2005年04月28日

力道山とタッグマッチ 〜プロレスとTRPGにおける「わざとらしさ」の「間」〜

 一昨日にも提示したとおり、TRPGとプロレスとの比較というお題で白河堂氏からバトンタッチをされました。
 察する所、白河堂氏はプロレスにはあまり詳しくはないようです。それは彼に限らず、多くのTRPGゲーマーにとって共通していることでしょう。
 ならば不肖、この回転翼がTRPGゲーマーにも楽しめるプロレスの醍醐味を解説してみましょう。だが、本職にはかなうはずもなく、プロレス評論家・菊池孝氏の卓見にすがること大です。菊池氏が昨年末の週刊ゴングに連載していた『菊池流!! 好きなプロレス嫌いなプロレス』がプロレスを語るメディアとして秀逸でしたので、それを参考資料とします。
 ちなみにバトンタッチされたとはいえ、何を論ずればいいのかなんて使命は受けていないので、手前勝手に書いていくのみです。

 まず初回として、「なぜプロレスとTRPGはわざとらしいのか」を説明しましょう。

 プロレスとTRPGに共通する点は、その批判のされ方、偏見の持たれ方が酷似していることです。
 TRPGがごっこ遊びと揶揄される通り、プロレスもまたやらせだと長年批判を受けてきました。両者とも、真剣で大真面目な状態では起こりえない「わざとらしさ」を持った媒体であることから受ける批判です。曰く、トップロープからのダイビング攻撃をなぜ避けない、なぜロープに跳ね返される、なぜ反則攻撃なんかする……まるで低俗な道化芝居の極みではないか、まともな感覚を持った大人の観るものではないと見下す門外漢のなんと多いことか。
 
 ことはTRPG内部でもあります。
 『GURPS・リングドリーム』に関して何度か厳しい批評をしたことありますけど、プロレスファンが長年批判されつつも大事にしている「プロレスの呼吸」はGURPSでは再現できなかったというのがあります。
 そして、それを非プロレスファンのTRPGゲーマーに伝えることができなかった……TRPG的にはなくても構わない代物であったということが、批判せずにはいられない要素でありました。

 当時、『コンプRPG』でリプレイが連載されていましたが、これがプロレスファンとしては大激怒のゲーム展開でした。肝心の試合が「これはプロレスではない。対戦格闘ゲームだ」と断言できるほど、マンチキンなGURPSバトルゲームでしかないもので、横綱相撲でもっと敵を出せと浮かれているリプレイはプロレスの観点から見ればとてもショッパイ(プロレス業界用語で「見せ物にならないつまらない試合」の意)代物でした。

 だが、いくらプロレス的にはダメでもTRPGゲーマーにとっては対戦格闘ゲーム以外の視点を持つ必要はなく、むしろ『武神降臨』とダブっていてアーケード対戦格闘ゲームの方にゲーマーの親和性があった状況ではプロレスの試合を組み立てるなどいうことは理解不能。
 結果はもう何度も言った通り。

 つくづく、対戦格闘ゲームがTRPGゲーマー的には下火になってよかったと思います。
 昔はコンベンションが終わるとゲーセンに駆け込むゲーマーが続出しましたからね。そっちに資金投下してるからルールブックは買わない、格ゲー談義で会場に殺風景な空間作る、シナリオを作る手間を惜しんでGMしない、格ゲー仲間としか会話しない、小銭がほしいと100円玉を勝手に根こそぎ両替する、撤収を手伝わない(これが一番ムカつく)……。

 う〜む。またしてもいつものルサンチマンが。
 だけど、怨み節するとアクセス数アップするんだよね。
 ……複雑。

◆◆◆

 プロレスを知るには、プロレスの呼吸を知っておくべきでしょう。
 ここで菊池氏のコラムから日本のプロレス黎明期を紐解いてみましょう。

 日本でのプロレス初興行は昭和29年2月19日、蔵前国技館での日本プロレス旗揚げ興行です。そのメーンは力道山、木村政彦組対シャープ兄弟組で、この試合は『日本全史』(講談社)にも掲載されている歴史的イベントとされています。
 ここで注目するべきは、日本初の本格的なプロレス興行のメーンがタッグマッチであるということです。菊池氏によれば、世界のプロレスがシングルマッチから始まっているのに対して、日本のみがタッグマッチから始まっているのには、日本人の観客を踏まえたわけがあるとのことです。
 
 そのわけとは、観客に伝染する「殺気」です。
 観客が熱狂して暴徒と化すのがいかに危険なのかは、サッカーを観ている人なら容易に理解できるでしょう。この前のW杯アジア最終予選、イラン対北朝鮮で「北朝鮮チーム=正義、外国チーム=悪」という教育を受けた北朝鮮側の観客が真剣勝負の舞台の現実に晒されたことで一部暴徒化したニュースは誰もが知っているでしょう。
 サッカーですらそうなのです。格闘技ともなればどうなることやら。
 
 プロレスを見慣れていない日本の観客がエスカレートし、レスラーに殴りかかった光景は力道山時代のプロレスにはよくあったようで、いきなりシングルをするのは危険だったようです。

 そこで組まれたのがタッグマッチです。
 タッグマッチとなれば緊張を解きほぐす「間」が存在しています。たとえ1人がやられていても「タッチをすれば展開が変わる」という予測が立ち、観客がいきり立つような状況にはなりません。そして、タッチを受けた力道山が悪役をバッタバッタとチョップでなぎ倒す光景にヒーロー参上となり、緊張は狂喜へと変質するのです。
 力道山は初戦にタッグマッチを組むことによって、プロレスは真剣勝負にはない「間」があることをまず観客に教育したのです。ピンチになってもパートナーがいるから、観客である貴方が立ち上がる必要はない、安心して興行を楽しんでくれということです。

