2005年05月31日

いまだTRPGの頂は見えず 〜10万HIT御礼〜

 このRPGコラム『うがつもの』も累計10万HITを突破しました。
 7ヶ月ぐらいかかりましたけど、山あり谷あり。モンブランほどの山とグランドキャニオンほどの谷で、メチャクチャしんどい活動でした。改めて自分には唯我独尊で行けるほど面の皮は厚くないことを実感。
 
 つーか、もうすでに一アマチュアゲーマーの領分を超えている気もしなくもないです。
 まぁ、blog名からして不遜の極み。結構な数の人が「日記」「よしなしごと」「戯言」「雑記」とかボヤキ漫才レベルの看板だけど、ひょっとするまでもなくウチが一番大風呂敷広げているわけでして。
 もちろん、わざわざRPGコラムと銘打っているのは、離れ小島からSOSボトルを流すがごぎき誰にも注目されない文章を書くほど孤独を求めてはいないというのがあります。衆目に晒されるのは覚悟してましたし。
 それでも、ちょっとドスのかかった声で脅されるとビビリますけど。

 前回に続いて自分語りになってしまったのは、もう自分が「自分と卓のプレイ仲間だけに通用する内輪」だけを考えてのコラムが書けなくなったというのがあります。見知らぬ人からトラックバックを受け、見知らぬ人からメールをもらい、見知らぬ人から批評される。自分でも仲間でもない、第三者……自分も仲間もいない、全員見知らぬ人の卓の事情も考えてコラムを書く必要性が出てきているってことです。
 
 別に義務感とか使命感とか、ましてやプロ意識ではないです。
 僕のコラムに賛同するにしても反駁するにしても、その人がそう考えた経緯の背景には、その人のゲーム環境で養われたゲーム感覚があるわけだし、その境遇の違いを弁えなくては真正面から受け止めることすらできないってことです。
 
 例えば、僕は以前『深淵』で他のプレイヤーのキャラクタープレイのために無判定で殺されたってのを根に持ってますけど、『深淵』愛好者の何人かに打ち明けたら、無判定殺害を擁護する人の方が多かったです。他のPCを生贄に捧げるのもよくある話だかで、PCが演出として殺されることは『深淵』では責めるほどの悪ではないのかもしれないという再認識をしました。
 
 ついけてない。
 だが、自分が「ついてけない」と斬り捨てた上で『深淵』を愛好するゲーマーのゲーム感覚を受容せんことには、そのゲーム感覚を以て僕に問い返す言葉の性質を理解するはできません。
 ここで「あなたの卓の事情なんか考慮してません」なんて言ったら、多分「ふざけんな」でしょう。今後、卓を共にする可能性など薄いであろう人からでもです。せめて自分のプレイ事情も語ってくれればいいんですけど。いくら回答しても「私の環境ではそぐわない」などと言われたら、僕は人生相談してるわけではないのだし。

 これもガイギャックス御大の示したロールプレイングの達人の道程なのでしょうか。
 いまだRPGの頂は見えません。
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2005年05月28日

悪人の告白と楽しむための守備範囲

 最近は丸くなってる回転翼ですけど、本来はダークサイドに属している悪質ゲーマーだと認識しています。すなわちエゴと慢心の赴くままに、他の参加者に「自分の楽しみたいがままに従え」と強制して、逆らうものはイジめてTRPGそのものにトラウマを持たせて追放。いかにサークルで専制的立場に立つのかに腐心して、そのためにはイリーガルな手法も躊躇わない……そういう暗黒面が自分のゲーム感覚の中に存在しているってことです。

 まともな感覚でないことはわかってます。狂気に等しいです。
 裏返せば、僕が養ったゲーム感覚はエゴに対する恐怖が伴っていたわけでして、それを克服せんことにはTRPGは危険すぎる。いつか犯罪者を出すという恐れを、卓上に置かれたナイフや、格闘技の技を真似している人を見つめながら感じていました。

 それ故、僕は「TRPGはみんなが楽しむためにある」という言葉の逆として「TRPGはみんながエゴを悪意に昇華させ、誰かがプレイ不能に陥るもの」という認識すら持っています。
 RPG日本の会合での打ち上げで、鏡さんはTRPGはそもそも楽しいものなのに、なぜ楽しむためと明記せねばいかんのかと問いかけてきたんですけど、明快な答えを僕は持っています。

