供し、道具となるパズルの手入れも欠かしてはなりません。

 どうにもしっくりこないでしょうけど、TRPGはそういう多面的な性質があります。
 まぁ、テニスにも「テニスの技術・テニスそのもの・テニスサークル」という関係があってどれを欠いても面倒なことになるのと同じことです。

 以上、事情説明でした。

◆◆◆

 TRPGにバズル的要素があるのと、TRPGがパズルであるというのは違うもんです。
 『セブンフォートレスAdvanced』のようにGMとプレイヤーがガチで対戦することを前提にしたゲームもあり、パズル的要素が強いゲームも存在します。ただし、それですら最善手が衝突して優劣が生まれる時点でパズルではなくゲームとなります。

 本気でパズルにしたいなら、どちらかが(大抵は接客役とされるGMが)逐次介入をせず、パズルの出題者に徹するしかないです。
 逆に言えば、片方が逐次介入せず「正解です。おめでとう」などと言ってたらゲームは形骸化します。その場合、悪いのは「正解です」などと宣言してゲームに参加しない側…大抵はGMです。

 言ってしまえば、「○○と○○を組み合わせて、最大○○点のダメージだ」と来るプレイヤーに対して「敵は反撃すらならず粉々に砕け散った…」なんて答えるようじゃGMとして未熟であるということになります。
 なぜなら、そういう組み合わせのパズルはプレイ中に編み出すものではなく、プレイ前にキャラメイクの時点で使用を宣言しているものであり、さらに「成否判定に有利な修正がつく」「戦闘で大きなダメージを与える」の2つしか解答がない現行のTRPGでは最善手を思いつくこと自体に大した労力は必要がありません。ネットで検索すればいくらでも見つかるし、ログをコピペして持ち込んだ所で誰も咎めません。

 だから「最善手が最良の結果を出すとは限らない」状態に持ち込むのがGMの手腕というものなのです。かつてはGMの方もプレイヤーが取ることが予測される最善手を読み取り、それに対処してせめぎ合いをするのがスジのよいGM技術だとされてきましたけど、苦手な人が多いのが現実です。吟遊詩人志向のGMは、プレイヤーとのバズルに付き合うよりは拍手団でもいいからストーリーテリングさせてくれと考える傾向があり、それが転じて…七転八倒して「データマンチキンは悪だ!」なんて言い出すくらいになります。
 こういうGMってのは広義のパズルすら軽視し、プレイヤーから思考する機会を奪ってしまいます。当然、戦闘はすべて出来レースです。

 『番長学園!』に雑魚戦闘ってのがあって、出目の数だけ雑魚がなぎ倒されるってシステムありましたけど、要するにアレを戦闘全部でやっちゃいますってのが出来レースでしょう。いや、プレイヤーが最善手で来るもんだから、結果的に雑魚戦闘レベルにまで低下しちゃうほどGMがテンパってしまう。しかも大抵がGM1対プレイヤー3〜6。
 悲鳴を上げたくなるのも分かるけど、頑張って対処してほしいところです。
 
 結局は、「パズルに立ち向かえないでストーリーテリングなんて10年早い」ってことなんですかね。回答になっていないの分かるけど、そもそもパズル要素を薄める意義ってのがいまいちつかめないんで、申し訳ないです。

 
posted by 回転翼 at 02:45 | TrackBack(2) | TRPG雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年03月06日

DVDに翻弄されてるなぁ

 ただ今、DVDレコーダー故の修羅場を迎えています。
 ウチのDVDレコーダーはパイオニアのDHR-520H-Sなんですけど、これがDVD-RでのVRモード録画ができない代物。したがって、一回だけ録画の奴はDVD-RWで買わなきゃダメ。このRWってのが高い代物で、国産4倍速が一枚200円弱。されど台湾産のを使って泣きを見るのはご免こうむりたいところ。
 そこでDVD-Rでも録画可能になるようバージョンアップを図ったんですけど、そのためにはHDDを空にせんとダメ。アニメや格闘技などを週10G近く録画している身の上…、あと残り30G以上のデータを早いとこ片さないと…。

 日曜日も潰れるな。
 つーか、ScoopsRPGのコラムもサボってしまいました。ベンさん、すいません!
posted by 回転翼 at 02:42 | TrackBack(0) | よしなしごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年03月03日

「バ」→「ダ」

 一度送られたRSSは訂正きかんだろうから。
 とほほ。また一歩「伝説の男」と化して行く…。
 
posted by 回転翼 at 10:59 | TrackBack(0) | よしなしごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ダイスバトル+おしゃべり=TRPG?