 ところで、力道山、木村組が対戦したシャープ兄弟はヒール(悪役)レスラーではなく、アメリカンプロレスによくいる腕っ節の強い喧嘩レスラーでした。だが、シャープ兄弟組は今では当たり前のように行われている、タッチをごまかし、乱入を繰り返し、自コーナーで2人掛かりで攻撃するなどのタッグ戦術を駆使するのに対して、力道山、木村組は律儀にルールを守っています。
 力道山はただ観客をクールダウンするだけではなく、アメリカやメキシコのプロレスが興行を盛り上げる手法として取り入れていた「ベビーフェース(正義の味方)とヒール(悪漢)」というロールプレイを観客に教え込み、ヒートアップさせてもいました。
 事実、力道山はシャープ兄弟に続く外国人選手に極悪ドイツ系選手(ヒールと言えば「ナチスの残党」)を招待し、流血ありの極悪プロレスを展開して観客を大熱狂させています。

 日本でプロレスが認知され市民権を得るよう興行を組み立てた力道山は選手としてのみならず、プロモーターとしても一流でした。彼がプロレスを観客が安心して観られるよう興行を組み立てたからこそ、今でもプロレスは盛んなのです。

 そう言えば、対戦格闘ゲームにハマってたゲーマーは必ずと言っていいくらい「格ゲーが原因で殴られた」とか「格ゲーに負けた腹いせで殴り合いした」とかいう武勇伝をしたものです。
 彼らが中学生〜高校生の少年少女ゲーマーに怖がられていた……ゲームが原因で殴るような危険人物なのか、またはそういう人を招き入れている人なのか……のは言うまでもありません。
 実際殴られたし、蹴られたし、肘打受けたし、関節食らって脱臼したし。
 
◆◆◆

 プロレスが「わざとらしい」のは、真剣勝負になると伝染する「殺気」を緩和し、観客として安全な方向に熱狂を誘導する目的があるからです。観客が暴徒化する危険よりは、斜に構えた人にやらせと揶揄される方がよっぽど安全なのです。

 TRPGとて同じことです。
 もしTRPGが勝者敗者の立場が明確な真剣勝負のゲームになったらどうなるでしょうか。『D&D』の時代にパーティとDMとの化かし合いのスリルこそがTRPGの醍醐味だと信じた人が、『GURPS』の時代に1秒単位で動くというリアル志向派を惹きつけたマニューバブル(戦闘コマンドが多彩)なバトルゲームこそがTRPGの醍醐味だと信じた人が、ロールプレイなんてまどろっこしいことなんかやってられねぇ、ガチンコのダイスバトルゲームさえやれれば幸せなんだと意気込む光景を何度も見てきています。
 
 ちなみに、こういうゲーマーが出没するのはTRPGもゲーセンも、TCGも金にまかせて幾らでも入手でき、コンベンションもサークルも乱立していて自由に渡り歩けた東京という環境特有のものかもしれません。都会のゲーマーは地方のゲーマーには想像もできない苦労をしているのです。

 彼らはTRPGの「間」を捨て、ダイスバトルの熱狂をクールダウンさせることなくプレイし続けて燃え尽きました。その多くがロールプレイなどなきTCGに流れ、莫大な金をカードに費やしたものです。
 『リングドリーム』でプロレスの「間」がないことに憤りを感じましたが、それは同時にロールプレイなきダイスバトルゲームがTRPGの「間」を蔑ろにしていることへの怒りでもあるのです。

 ではプロレスの「間」、TRPGの「間」とは何でしょう。
 今回の対比で取り上げたタッグマッチの妙、ベビーとヒールの構図はそのまま、TRPGのパーティの妙、物語の構図に当てはまるのです。

 なぜTRPGは複数の人間がパーティを組み、対立しない盟友として協力してプレイをするのでしょうか。ガイギャックスの意図は知りませんけど、僕の論理としては、「複数のプレイヤーがチームを組むことによってゲームオーバーの危機を回避する」ためにあると見ています。自分のキャラがピンチでも仲間がいれば生き残れるという観測があるから、プレイヤーはGMに参加権利を執拗に訴える必要が緩和されるのです。
 
 TRPGにストーリーを入れるのは、プレイヤー本人の性質からゲームを分離するためのクールダウンの手法のみならず、感情移入というヒートアップの手法を自然に取り入れるための手段でもあります。

 プロレスもTRPGも、「間」がもたらすクールダウンとヒートアップの効果をいい塩梅に調節する機能を持っているメディアなのです。だからこそ熱狂と冷徹とを兼ね備えた娯楽性の高い文化になったのです。
 プロレスやTRPGが「わざとらしい」のは間を大事にする大人の余裕なのです。
 大人の間を持った文化を揶揄し、真剣勝負こそいいと称する人たちは熱狂に揉まれた経験のない青臭い子供なのです。彼らはいずれ、暴走の先にあるものを垣間見て苦い教訓を得るでしょう。

◆◆◆

 追伸:送信ミスで3重投稿になってしまいました。
posted by 回転翼 at 11:30 | TrackBack(4) | プロレス → TRPG | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年04月26日

カテゴリに「プロレス → TRPG」追加

 TRPGとプロレスとの比較というお題で、白河堂氏からバトンタッチをされました。
 そこで「プロレス → TRPG」というカテゴリを設け、TRPGゲーマーにも理解できるプロレスのカラクリを説明していこうかと思います。
 でも今日はこれから実家に帰らないといけないので書く時間ないです。どうもすいません。
 