 TRPGは精神に異常をきたす危険なものであり、遊び手は必ずトラウマを負うものだからです。

 あらゆるゲーマーがプレイをし続けるには、まずそのトラウマを克服して、エゴに対抗できる程度に面の皮を厚くする必要があるのです。そうでなければ、TRPGは楽しむことができない。他のプレイヤーの「楽しもうとする行為」の前に叩きのめされてしまうだけです。
 そして、現役のゲーマーならほぼすべてがそういうトラウマ……TRPGには「楽」だけではなく「苦」も存在していることを受け止め、楽しめなかった苦い経験を克服しているのです。

 僕は「苦」がほんのちょっと大きかっただけです。
 何も怖がることはないです。今の僕は自分の暗黒面を芸にして笑い飛ばすだけの余裕があります。それにいたるまでの道のりも、多くのゲーム仲間に支えられて身につけたものです。
 
 もっとも、完全には払拭できませんから、時折こうやって「悪人の告白」をさせていただいてます。こればかりは僕のエゴが成せる業でして、不快に思われる読者の皆様には実プレイに害を及ぼさないよう禊をしていると思ってご了承ください。

 最後に、以前『インタラクティブの居場所』 で吐いた言葉ですけど、「GMはプレイヤーを楽しませるためにある」のなら、「プレイヤーはGMを楽しませるためにある」という言葉はぜひTRPGでの常識にしてもらいたい言葉だと思っています。今までGMがプレイヤーを楽しませる手法はあれこれ提案されてきましたが、プレイヤーがGMを楽しませる手法について論じてる人はあまり多くいません。せいぜいGMのシナリオやストーリーテリングに協力しようといった程度で、結局プレイヤーの「みんなで楽しむ」守備範囲はプレイヤー同士までしかないのかと悲観すらしています。

 何度か提言してきたゲーミングの概要も、すべてはプレイヤーがGMを楽しませるために必要なテクニックに通じるかもしれません。この技術を練りこめば、GMもプレイヤーとともに「みんなで楽しむ」環境がより一層整ってくるでしょう。
 
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2005年05月27日

リバプール優勝でボロボロ

 どうも。回転翼です。
 ただ今、後ろには精魂尽き果てた野郎どもが7人います。
 ウチん家Jスポーツ観れるからUEFAチャンピオンリーグも観れるぞいと口走ったばかりに、今日はすっかりサポーターズカフェ状態。サッカーファンの同僚とそのまた友達のサッカーファンが、のどごし生4ダースと近所のスーパーで買い占めた唐揚げやらを持ち寄っての観戦飲み会が(ついさきほどまで)行われました。
 当然、10時近くに開始される番組ですから全員泊まり確定。今夜はモルグの方が快適だったと思うような寝方しても知ったことではありません。

 事前予想ではACミラン勝ちを予測する人が6人。リバプールが1人
 そして……。

 「酸素が負けた以上、僕のUEFAは終わってるんだ……」
 
 などとベスト16で負けたチームを応援していた僕はリバプール側に。
 
 試合は前半でミランが3得点。クレスポが3点目を入れた時点で、リバ側は諦めムードが漂っていて、カカのプレイがいいよねとかミラン分析モードに突入。シェフチェンコ好きの同僚なんぞは「脱げ〜」と喚くし、前半だけでかなり体力を消耗。ビールも全員3本目突入。
 
 ところが後半、ジェラード、スミチェルと連続してゴールを決めると全員ビールに伸びる手を休めてテレビに釘付け。シャビ・アロンゾがPKで同点に持ち込むと太平道人の奇跡を見せつけられたかのように、「神だ」「奇跡だ」とつぶやく状態。
 それ以降、トルコのはずなのにここはリバプールかと思わんがばかりのリバプールサポーターの騒ぎぶりとコーランのように響く彼らの歌声、それに反するミランサポーターの目が死んでる状態……これがサッカーの流れという奴かと神妙になってる間にも、我らの体力は限界に達していました。
 アロンゾのゴールからは膠着して消耗戦に突入。そのまま延長戦に突入しましたが、みんなボロボロ。これではロクに騒げずに(いや、もう0時過ぎてたので騒いで欲しくなかった)シェフあたりが決めて終わりかなと思ってたのに……PK戦突入。

