WWEのレジェンド、ザ・ロック主演映画、『ワイルドタウン
英雄伝説(米題:WARKING TALL)』が14日に公開されます。故郷を牛耳るワルどもにロック扮する正義漢が
棍棒を手に立ち向かうというステキB級の薫り漂う映画です。『キングダム・オブ・ヘブン』は混んでそうだし、オーリー目当ての女子も多そうだしなぁという人はこちらにするのもよろし。
ええ。棍棒に次世代の期待を寄せる僕がお勧めです。
『撲殺天使ドクロちゃん』も第3〜4話凄惨放映中。TVK(テレビ神奈川と言われないと分からない)かカミングスーンTVが観れる人……ここはドクロちゃんファンBlogではありません。
けど実際、棍棒の威力ってどんなもんでしょ。
ビームやら衝撃波やらが飛び交う昨今のファンタジーでは、単にシステム化されていないのに救われているかもしれません。立木にすら風穴開けたりキュウリのように裁断するような魔法や必殺技を受けたら一撃破損は免れないでしょう。
そもそも、製作者の目星がバット程度の代物だとしたら、角田のキックでも折れるものにしかイメージできません。やはり『ワイルドタウン 英雄伝説』を観て、ブラジオン級の特大棍棒を目の当たりにするしかないかも。
つーか、バットはクラブじゃなくてワンドの方が近いのでは。
こういう武器のリアリティの問題は、酒の肴になるほど楽しい話題ですけど、同時に取っ組み合いの喧嘩になるほど厄介な話題です。とくに刀となると、これを「日本刀」と呼ぶか「刀」と呼ぶかだけでも1時間はエキサイトできるものでして、なまじ歴史問題が絡むだけにゲーマー本人の政治思想がスタンドになって、あわや復旧不可能となるほどに紛糾したもんです(酒が入るとね)。
リアリティといっても、結局は誰も実戦を踏まえていないので、各自が武術の本やらで仕入れたオレリアル(自己基準から編み出された仮想の摂理)を語っているにすぎないんですよね。
これに対する僕の見地と、それに対するある先輩の回答が愁眉でして。
僕「いくらリアルを追及した所で、所詮は現実とはかけ離れたファンタジー世界での話じゃないか。巨大生物が群生するような地で、人間や動物を相手にすることを想定して進化した武器の現実を探求したところで、乖離を生むだけではないのか。
それなら、リアリティよりも自分たちに有利になるようなデタラメの方がいいんじゃないですか?」
先輩「いや、ファンタジーなど空気に過ぎない。俺たちの前にある現実は、ルールブックに記載された数値という名のリアリティなんだ。RPGなどと銘打ってるけど、現実には数値を投機対象としたダイスバトルゲームに、ゲームの参加権やら満足感を得るための達成条件やらを賭けた勝負事をしているに過ぎない。
確かに実際の武器の威力・効力など本来はどうでもいい代物だ。だけど、数値を競わせて争っているゲームだから、数値修正には誰もが納得できる公正さがないとアンフェアとなる。だから、妥協点として実際の武器のリアリティが必要になるんだ。実際に人斬りに使われた実証に対して異論を挟めるほど実戦を知りぬいたゲーマーなんかいないからね」
TRPGにおける武器のリアリティとは、すなわち数値修正としての妥当さにかかってるんです。
そもそも、ほとんどのRPGが「ターン」という行動制限を設けています。
これによってRPGのキャラクターは実際の人間ではなく、行動制限を超えるとピタリと動きを停めるロボットのような存在となります。人が押し合いひしめき合う戦場の白兵戦ではなく、整然とマス目を埋めるチェスの方が近い状態なのが、ターンに支配されたTRPGの戦闘というものです。
これは、実際の戦闘を知るもの……戦闘への知的研鑽をしてオレリアルを溜め込んだ人にとってはストレス以外の何者でもありません。この時点で、彼は戦闘シミュレーションという意識デブの発散から、公正さとフェアプレイを旨とするゲームの世界に異次元飛行したのです。
当然、彼は拒絶反応を示します。
「このゲームシステムは、俺がシミュレーションした戦闘のリアルとは違う」と。
だが、そんなことは参加している全員が感じていることです。
そして、全員が共有しているものはルールブックに記載された数値修正だけなのです。
参加者が各位、自分のオレリアルを基準に数値修正をしたらどうなるでしょう。
……喧嘩するだけだと思いますね。
◆◆◆
ここで有名な「首ナイフ」の公案に対する回転翼の見解を。
悪党が人質の首筋にナイフを突きつけた。PCが大人しくしなかったから、GMはナイフが首筋に刺さり人質は即死とした。だが、ゲームの数値修正に従えばナイフでは人を即死できる威力はない。さて、どうするべきか……これが「首ナイフ」です。
結論から言います。
GMが即死としたのはアンフェアです。即死できないゲームならば、即死は不可能です。
そしてそれを盾に抗議をする
プレイヤーの発言は、いかにゲーム世界を構築するゲーミングのお約束に違反していても、当然の抗議であって批判されるのはお門違いです。
おそらく、現実のリアリティを当然とする大方の意見とは反するでしょう。
だが、効果修正がついている武器に関しては、ウォーゲームとしての公正さの対象なのです。もし首ナイフがゲーミングによる即死にしてよいとなるならば、以後のプレイでも同様の事態となったら、戦闘システムではなくゲーミングの管轄としなければアンフェアです。
一旦認めてしまったら、誰も大型武器なんて持ちませんよ。みんながみんな、首ナイフを狙いますって。即死ですからね。頚動脈のある敵ならみんな即死です。
それを決めるのはGMですって?
勘弁してもらいたいです。プレイヤーは4人以上ですよ? 圧力、暴力……かないっこない。プレイヤーに対して公正なジャッジをしないGMなど、リンチを食らうだけです。
そういうわがままを封じるために、数値修正のフェアプレイがあるんです。
RPGの戦闘は、どこからどこをとっても現実の戦闘とは違うんです。
だが、ゲーマー個人個人のオレリアルがかみ合うことなんかないから、いきなり数値修正の世界に飛ばされたら拒絶するだけ。だから方便程度に現実のリアリティを語っているんです。
結局はダイスバトルの公正さに上回るもんなんかありません。
◆◆◆
それでも首筋に突きつけられたナイフが即死不可能なのはゲーミングの立場から見れば不当です。
おそらく、ゲーマーの多くがそれぞれの武器がもたらす「傷つけ方・殺し方」という脳内設定があると思うのです。ナイフは脳天を割るものではなく、首筋を掻くもの、胴に突き刺すものというイメージがあり、棍棒は首筋を掻くものではなく、脳天を割るものだというイメージがあるでしょう。
僕はHPの削り合いとは、この「傷つけ方・殺し方」に至るまでスタミナを削りあっている状態だと解釈してます。首ナイフの状態でも、人質は悪党に押さえ込まれるまでに、組み合いによって体力を減らしている=HPを減らしているからナイフ一撃で死んだと解釈すれば、少しは無問題です。
……組み付きの戦闘ルールがないゲームだとそれすら認めないですけど。
そろそろ、従来のウォーゲーム的発想による以外での戦闘システムが生まれてもいいんですけどね。だが、どんな形式であろうとも、ゲーム参加権などが掛かった数値を投機してバトルをしている以上は、競技としての公正さ、フェアプレイが成されていないと喧嘩の元となるだけです。
現在の段階では、喧嘩をしてでも守りたいものなんかTRPGにはありませんですしね。
ならば、公正さの基準とかゲームの楽しさなどは、すべて「喧嘩をせずに済むため」のガイドラインです。