 
 
posted by 回転翼 at 17:21 | TrackBack(1) | プロレス → TRPG | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年04月25日

Revolutionな週末

 昨日はここんとこお世話になっているRPG日本さんとこで『トーキョーN◎VA』をプレイ。笑いあり、涙なしのセッションで7時間以上も暴走機関車状態。その後は飲み屋でこれまた気を吐き、12時に帰宅するや否や4時半にはコミックレヴォリューションに出発。遠方の友人との再会を喜びながら5時間近くもサンシャインのバス寄せに並び続ける。しかも並んだのは、コミケよりも獰猛で危険極まりないスクラムが発生する文化会館2F。3時間しか寝ておらず、花粉症の薬で意識朦朧としている状態での戦国絵巻。

 普通なら精根尽き果てるはずなのだが…。
 昔から日本人離れしている味覚がスパイスを求め、そのまま池袋には多いタイ料理店に転がり込んでトムヤムクン、ウマ〜っとやる辺りは「俺の魂はまだ死んでいない」と吠える資格ありと。
 いや、単に煙草やんないから。

 そんなワケで、夕方帰って晩餐取って、ビールを空けた反動でガーッと寝てさっき起きた状態です。早く土曜のPRIDEを観ないことには。『こみっくパーティRevolution』から『ふたりはプリキュアMaxHeart』まで土日に録画したのまだ観てないや…って、今日は『まほらば』1時間スペシャル。一番好きなアニメの1つなのでこれは生で観ないと。

 う〜む。最近Scoopsの方はサボリっぱなしだし、Webサイトも作らんことには(CSSで作れればいいな〜)。それでも週2日は実家に帰らんとアカンし。
 こりゃ来週もスパイス入れないとマズイか?

追伸:ケアレスミスは直します。
 
posted by 回転翼 at 00:09 | TrackBack(0) | よしなしごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年04月20日

深夜録画の根競べ

 しんどかったです。
 いや、『攻殻機動隊 S.A.C 2nd GIG』が野球中継で遅れたんで手動録画だったんですけど、タイミングがギリギリで、開始1秒前から録画開始という頭の悪い離れ業をしてしまいました。しかも2:40には『いちご100%』が始まるし。正直、重ならないか不安でした。

 山本晋也監督のフェチ話があんなにもどかしく思えるとは…。

 それと気にかけていたのが、コンクラーベ。決定すればテロップですし、放映中は決まらんでくれ〜と祈っていたら、『MONSTER』の頃に決定。一安心。ドイツ人ってことよりも78歳って方に驚いた僕は少数派でしょう。

 そう思ったら、「野球中継の延長のため20分繰り下げて…」のテロップが…もうやだ〜(悲しい顔)
 SEESAAの顔文字って見れない人いるのかな。なんか文字化けとかしてる人いたらごめんなさいね。

 まぁとりあえず、攻殻もいちごも取れたし一息…って、もうこんな時刻。
 寝るっす。なんで僕のは「寝る」より前に「錬る」とか「煉る」とか出るんや。
 
posted by 回転翼 at 03:36 | TrackBack(0) | よしなしごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年04月18日

うつむく萌りんにTRPGを 〜カオスとゲーミング〜

 サークルでも古株で経験豊富なはずの人が、なぜかだんまり状態で円滑なプレイをしてくれないというお便りをいただきました。これまでは「GMの吟遊に聞き入ることを期待している」観客状態の初級者(基本は知っているが感覚が十分備わっていない人)や、要領がつかめずにオロオロしている初心者がそういった「だんまりプレイ」をすると説明しました。
 ところが、中級者以上のプレイヤーでも「お地蔵さん」と呼ばれる状態の人はいます。

 中級者ともなれば、能動的行動によってゲームの主軸となり物語を動かす楽しみを理解できる段階に入っています。プレイ経験が重なれば、シナリオが提供する以上の活躍をするプレイヤーの1人や2人には出会うもので、TRPGのプレイにはベスト以上の回答があることを知るからです。

 GMのシナリオを読み解き、シナリオの想定通りに動くのは模範的回答かもしれませんが、TRPGには想定を覆す快挙・椿事がたびたび発生して二転三転する「生きたメディア」としての側面が間違いなくあります。それは複数のプレイヤーがスタンドプレイをするプレイ形式の宿命的カオスと言えます。TRPGはそれにダイスなどの乱数発生装置によって起きるランダム性が重なりあって、幾重にも多様性のあるゲームが生まれるのです。

 そのカオスを理解し、自分たちの能動的行動によってシナリオを脚色していく作業…プレイヤーとGMのゲーム世界への逐次介入行為をここでは「ゲーミング」と呼ぶことにします。TRPGが濃厚なストーリー性を持ちながら、多人数参加という物語を混乱へと導きかねない形式を取っているのは一重にゲーミングの楽しさを期待しているからです。

 中級者以上のだんまりプレイヤーの多くが、ゲーミングができずにいる人たちです。
 くどいですけど、ゲーミングの楽しさを知っているから中級者なのであって、知らない人は年季が入ってようがまだ初級者ですからね。
 「できずにいる」ってことは、ゲーミングの楽しさを知りながら、それを行使することを躊躇い遠慮している、あるいは控えるべき恥かしいことだと思っている状態でしょう。そういう彼・彼女のゲーム感覚にはまだ拭われていないトラウマがあるのかもしれません。
 そうなると厄介です。彼・彼女のゲーム感覚改善のためには卓単位でのメンタルケアが必要です。