 ここで魅せてくれたのがリバプールのGK・デュデク。
 両手フリフリ、腰フリフリの蟹だかパントマイムだか分からない「ヘンなオジさん」殺法でミランを幻惑……いや、悩殺。正直、男が好きって人だったらイヤだに。ゲイな方にモテる漢ナンバー1にランクアップかも。
 最後は脱ぐ人・シェフチェンコが身の危険を感じたのか外して終了。
 リバプールの優勝でチャンピオンリーグは劇的に締めくくりました。

 歓喜に沸くリバプール。シセやトラオレがアフリカの血が蘇ったのか裸踊りをし、カーンよりもゴツいリーセが馬鹿っぽい帽子かぶって浮かれ、髪型から「長州、長州!」と叫んでいたバロシュもカメラに向かって吠える。
 そして狐につつまれたミランの面々。哀れです。

 前半のミラン劇場と、後半の神がかったリバプールのミラクル、そして消耗戦にデュデクの悩殺プレイ……。なんか2、3試合を連続して観た気分です。やっぱ欧州のトップどころがやるプレイは違うなぁ。

 さて、もう2時ですから寝るです。なんかテレビの前ではまだ朝までサッカー観ようと頑張ってる人が何人かいますけど、あたしゃプレミアリーグだけで充分。ブンデスリーガまで観る余裕ないっす。

 結局、今日は『ハチミツとクローバー』観れずじまい。
 とほほ〜。
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2005年05月23日

逆・首ナイフ

  卓上RPG研究会での打ち上げの席で、思いつきながら発案としてまとまりきれずにいたことがあります。古典的な「首ナイフ」の公案に対抗する、新しい公案です。
 題して「逆・首ナイフ」です。

 悪党が人質の首筋にナイフを突きつけた。PCが大人しくしなかったから、GMは悪党が行動ターン中にナイフで人質を攻撃し、人質のHPは残り2となってまだ行動不能ではないと告げた。だが、遊び手の常識に従えばナイフで首筋をえぐったらまず即死である。さて、どうするべきか……これが「逆・首ナイフ」です。

 皆さん、考えてみてください。

 この公案は、答えるのは簡単ですけど、罠があります。
 その罠が何なのかは別の機会にしましょう。

 『まほらば』見終わってから書いているので、今日は短めに。
 ついでに、いつものように9:01投稿です。以前話したとおり、まとめて9:00投稿としてRSSを送信するはてなダイアリーへの対抗策です。
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2005年05月22日

もしDungeons & Goblinsだったら

 RPG日本さんで行われた第6回卓上RPG研究会はおかげさまをもちまして、無事に終了することができました。僕の卓にも合計4名集まり、なんとか無事にプレイすることができました。
 参加していただいた方々に厚く御礼申し上げます。

 さて、帰りの飲み会で「首ナイフ」問題に対して面白いひらめきが湧いてきました。

 なぜ、TRPGのデザイナーはナイフで即死しないようなシステムをデザインしたのでしょうか。戦場で最後まで生き残った白兵戦武器がナイフであることからも、とても有用な武器であることは間違いないのですし、ナイフの一撃で人が死んだという事例を多くの人が見知っているはずです。

 そこでです。原初に立ち返るのは論考の大きな道しるべ。
 最初に生まれたTRPGはなんというタイトルなのでしょう。

 『Dungeons & Dragons』です。
 
 ひょっとすると、歴史上一番最初の数値調整は、対ドラゴンを想定して行われたのではないのか……という推測が立ちます。まずはじめに、ドラゴンにとってナイフはこれぐらい効くだろうなという推算から1D4ダメージという数値が誕生したのです。

 はじめから人間を想定して数値調整されていなかった。ドラゴンの硬い鱗に太い首に対してのイメージから、TRPGの武器というのは始まったのだということです。だから人間に対してダメージが妥当でなくて当然。すべては「ドラゴンに対しては妥当」なのです。

 根拠? 酒の席の与太話だから勢いに任せることはできるけど。

 もしはじめから人間もしくはヒューマノイドを相手として推算していたならば、TRPGの歴史も大きく変わっていたかもしれません。そう。『Dungeons & Dragons』ではなくて『Dungeons & Goblins』だったりしたらどうなるでしょうか。はたまた『Dungeons & Torogrodytes』とか『Dungeons & Oaks』とかだったりしたらどうなるんでしょう。
 