 最近どうにもモチベーションが湧きません。
 それは一も二にもここんとこ楽しいプレイが続いていて、特に穿つべき問題が見当たらないわけでして。『D&D3.5e』と『無限のファンタジア』という硬軟織り交ぜたファンタジーしかやってないけど、やっぱ伝奇物より肌が合います。
 
 さて、最近はRPG日本さんとこの掲示板を借りて、ランダムレスTRPGのデザインなどをやっております。デザインと銘打っておりますが、雑談で出たアイディアを形にするのが目的です。SEESAAではまだ触れていないので、ここでどんなTRPGにするつもりなのか改めて提示しときます。

【ランダムレスTRPGシステムとは】

・ダイスやトランプなどの乱数発生装置となる道具を用いない。

・思考、会話による混沌(Chaos)は乱数(Random)ではない。

・ゲームの多様性はすべてプレイヤーの思考、会話、判断といった混沌に依拠する。


【ランダムレスTRPGのデザインコンセプト】

1:ゲーム世界の共同創作…キャラクターを育て、与えられた舞台設定に自分たちの冒険物語を書き加える作業を通して、キャンペーン・サーガを作ることを目的としたTRPGとする。

2:その上で、従来のTRPGシステムからどこまで脱却できるかに挑戦する。とりわけ、ダイスロールによるランダム性が提供する興奮、意外性は不要と判断。別箇のゲーム性要素に置き換える。


 …野心的というより、身の程知らずです。
 これだけ聞いて「面白そう」なんて思う人は猫殺しの好奇心を持つ方ぐらいです。
 僕自身も高尚な創作意欲がモチベーションになっているとは必ずしも言えないわけでして。
 言ってしまえば、問題プレイヤーやサークルに対する苦情・恨み節はTRPGの紳士協定で気持ちにケリをつけたんで、そろそろ心機一転しようと思って始めました。
 
 今回のデザインは表題の通り、ダイスロールによる戦闘システムにゲーム性要素(ゲームがゲームとして白熱した楽しみを提供する所)を大きく依拠しているTRPGに異論を唱えるのが目的です。
 戦闘システム…対抗判定によるダイスバトルはTRPGで最もダイスを振る場面であり、プレイヤーが一番ゲームに参加した気分になれる場面です。ほとんどのTRPGにおいて戦闘こそTRPGのメインディッシュであり、その前のアドベンチャーパートなどは戦闘のための前菜とされ、キャラクタープレイ、お地蔵さん、吟遊詩人GMに一本道シナリオなど数々の問題プレイを生み出すダメプレイの温床とされてきています。
 
 それでは、ダイスバトルゲームさえやらせておけばTRPGはTRPGたりえるのか。
 
 つまり、最初のコラムで提言したことを自分の手で実行しようとするのが今回の真の目的です。ダイスバトルを撤廃したTRPGは、それでもなおTRPGと呼べるゲームになれるのか…まずはそれを自分で検証してみようと思いました。

 まぁ、直接の動機は『無限のファンタジア』で感情を削ってコンビネーションをする戦略ポイントを稼ぐ戦闘システムに「なんか間違ってない?」と感じたからですけど。戦闘するたびに友情や愛情が薄れるゲームってのは…やっぱり変です。

追伸:表題すらミスタイプしたのは始めて。とほほ。
posted by 回転翼 at 03:35 | TrackBack(0) | ランダムレスTRPG | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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