 なぜ、彼・彼女はゲーミングを躊躇うのか。
 その理由はやはり、「過去にゲーミングで失敗して惨めな経験をした」でしょう。

 ゲーミングの楽しさを知るためには、まずTRPGが他のメディアにはないオンリーワンがあるってことを体感しなきゃならないってハードルがあります。
 今まで、TRPGのゲーマーはウォーゲーム、ボードゲーム、ゲームブック、コンシューマーゲーム、そしてライトノベルなどの別メディアから「参入」してくるというケースが余りにも多く、最初からTRPGに出会った人よりもずっと多いという事情がTRPGにはあります。
 彼ら別メディア参入組は、多かれ少なかれ「既存のメディアでは不十分だった楽しみを補完するためにTRPGに参入する」という意図を持っています。ウォーゲームでは不十分なキャラクターの存在、ゲームブックでは不十分な多人数プレイ、ライトノベルでは不十分な創作意欲の発散…一読者、一消費者でいる限りはそれらファンタジーメディアに参加することはできません。自分で物語を書きゲームを作るのでは、途方もない努力だけを要して、メディアの発信者として楽しむのにはハードルが高すぎます。そこで気軽に参加でき、ファンタジーメディアと親和性の強いTRPGとなるわけです。 
 
 ところが、ゲーミングはそれら他のメディアとまったく親和性のない要素です。
 
 理由は簡単なことで、複数の参加者がスタンドプレイで介入している代物が一個人の意図を完全に実現できるわけないからです。『ベルセルク』の追体験がしたい人と、『スレイヤーズ』の追体験をしたい人がなぜか同席したとして、かみ合わないのが分かっていながら同じゲーム世界でそれぞれ勝手に補完作業をする。当然、2人の間にあるギャップは2人が想定していない展開を生み出すでしょう。これがTRPGのカオスというものです。

 最初からTRPG出身という人には分かりづらいことですが、別メディア参入者にとってカオスは「そんなバカな」なことです。まさか他の参加者が自分の補完作業に介入してくるとはという心理が働きます。さらに、冷酷無慈悲なダイスは時として彼・彼女の補完作業を木っ端微塵に粉砕することすらします。
 彼らは、「TRPGは自分の思い通りにならない」ことを痛感するのです。

 ここでTRPGに絶望して辞めていくのは、まだ初心者です。
 だんまりプレイヤーは、そこから先にまだまだ嵌まるドツボがあります。

 プレイを重ねることによって、TRPGはただ自分の望んだ意図を夢想するだけでは実現してくれないことを思い知るでしょう。自力でキャラクターアピールをして、補完できるように仕向けなくてはなりません。
 だが、他の参加者は彼・彼女が補完を望むまでの経緯を知りません。キャラクターという存在が発達しすぎたファンタジーメディアの悲しさ、彼・彼女が夢想し脳内で創られ、実体化するために補完作業を求めたキャラクター像は他のプレイヤーと共有するにはあまりに発達しすぎていたのです。
 本人にはキャラクター像が脳内にくっきり浮かんでいて、とにもかくにもそのキャラクターを行動させたいんだけど、他のプレイヤーにとってはまだ実体の湧かない「PC1」でしかありません。
 そんなイメージの乖離が何をもたらすか…。

 場が凍りつくだけです。
 彼・彼女にとってはそのキャラクターが取る定番の萌え行動なはずが、他の人にとっては経緯の分からぬ突飛で理解不能、宇宙人的行動でありアカウンタビリティの欠落です。キョトンとするしかありません。
 パニックを起こして、あの禁断の台詞を口走ってしまうものなら、その日のプレイがトラウマになること間違いないであろう軽蔑を受けるでしょう。

 「ほら、それが僕のキャラ設定だから」

 誰も、あなたのキャラ設定に付き合うためにゲームをしているわけではないのです。
 そして、忘れてはいけません。他の参加者とて自分の「萌え」を補完している可能性があるということを。

 「こいつ…、俺のゲームを汚す気か!」

◆◆◆

 これら「自分の萌えをゲーミングで踏みにじられたから、ゲーミングが怖い」という症状が全員に当てはまるというわけではありません。
 それでも、そこに至るまでの経緯を知ることはゲーマーとして有益なことだと思います。

 誰もが、ゲーム世界で再現したい「萌え」があります。
 だが、TRPGは基本的に呉越同舟。「萌え」を完全に統一することなど不可能ですし、むしろ個人個人の「萌え」をぶつけ合い、折衝することから生まれる想定外展開にこそ醍醐味があるというスタンスを取っています。
 『絡まりあう多様性 〜乖離をうがつもの〜』 でも主張しましたが、TRPGには「システムに保証されていない予定外行動での多様性」ってのがあります。あなたが抱えた「萌え」もまた保証されない領域に持っていかれることがあるのです。
 その現実を克服できなければ、「萌え」をゲーミングに活かすことなど到底無理です。

 まず自分の「萌え」から距離を置く。それが大事です。
 あなたが一途に抱えている「萌え」など、TRPGのゲーミングがもたらす快挙・椿事の生きた物語が与える興奮・感動にくらべれば消しゴムカスのようなものです。TRPGにはそれだけのポテンシャルがあります。

◆◆◆

 最後に、具体的な処方を考えてみました。

 効果的なのは、「プレイヤーの行動は何であろうと流さない」ことです。
 それには、自分の萌え行動・キャラクターアピールによってどういう効果を期待しているのか明言する必要があるでしょう。行動原理が理解できなくても、行動の結果どんな展開になるのかは誰もが理解できることです。突然宇宙人と交信を始めるのは不可解な行動だが、それによって「私は情報収集をしている」ことが明言されているなら、他の人もリアクションが取れます。
 そして、彼・彼女の行動が流されないように、すべての行動は記録しておくのがよいでしょう。面倒ですけど、自分の行動が尊重されていないことを恐れるプレイヤーがいるのだから、すべてのプレイヤーの行動が反映されていることを目に見える形で残しておくのは有効な手法です。