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2005年05月19日

価格.comテロ被害と3種のヲタク神器 〜オンラインでの購入経路とヲタク気質〜

 RPG日本での蓬莱学園セッション、人数が足りません。
 20日までにプレイヤーがあと最低1人は欲しいところ。まだ募集してますので、参加希望の方はRPG日本さんとこまで宜しくお願いします。

◆◆◆

 価格.comがサイバーテロにあって閉鎖してます。
 この回転翼も利用者なだけに少しトホホな気分です。現在、週13本のアニメを録画している(「観ている」ではないのが悲しい所。)中程度のアニメ好きなもんで、DVD-Rは安く仕入れる必要があるわけです。そうなると秋葉原なんですけど、電車賃を換算するとネットで注文した際の送料と振り込み手数料を加算した額の方が安くなる故に、現在ではほとんどネット注文です。

 ことはTRPGのルールブックでも同じです。

 書籍関連はアマゾンがあるし、internet - OnlineGameMarketのようなオンラインでのゲーム専門店もあります。都会者の感覚からすれば、未だに「地元の書店や玩具屋だけが頼りです」というプアーな環境にいるゲーマーはもっと手段を考えるべきです。
 昔は「ウチはド田舎だからソードワールドしか出回らない。都会者の傲慢だ」と返す地方出身者が多かったんですけど、今となっては完全に時代錯誤な意見と成り果てたでしょう。

 そう言えば、『無限のファンタジア』は表紙が恥かしくてオンラインでも買えないなんていう声をもっぱら硬派な熟年ゲーマーからよく聞きます。だからアマゾンで買うべしと言っているのだが、それでも恥かしいなんて言う。
 彼らとは終生、『恋するメイドRPG』についての論議はできないかもしれません。

 メイドやらゴスロリやら言ったアキバ系美少女萌えの世界は、硬派で保守なおじさん方にはついていかれへんし、キモいと食わず嫌いでもええやんと思っているんでしょう。
 だけど、かつて僕はハヤカワSFやガンダムやミリタリーをこよなく愛し論じ合った先輩ゲーマーを同じように見ていました。同じ穴のムジナだと思いますね。おじさん方も、若い人にはついていけへん偏愛の世界を持っているもんです。
 つーかガンダム。子供ん頃はテレビそんなに観てなかったから直撃世代どころかちっとも素養のバークボーンじゃないんです。なぜ、『D&D』をやってるサークルでガンダムに対する無知が軽蔑の対象になるのか、分かりませんでしたよ。
 ハヤカワ、ガンダム、ミリタリー。この3種のヲタク知識を研鑽せんことには先輩ゲーマーと話すらできませんでしたから、修得するのにえらい労力を費やしたものです。

 なんか、TRPGってのはこうも遊び手の偏向ぶりを露にできるゲーム環境があるんだなって思います。謙虚にもなれないし、知識をエンターテイメントとして楽しませる方向にも持っていかない。ヲタクの悪しき面……自閉して、非生産的で、村社会メンタリティな側面が他人との社交の場に出てても許してしまう甘えた空気ってのがあるのかもしれません。

 TRPGにもコミュニケーションの技術があるんだと言う人はいますけど、コミュニケーションを取るべきゲーム環境が清新でなければ、どうにも「対話」よりも「馴れ合い」の方に需要が偏ってしまうのではという懸念があります。「みんなが楽しければよい」という考えに偏向すれば、「プレイを肴に雑談」でもTRPGになるんだという暴挙が発生しますし。

 この「馴れ合い」ってのがTRPGをプレイし続けるにあたってとても怖い癌であると僕は認識してます。身内がマンネリになるだけではなく、強烈なウリ意識が働いて部外者……同じサークルでも、自分たちとは趣味的に分かり合えないと判断した者に対する排他的行動という面でも、極めて危険な状態と居えます。

 いろんなゲームに接することはゲーマーにとって悪いことなんか何1つないことです。
 オンラインでの購入手段が増えたのですし、地方と都会との格差はだいぶ縮まっているはずです。田舎だからとか恥かしいとか言わずに、ゲーマーとしての視野を広げるためにもより多くのTRPGに触れてみてはいかがでしょうか。
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2005年05月14日

ロック様の棍棒とドクロちゃんの金棒 〜首ナイフと数値修正〜

 WWEのレジェンド、ザ・ロック主演映画、『ワイルドタウン 英雄伝説(米題:WARKING TALL)』が14日に公開されます。故郷を牛耳るワルどもにロック扮する正義漢が棍棒を手に立ち向かうというステキB級の薫り漂う映画です。『キングダム・オブ・ヘブン』は混んでそうだし、オーリー目当ての女子も多そうだしなぁという人はこちらにするのもよろし。

 ええ。棍棒に次世代の期待を寄せる僕がお勧めです。
 『撲殺天使ドクロちゃん』も第3〜4話凄惨放映中。TVK(テレビ神奈川と言われないと分からない)かカミングスーンTVが観れる人……ここはドクロちゃんファンBlogではありません。

 けど実際、棍棒の威力ってどんなもんでしょ。
 ビームやら衝撃波やらが飛び交う昨今のファンタジーでは、単にシステム化されていないのに救われているかもしれません。立木にすら風穴開けたりキュウリのように裁断するような魔法や必殺技を受けたら一撃破損は免れないでしょう。
 そもそも、製作者の目星がバット程度の代物だとしたら、角田のキックでも折れるものにしかイメージできません。やはり『ワイルドタウン 英雄伝説』を観て、ブラジオン級の特大棍棒を目の当たりにするしかないかも。

 つーか、バットはクラブじゃなくてワンドの方が近いのでは。

 こういう武器のリアリティの問題は、酒の肴になるほど楽しい話題ですけど、同時に取っ組み合いの喧嘩になるほど厄介な話題です。とくに刀となると、これを「日本刀」と呼ぶか「刀」と呼ぶかだけでも1時間はエキサイトできるものでして、なまじ歴史問題が絡むだけにゲーマー本人の政治思想がスタンドになって、あわや復旧不可能となるほどに紛糾したもんです(酒が入るとね)。
 
 リアリティといっても、結局は誰も実戦を踏まえていないので、各自が武術の本やらで仕入れたオレリアル(自己基準から編み出された仮想の摂理)を語っているにすぎないんですよね。
 これに対する僕の見地と、それに対するある先輩の回答が愁眉でして。

僕「いくらリアルを追及した所で、所詮は現実とはかけ離れたファンタジー世界での話じゃないか。巨大生物が群生するような地で、人間や動物を相手にすることを想定して進化した武器の現実を探求したところで、乖離を生むだけではないのか。
 それなら、リアリティよりも自分たちに有利になるようなデタラメの方がいいんじゃないですか?」

先輩「いや、ファンタジーなど空気に過ぎない。俺たちの前にある現実は、ルールブックに記載された数値という名のリアリティなんだ。RPGなどと銘打ってるけど、現実には数値を投機対象としたダイスバトルゲームに、ゲームの参加権やら満足感を得るための達成条件やらを賭けた勝負事をしているに過ぎない。
 確かに実際の武器の威力・効力など本来はどうでもいい代物だ。だけど、数値を競わせて争っているゲームだから、数値修正には誰もが納得できる公正さがないとアンフェアとなる。だから、妥協点として実際の武器のリアリティが必要になるんだ。実際に人斬りに使われた実証に対して異論を挟めるほど実戦を知りぬいたゲーマーなんかいないからね」

 TRPGにおける武器のリアリティとは、すなわち数値修正としての妥当さにかかってるんです。

 そもそも、ほとんどのRPGが「ターン」という行動制限を設けています。
 これによってRPGのキャラクターは実際の人間ではなく、行動制限を超えるとピタリと動きを停めるロボットのような存在となります。人が押し合いひしめき合う戦場の白兵戦ではなく、整然とマス目を埋めるチェスの方が近い状態なのが、ターンに支配されたTRPGの戦闘というものです。

 これは、実際の戦闘を知るもの……戦闘への知的研鑽をしてオレリアルを溜め込んだ人にとってはストレス以外の何者でもありません。この時点で、彼は戦闘シミュレーションという意識デブの発散から、公正さとフェアプレイを旨とするゲームの世界に異次元飛行したのです。
 当然、彼は拒絶反応を示します。
 「このゲームシステムは、俺がシミュレーションした戦闘のリアルとは違う」と。

 だが、そんなことは参加している全員が感じていることです。
 そして、全員が共有しているものはルールブックに記載された数値修正だけなのです。
 参加者が各位、自分のオレリアルを基準に数値修正をしたらどうなるでしょう。
 ……喧嘩するだけだと思いますね。