 「書く」というのは口下手な萌りんに筆談を持ちかけたら有効度が上がるように、だんまりプレイヤーにはとても有効です。実は以前、上述のようなだんまりプレイヤーを回された経験があり、その時はプレイ中に観察日記を書かせました。小学生みたいな手段でしたけど、日記を見せることによって他のプレイヤーに彼のものの考え方を理解させようとしたのです。
 そのプレイは結局、彼は書くのに精一杯でしたが観察者として自分の主観を発散できたこと、それで他のプレイヤーとからめたことで非常に満足してくれました。 

 ただ困ったちゃんだ理解不能だと決め付けるのは、いかに負担であろうとも傲慢であることを覚えておいてほしいです。だんまりになるには、それに至った経緯というのがあるものです。少しずつ彼の行動を褒め、ゲーミングをする喜びに誘っていかなければなりません。
 
 
posted by 回転翼 at 09:01 | TrackBack(0) | TRPG雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年04月15日

報われる血を流せ〜♪ 〜ScoopsRPG更新〜

 ScoopsRPGが更新されました。今回はおなじみ北原氏によるハーンワールド…ではなく、GURPS WWIIのレヴューです。僕はまだプレイしていないのですが、WWII物はGURPSの中でも評価が高いと聞いています。

 ところで第二次大戦物と言えば、こういうゲームがあります。追記欄に簡単なプレイ録を書いておきましたので、お暇な人はどうぞ。

 今回は仮想光線氏による「読者の声」投稿が2作あり、白河堂氏の試験に対する回答と、そこから展開したキャラクタープレイ論とのこと。実はまだ読んでいません。急いで評論など失礼でしょうし、少しずつ読み解いていきます。

 それではScoopsRPGをお楽しみください。


回転翼の大東亜戦記プレイ録
posted by 回転翼 at 15:06 | TrackBack(0) | 更新情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年04月14日

来訪御礼 〜Blog活動半年経過〜

 こいこい7どころかフタコイオルタナティブも極上生徒会も不条理極まりない。
 こういう不条理極まりない感覚を輸入してTRPGなぞやられたらGURPSでは対処できないかも。やはりここは蓬莱学園(旧版)しか。またやりたいなぁ。

 先月19日でRPGコラム『うがつもの』ははや半年。
 旧melma!を含めると半年で約9万HIT(サイコロはトップページのみ回るのかな)。TRPG系Blogとしてはどうなんでしょ。とりあえず今年の9月19日には15万HIT行って人並みのBlogを名乗りたいものです。
 だが、アクセス数よりも重要なのは、このblogに来るお客様の8割以上がブックマークからダイレクトに来ている(SEESAAのアクセス解析によれば)ことです。実にありがたいことで、厚く御礼申し上げます。
 なお、TRPGSearchからはハッパかけたのが効いたのか、TRPG.NETの次に多く来るようになりました。

 前にも言いましたが、最近は週2日ほど定期的に実家に帰り祖母の世話をするようになりました。実家にはパソコンがないので、『うがつもの』の執筆活動も自然と低下しています。その分、じっくりとルールブックを読む時間が増えましたので、この勉強嫌いも少しは賢くなるかもしれません。

 これからも色々とTRPGのこととか書いていくつもりなので、どうぞよろしゅうごひいきに。

 

 
 
posted by 回転翼 at 02:27 | TrackBack(0) | よしなしごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年04月12日

僕はD&Dも胸張って推薦できないチキンです

 【お知らせ】
 前の記事、「D&Dが盛んだってのは僕の勘違いですか?」がサーバが混雑して送信できなかったと思って書き直したのがこの記事です。内容は同じなので前の記事は削除します。ご了承ください。

◆◆◆

 この前の日曜日、久しぶりにお呼ばれで『D&D3.5e』をプレイ。
 恥かしながらも僕が一の年長者なので、パラディンで皆を教導……。

 「回転翼さん。今日はローグやってもらいませんかね」

 なんだ。パラディンいるんですか。
 ならば仕方がない……。

 「今日は回転翼さんのローグが見てみたったんですよ。お手柔らかにお願いしますね」

 って、僕ってそんなご指名受けるほどローグやってましたっけ……。
 ……コレのせいかも。
 とほほ。

◆◆◆

 そんなわけで楽しく『D&D(3e〜3.5e)』を楽しくプレイしている僕ですけど、最近なんか勘違いしているような気がしてなりません。

 Blog活動していると、RSSアンテナやBlogで推薦されているWebサイトで情報を仕入れることが多くなってきます。Blogでは右も左も『D&D』関連なので、つい「そうか。日本でもD&D
がファンタジーTRPGの主流になったんだな」と思ってしまいます。

 だが、実際はどうなんでしょうか。
 Blogの世界はあくまでもマニア揃いであって、まだまだ現場では『ソードワールド』の方がメジャーなのかなという憶測はあります。『アルシャード』や『アリアンロッドRPG』もありますけど、この2作が「D&DもSWももう終わった。これこそ代表的TRPGだ」と言い切れるかと問われれば自信ないです。『無限のファンタジア』? ヨイショするだけ惨めになります。

 少なくとも、TRPG未経験者を初めてのプレイに誘うとき、『D&D』と『ソードワールド』のどちらを選ぶかと言われたら……僕は『D&D』を勧めますけど、その選択は変ですかね。選択肢に『アリアンロッドRPG』があったとしても、『無限のファンタジア』があったとしても、あるいは『ブルーフォレスト物語』があったとしてもやっぱり『D&D』を選ぶでしょう。
 だが、その選択はえらく反発を受けそうで、なんか山のように抗議がきて「やっぱ、ソードワールドなんですかね……」と尻すぼみになりそうな予感。

 それというのも、『D&D(TSR及び新和版)』に比べて『AD&D』は数えるほどしかプレイできなかったというのがあります。もちろん、原因はSWです。僕が高校時代所属したサークルでは『AD&D』は、サークル創設メンバーが常駐して鎖国プレイしていたのが通例でして、卓に入るのは無理に等しい状態でした。それ以前に、毎回『ソードワールド』卓が1〜2卓はあって、参加者を取り合っていた状態(GMをやりたがる人間は4〜6人はいた)なので、今日はSW卓で我慢してくれと回されることが何度かありました。
 中には、半数は戦闘なんかとても任せられる状態じゃない……GMが教導せねばゴブ1匹でも右往左往するような観客プレイヤーの卓なんてのもありまして、それは苦労しました。

 もちろん、健康にいい苦労ではありません。

 自分がDMになって卓を起こすという手段もありましたけど、みんなとっつきにくいし止めとけ状態で、確かに1度卓を立てたら不成立。以来、僕自身も「AD&Dはみんな怖いのかな」と距離を置くようになりました。

 正直、いつも定着メンバーで誰と接触することなく『AD&D』をプレイしていた古参メンバーは僕から見てもとっつきにくい連中でした。同席経験がないんですから、話題がまったくない。メンツ内で語り尽くした所があるので、『AD&D』に関する話題をふったって、「俺たちがさんざん議論してきたことをこいつは聞き返す。ウザい」なんて態度取るから、完全についていかれへん人たちでした。

 同時に、SW卓に居ついていた人たちも人はいいんですけど会話はどうもつまらない。語り合うほどTRPG自体には興味がないから、例えば『AD&D』を見せてもファンタジーの設定資料集としては楽しんでくれるけど、TRPGとして遊んでくれるかと言えば遠慮される。
 もちろん、『D&D』は時代遅れだと思っている人もいて、煩雑すぎてやる気がないと言われることもしばしば。特にフィギィア戦闘は毛嫌いされました。

 彼らSW卓とAD&D卓との距離はあまりに開きすぎていました。

 翻って現在。
 確かに『D&D3.5e』はとても楽しい。
 だが、だからと言ってそれを前面に押し出していたら、迂闊にも僕自身が「怖いTRPGをプレイするとっつきにくい連中」になってしまうかもしれません。自分が不快だと感じた連中にです。僕自身は「違う。D&Dはマニア専門ゲームじゃない」と言いたいんですけど、「いや。やっぱりマニアックですよ。僕には難しすぎる」というお決まりの食わず嫌いをどう克服すればいいのか……それもまた有効な手段が思いつきません。

 はたして今、世の流れはどうなってるんでしょ。
 まだ『ソードワールド』はルールも覚えやすく初心者にも安心だと推薦され、『D&D』はとっつきにくいと毛嫌いされているんでしょうか。

 で、その日ローグで何をやったかと言えば…。
posted by 回転翼 at 09:01 | TrackBack(1) | TRPG雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年04月07日

インタラクティブの居場所

 『D&D(TSR及び新和版)』の場合、TRPGってのはイヤなほどインタラクティブなゲームでした。迷宮を歩いてても、どこに罠があるか、どこからワンダリングモンスターが来るか分からなかったわけだし、罠を回避するのにも寄木細工の箱みたいに複雑な手順(これがまた知識ではなく知恵がないと解けない)が必要なのでものすごく大変。僕のいたサークルではDM専門が何人かいて、互いに技を磨きあうかのように罠を試行錯誤してましたから、最も悪知恵が働く人間にしかシーフは任せられない状態でした。

 それが90年代半ば頃のTRPGは、まるで再開発がされたかのようにちっともインタラクティブじゃありませんでした。ゲームも迷宮から野外、そしてシティーアドベンチャーが主体になってファンタジー小説っぽいシナリオ仕立てが求められるようになったので、もっぱら行われたのはAVGのようにイベントフラグを更新していくやり方でした。
 「迷宮に落ちてる松明を所定の場所に挿して火を灯せば扉が開く」とか「情報屋の誰それにこうこう切り出したら事件の手がかりを聞ける」とかいうやつ。

 ところが、イベントフラグが読めなくてシナリオが詰まったり崩壊したりすることが度々発生して、頭を抱えたGMが続出しました。迷宮の罠ならトンチンカンな行動したら、そのPCがバカを見たり死んだりして、最悪でも全滅でプレイを中断できました。PCは死んでも、プレイヤーはまだゲームを続けるだけの余力がありました。
 しかし、シナリオの手詰まりとなるとPCは生きている…プレイヤーは参加権をまだ持っているわけで、どうにもこうにも中断する手段がありません。GMとプレイヤー衆のどちらかが精魂尽き果ててゲームを落とす(強引なシナリオ展開でシナリオを終わらせる)か、時間切れになるかまで、手詰まりに苛立つもどかしい時間が続きます。
 こういう終わり方をすると、もうプレイヤーもGMも疲労困憊で、モチベーションの低下からしばらくはTRPGゲーマーとして使い物にならなくなります。

 迷宮と違って、野外や市街ではプレイヤーの取れる行動範囲や、考慮すべき舞台設定があまりにも広大すぎてプレイヤーの手に余ることが手詰まりの原因かもしれません。しかもTRPGは自由さが売りとなったことが仇となって、まるで「○○をするなら○○ページ」というのがないゲームブックをやらせるような、雲を掴むシナリオを組むGMが沢山いました。