◆◆◆

 ここで有名な「首ナイフ」の公案に対する回転翼の見解を。
 
 悪党が人質の首筋にナイフを突きつけた。PCが大人しくしなかったから、GMはナイフが首筋に刺さり人質は即死とした。だが、ゲームの数値修正に従えばナイフでは人を即死できる威力はない。さて、どうするべきか……これが「首ナイフ」です。

 結論から言います。
 GMが即死としたのはアンフェアです。即死できないゲームならば、即死は不可能です。
 そしてそれを盾に抗議をするプレイヤーの発言は、いかにゲーム世界を構築するゲーミングのお約束に違反していても、当然の抗議であって批判されるのはお門違いです。

 おそらく、現実のリアリティを当然とする大方の意見とは反するでしょう。
 だが、効果修正がついている武器に関しては、ウォーゲームとしての公正さの対象なのです。もし首ナイフがゲーミングによる即死にしてよいとなるならば、以後のプレイでも同様の事態となったら、戦闘システムではなくゲーミングの管轄としなければアンフェアです。

 一旦認めてしまったら、誰も大型武器なんて持ちませんよ。みんながみんな、首ナイフを狙いますって。即死ですからね。頚動脈のある敵ならみんな即死です。

 それを決めるのはGMですって?
 勘弁してもらいたいです。プレイヤーは4人以上ですよ? 圧力、暴力……かないっこない。プレイヤーに対して公正なジャッジをしないGMなど、リンチを食らうだけです。

 そういうわがままを封じるために、数値修正のフェアプレイがあるんです。
 RPGの戦闘は、どこからどこをとっても現実の戦闘とは違うんです。
 だが、ゲーマー個人個人のオレリアルがかみ合うことなんかないから、いきなり数値修正の世界に飛ばされたら拒絶するだけ。だから方便程度に現実のリアリティを語っているんです。

 結局はダイスバトルの公正さに上回るもんなんかありません。

◆◆◆

 それでも首筋に突きつけられたナイフが即死不可能なのはゲーミングの立場から見れば不当です。

 おそらく、ゲーマーの多くがそれぞれの武器がもたらす「傷つけ方・殺し方」という脳内設定があると思うのです。ナイフは脳天を割るものではなく、首筋を掻くもの、胴に突き刺すものというイメージがあり、棍棒は首筋を掻くものではなく、脳天を割るものだというイメージがあるでしょう。

 僕はHPの削り合いとは、この「傷つけ方・殺し方」に至るまでスタミナを削りあっている状態だと解釈してます。首ナイフの状態でも、人質は悪党に押さえ込まれるまでに、組み合いによって体力を減らしている=HPを減らしているからナイフ一撃で死んだと解釈すれば、少しは無問題です。
 ……組み付きの戦闘ルールがないゲームだとそれすら認めないですけど。

 そろそろ、従来のウォーゲーム的発想による以外での戦闘システムが生まれてもいいんですけどね。だが、どんな形式であろうとも、ゲーム参加権などが掛かった数値を投機してバトルをしている以上は、競技としての公正さ、フェアプレイが成されていないと喧嘩の元となるだけです。

 現在の段階では、喧嘩をしてでも守りたいものなんかTRPGにはありませんですしね。
 ならば、公正さの基準とかゲームの楽しさなどは、すべて「喧嘩をせずに済むため」のガイドラインです。
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2005年05月12日

平成日本、ヲタク防人ス 〜ScoopsRPG更新情報〜

 ScoopsRPG が更新されました。僕はここんとこ、Scoopsで書くほどの大ネタがないのでまたサボりました。どうもすいません。

 今回は北原氏によるボードゲーム『メモアール'44』のレビュー、そして仮想光線氏による『「キャラクタープレイング論」その2』と真琴氏による『第1回RPG全国共通一次試験』への回答です。

 この回転翼は、キャラクタープレイに関してはきちんとシステムがサポートする反面、システムの方も従来の数値管理のみを扱うものから、コミュニケーション技術を考慮したものに発展するべきだと考えています。

 僕などはコミュニケーションなどという鵺のような不確定な要素に頼るよりは、キャラクタープレイは皆無でも堅牢な数値管理を旨とするウォーゲームに徹した方が安心感はあります。 トラブル発生ともなれば、数値管理はせいぜいダイス運の問題やケアレスミスで済みますけど、コミュニケーションともなるとそうもいかない。ゲーマーったってそんなに優しい人たちじゃないですから、コミュニケーションの失敗が侮蔑や差別を生むことだってあります。