 そんなことにも気付かないGMが「なんで奴らはイベントに乗らない」と頭を抱えだし、しまいには「奴らは人の話も理解できない猿だ。奴らはシナリオ展開で行動を規制せねばならん」と考え出し、インタラクティブ抜きの完全GM主導型シナリオ…俗に言う一本道シナリオと吟遊詩人GMが登場するようになりました。
 この時代に手ほどきを受けた初心者の中には悲惨なゲーム感覚持った人もいて、とにかくGMの話に頷いて、GMの問いかけに答えて、GMのお膳立てした戦闘をこなせばTRPGだと完全に観客状態。それが進んで、大道芸人感覚のGMと観客まがいのプレイヤーがTRPGをマジックショーかなんかと一緒にしてしまった時代がありました。

 だいぶ前からTVでマジックが流行ってますけど、観客を呼んで「好きなカード引いてください」とやるやつ…これがインタラクティブだと勘違いされてたのが一昔前です。

 そんでもって現在。
 悲しむべきことか嬉しいことなのか、『D&D3e』の登場で吟遊詩人に観客状態の非インタラクティブでは済まされないゲームが出てきて、古いゲーマーとしては一先ず居場所を確保することができました。
 ただし、一時期の因習は根強く残っているもので、本来なら迷宮歩きや戦術で頭が一杯なはずの『D&D』に、何をやっていいのか分からずポカンと立ち尽くすゲーマーが結構います。GMが吟遊詩人するのが当たり前で、物語に聞き入ることを期待して参加している人なので、迷宮構えてさあいらっしゃいとするDMと、戦術の相談しているプレイヤー衆とは到底ゲーム感覚がかみ合いません。

 僕はこういう鳩が豆鉄砲食らったような状態のプレイヤーが見ててホントに不憫です。
 僕のゲーム感覚は古いものですから、インタラクティブ…プレイヤーの能動的行動によるゲームへの介入があって当たり前だと思うし、そこにTRPGの楽しさがあると見ています。だけど、そのゲーム感覚は一時期は危険視されていましたし、今となってはどうして大事なのかちっとも分からない状態とも言えます。
 だからプレイ中ポカンとしておきながら、ゲームの雰囲気を味わえただけでもお腹一杯だと満足してるプレイヤーが心底不気味です。だが、実際にはそういう人をも擁護するゲーマーすらいる。一昔前は「そういう従順なプレイヤーがあしらいやすい」という腹黒い意図で擁護する人が多かったけど、今は心底「ストーリーテラーと聴衆」という立場にTRPGのあるべき姿があると思っている人もいます。
 
 よく「GMはプレイヤーを楽しませるためにある」などいう文がルールブックや関連書籍に出てきて、そんなの受け入れられないという反駁を耳にします。だけど、プレイヤーの方が「ねぇ何か面白いことある?」とねだる観客状態なら、少なくともGMにとってプレイヤーは楽しませるためにはいない連中となる。
 インタラクティブに関する認識が、少なくともゲームによる住み分けができない限り、「GMはプレイヤーを楽しませるためにある」という文章は永遠にTRPGにつきまとうのではないでしょうか。少なくとも、それを期待するプレイヤーがいる限り。

 「GMはプレイヤーを楽しませるためにある」のなら、「プレイヤーはGMを楽しませるためにある」と考えてもいいはずなのだが。
 そろそろ、「能動的行動を取らず、雰囲気だけ味わいたい観客気分のプレイヤー」は卓にとって大きな負担であることを言ってもいい頃合でしょう。
 
posted by 回転翼 at 09:01 | TrackBack(0) | TRPG雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年04月03日

旧Melma! Blogを閉鎖しました

 【おしらせ】

 ログ回収作業が終了しましたので、旧Melma!におけるBlogを閉鎖しました。
 なお、ログはいずれWebサイト公開にする予定です。

 しかし、こうしてログを集めてみると昔は本当にダラダラと長文を書いていたことを痛感。
 文章量が減ったのは忙しくなったのもあるけど、やはりDVDレコーダーを買ってアニメを観る機会がぐっとアップしたからに他ならないでしょう。
 しかし、こいこい7は不条理世界です。ギャラクシーエンジェルがまともに見えてきた。
 う〜む。ここのカテゴリーにもアニメを入れるべきなのか。
posted by 回転翼 at 10:40 | TrackBack(0) | 更新情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年04月01日

4月1日にジョークを飛ばすとは愚民の通俗さよの。ほっほっほっ。

 4月1日。
 大衆はクリスマスやバレンタインデーと同じく、嘘をつく恒例行事にどっぷり耽溺するでしょう。
 こんな日に待ってましたとばかりにジョークを飛ばすのは愚民のやることです。バレンタインデーと違って誰も有り難がらないことをやってもテンパるだけです。ジョークを飛ばして喝采がほしいのなら、この日ぐらいは慎むべきでしょう。4月1日でないとジョークも飛ばせんチキンになるのは御免ですし。

 そんなわけでへそ曲がりに4月1日は真面目にいきましょう。

 トリヴィアの泉で、筑紫哲也が昔4月1日に宇宙人と交信したなんてニュースをジョークで流したら抗議が殺到したとのトリヴィアが取り上げられたそうです。

 宇宙人との交信を信じる人はまずいないでしょうから、この場合は「ニュースメディアがジョークを言う」ことへの不快感があるでしょう。ニュースメディアは淡々と情報のみを流していればよいという認識があるわけで、受信料を払っていない人でもNHKのニュースを「信用ならない」と斬り捨てる人はあまりいません。筑紫哲也や、かつての久米宏はそう言われ続けてましたけど。