 数値管理で失敗した人と再プレイは我慢できますけど、キャラクタープレイで失敗した人と再プレイするってのは「心のしこり」が邪魔します。最悪、「こんなクズとプレイできるか」と拒絶したくはなるし、そういう怨嗟の声を何度も聞かされたものですから、キャラクタープレイってのは難しいものなんだなと意識せざるを得ません。

 『エンゼルギア』ってゲームもBlog書きには鬼門と言えるゲームでして、論ずれば肯定でも否定でもバッシングを受けます。僕もひどい仕打ちを受けたもんですから、もう当分は俎上に上げる気力すらないです。

 ……しけた文章になってしまいましたけど、今さら「キャラクターやパーソナリティなど盛り込むなんてTRPGはなんてキモいんだ。PCA・B・C・Dで結構。いや、むしろそれでいくべきだ」なんて事言ってもかび臭いほどに古めかしいですし。

 『D&D』の時代を基準に考えていたら『トーキョーN◎VA』どころか『GURPS』だってプレイ不可能なんですし、ゲーム感覚のスタンダードだって日々変化しているもんだと思いますよ。キャラクタープレイだって、いずれはもっと清廉されたものになりうる可能性のある要素です。

 それではScoopsRPGをお楽しみください。
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2005年05月08日

12年ぷりに蓬莱学園GMやります 〜プレイヤー募集のお知らせ〜

【注】この記事にあるセッションは2005年5月21日にて無事行われました。
   現在は募集しておりませんのでご了承ください。

 このたび、この回転翼が12年ぶりにGMをやることになりました。
 ……もちろん、ただGMするだけなら先月したばかりです。12年ぶりなのは、『蓬莱学園の冒険! 』のGMだってことです。RPG日本 さんの卓上RPG研究会に参加した際、GMやってみないかという話が持ち上がり、第6回会合にて行うことなりました。

 蓬莱学園は僕がちょうど高校生だった頃にTRPG版が登場し、盛んにプレイしたものです。回転翼がもっとも好んでいるゲームの1つです。かれこれ12年もプレイしていないので、現在慌てて参考資料を読み返しています。

 作戦名は「蓬莱学園同窓会 〜91年蓬莱で1ヶ月サバイバル生活〜」です。
 91年の5月、1ヶ月間を学園で生活する自体をシナリオとします。
 その間にどんな冒険が待ち構えているかは、参加者のキャラクター次第です。ヨット部(18世紀英国海軍のノリ)のPCがいたら帆船が出るし、校内巡回班(まんま新撰組)のPCが出たら池田屋相当の陰謀が出ます。南部密林、旧図書館などもプレイヤーの要請次第で登場します。

 とにかく、今後再開・再販される可能性はハーンワールドが発売される確率並みに低いであろう蓬莱学園のセッション……、それをネタを絞った物語調シナリオにこだわって持ち味を拘束するのは数少ない機会を浪費する行為なのではないか。1回1回のセッションで蓬莱学園の世界観を満足するまで堪能するために、プレイヤーの能動的行動主体のセッションをしつらえようと企画しました。

 このBlogを読んでいる方なら、「カレー味のカレーと秋葉原で10万円 〜葛藤と究極の選択〜 」や「インタラクティブの居場所 」、「うつむく萌りんにTRPGを 〜カオスとゲーミング〜 などで提唱してきた能動的行動ならなるカオスとゲーミングを実践する試みがあることを察してくれるかもしれません。
 TRPGはシナリオとシステムだけのゲームではない。GMのしつらえたシナリオに応対し、ダイスバトルゲームに勝利してプレイヤー同士が和やかに親睦すればTRPGかと言えば、それだけではない。TRPGにはプレイヤーが自分から物語を作っていこうと能動的行動を取り、シナリオを脚色していくゲーミングという技術があるのではないのか。
 今回は、そのゲーミングを楽しむのが第一の目的です。

 蓬莱学園の持ち味といったら「なんでもあり」の混成した世界観と多種多様な部活動・委員会・非公認団体が織り成すハチャメチャな騒ぎです。ただ、91年当時ならともかく、2005年現在のTRPGゲーマーにこのノリがつかめるかどうか大いに疑問です。