 人は真実と嘘によって情報を切り分けてはいません。
 情報を切り分けるのは信用と不信。「言って欲しかった情報(肯定的信用)」と「受け入れがたい事実(否定的信用)」、「興味なき雑音(肯定的不信)」、「聞きたくないこと(否定的不信)」の4種に分類されるのでしょうか。もちろん、どこかの学者が定義したことではないので何の裏付けもできないもんですけど。

 例えば一昨日のサッカー。
 日本代表サポーターの立場から見れば、バーレーン戦の勝利は「言って欲しかった情報」で、イランでの敗戦は「受け入れがたい事実」です。本音ならイラン戦もアル・ジャジーラの情報操作で本当は日本が勝っていたという「言って欲しかった情報」にしてほしいのだろうけど、あいにく目撃者は何十人もいて、敗戦という事実を覆すことはできません。
 オウンゴールでの勝利ということで色々と反省が出るでしょうけど、サポーターの立場から見れば勝てば官軍というわけで、「興味なき雑音」に付き合う義務はありません。
 「聞きたくないこと」はやはり予選敗退の予告でしょうか。それとも金日成スタジアムでのアウェー戦で観客が暴徒化し、日本人選手・観客に犠牲者が出るとか…。

 それにしても北朝鮮はミスもいいところで、何らかの処分があれば日本にとってかなり有利になるでしょう。ただ、アウェー権剥奪はそんなに旨みがないかもしれません。
 確かに金日成スタジアムの観客は反日感情むき出しで危険かもしれませんけど、では北朝鮮がダメなら第三国というわけで、どこになるのでしょうか。中国が名乗りを挙げる(北朝鮮もせがむでしょう)可能性がありますし、それはあんまし嬉しいことではありません。中東(カタールやUAE)も勘弁してもらいたいし、妥当な線はシンガポールやマレーシアなのかなぁ。
  
 アウェーと言えば、次のバーレーンもドーハのあるカタールのご近所でして、イランほどではないかもしれませんけど地獄のコンディションでしょう。僕の兄が昔シリアに行ったことありますけど、油っぽい食事ばかりで喉を通らなかったと言ってました。友人や恩師の中には中東訪問経験者が結構いますけど、タフではない人はみんなどこかやつれて帰ってきました。
 体力が低下してからの訪問は正直辛いでしょうから、『砂ぽうず』気分を味わうには若いうちにした方がよいかもしれません。

 だが、イラクにだけは当分誰にも行ってほしくないです。
 橋田信介さんが亡くなったときには、泣いた恩師もいました。直接の面識はないけど、色々話を聞かされていたもんですから、僕も耳を疑いました。今となっても「受け入れがたい事実」です。
 イラクに死ぬ覚悟で乗り込むは勝手です。だが、僕らには死なれる覚悟がないんです。
 あなたの死を無駄にしてしまうでしょう。愕然として耳を塞ぎ、受け入れがたい事実に呆然として涙を流すでしょう。なんら美しいものなど湧いてはきません。あなたは英雄として死んでもらうことを期待して見送ったわけではありません。

 TRPGでも身代わりなどで自己犠牲をする特殊能力とかあって、それがなくても物語的に美しいなどとほざいて勝手に死ぬプレイヤーが昔より(『D&D』は身代わりになる余裕などない)多くなりました。
 何を勘違いしているのだか知らないけど、あなたの死を尊い犠牲だと思うほどにはプレイヤー的にもPC的にも仲良くはなっていません。「共に生きる」を実感していない仲間と死に別れても別に悲しくもなく、「ああ、あいつはいい戦友だったよ。惜しい奴を亡くした」と酒場で武勇譚をするときのネタにされる程度の付き合いなわけでして。
 『エンゼルギア』や『無限のファンタジア』だとPC間の関係をシステムで規定してますけど、PC甲とPC乙が恋仲だとしてもプレイヤー甲とプレイヤー乙が恋人のロールプレイをする気分には中々なれないのが現実というもの。
 PC間の人間関係についてのシステムはまだまだ優秀なのが生まれていないかもしれません。

 なんかいつもと同じ、あしたまにあ〜な調になってしまいました。
posted by 回転翼 at 09:02 | TrackBack(0) | よしなしごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

TRPG Searchから人がさっぱり来ない

 【お知らせ】
 旧『RPGコラム うがつもの』を置いているmilma!の方はログ回収が済み次第、4月上旬に閉鎖します。

 TRPG SearchのRSSアンテナは新着情報が50件ぐらいプールされるのだが、朝の9時になるたびに、TRPG系Blogの最大手・はてなダイアリーから一斉にRSSが送られます。すなわち、夜間に送信したBlogは大して表示されることなく、朝になればはてな大洪水によって下部におしやられることになるのです。
 リファラではTRPG Searchからの訪問者はTRPG.NETのRSSアンテナどころかScoopsRPGのリンクよりも少ない状態です。Googleの検索で来た(「生天目仁美」で来た人が多いのはご愛敬)人とほぼ同数と見ていいでしょう。サイトの宣伝効果としては、他の人のBlogにトラックバックする方がはるかに効果的です(『神饌喰い。』『キプロス王国』 からは1000人近くが来ている)。

 とりあえず、TRPG Searchからのアクセスを稼ぐためにははてな大洪水対策をせんといかんわけで、大抵の人が寝る26時から翌9時までの掲載は慎んだ方がいいかもしれません。ちなみにこのSEESAAには「投稿日時」なる怪しげな記事設定がありまして、投稿した時間を詐称することができるとのこと。RSS送信の時間を設定するもんじゃないらしいのだが、今日もちょっと実験を。
posted by 回転翼 at 09:01 | TrackBack(0) | 更新情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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