 例えば、蓬莱学園のヨット部は18世紀の英国海軍のノリ……『マスター・アンド・コマンダー』そのままの世界なんですけど、せっかくヨット部員になったのに海にも出ずにシナリオを押し着せられるのは正直、「ハズレ」です。
 蓬莱学園は部活動の選択によって濃いキャラクター設定がつくゲームですが、それゆえにTRPGにおける通例的なシナリオでは「ちっとも特技が活かされない。ただの変人」と成り果てることが多くありました。
 蓬莱学園を楽しくプレイするには、自ら物語を創作するゲーミング技術がどうしても必要なのです。さもなければ、あまりに突飛、奇妙奇天烈な世界観についていけず「気持ち悪い」と思うことでしょう。

 今回は、初心者の方でも安心してゲーミングができるように、プレイヤーの能動的行動を具体化するための技法や、ハンドアウトなどPCの取っ掛かりを掴んでもらうためのセッションハンドリング技術などを搭載した改造ルールを用います。

 具体的には、前回の卓上RPG研究会でMillさんから伝授された(RLをやった)ターンごとに選択するクエストを拝借します。
 1日を5ターン……、朝・昼・晩・深夜・明け方(明け方は修羅場モードに入ったPCのみ可)に区切って、生活態度によって異なるクエストを自己選択し、ポイント制シナリオであるクエストを各自判定していきます。
 クエストに成功すると、部活動をする資金・機会を表す「部活動ポイント」が1点入ります。プレイヤーはこれを任意の部活動にプールすることによって、部活動の特技が順に使えるようになります。
 さらに、10点溜まった時点で「部活動イベント」が発生し、全員を巻き込んだ(今回のセッションは、プレイヤーのカオスに全員巻き込まれます)部活動ならではのイベントが発生します。部活動イベントをクリアすると、部活動レベルを1レベル上げることができます。

 他にも何個か改造ルールを搭載して、なんとか2005年のハンドアウトに慣れたゲーマーにもゲーミングを楽しんでもらうよう努力するつもりです。
 ゲーミングなど言われなくてもできるという古株のゲーマーさんにとっては、ルールの改造など未熟者のやる低俗な手法に思えるかも知れませんが、今回はあくまでも蓬莱学園の世界観を堪能することを優先した実験的セッションになります。その辺はご了承ください。

◆◆◆

 回転翼GMによる蓬莱学園セッション、「蓬莱学園同窓会 〜91年蓬莱で1ヶ月サバイバル生活〜」はただ今プレイヤー募集中です。詳しくはRPG日本にある外套掲示板をご覧ください。

 
 
 
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2005年05月06日

何気なくない日常

 GWは実家中心生活。屋根の掃除やら床の補修やらでTRPGなんかこれっぽっちもやってまへん。普通の人間なら「くやし〜」となるけど、僕の場合は「わっ、悪気はないんですぅ。お許しをぉ」の心境。そりゃ〜、こんなBlogやって人集めてる立場上ね。

 こうして『ハチミツとクローバー』を観ていると、なんと表現したらいいのだろうか……「何気なくない日常」というのだろうか。自分のことであくせくする(「齷齪する」)ことなく、ふと身の周りの人のこと気にかける暇があって、それで流されたりお節介したりで、ちょっぴり傷を舐めてセンチになったりする。
 僕たちが生きる「何気ない日常」にはちょっとない世界なのかもしれない。人それぞれが、自分のスケジュールを守ることに精一杯で、少し足を止める気にもならない。結局は多くのものに無関心にならざるをえなくなる。切実なものだとしても、未来がかかったことだとしても、スケジュールを破る畏れに比べれば捨てきれるものです。

 尼崎の事故で、乗車していた運転士が事故現場に留まらず通常勤務に戻ったとか、車掌区の職員がボウリング大会に出て行ってしまったとか、いろいろ無様な所業をしたニュースが流れていますけど、「日常」の恐ろしさを垣間見た気分です。あの凄惨な大事故でさえ、スケジュールを犯すという畏れには勝てなかった。目の前に突き出された非日常の悪夢より、規定されている日常的な懲罰の方を恐れてしまった。

 非日常は日常にどうしても勝てない。それが日常に多くの労力を費やしている人間なら尚更です。日常というのは決して現実と同意語ではなく、その日常が時としてアブノーマルなものに変質していようとも。
 だからアブノーマルに陥った日常の人を世の人は愚かと呼びます。
 だけど、眼前に突き出されていても非日常にポンと飛び込めるような人を、そう易々と賛美できないのも日常に生きる人の心情でして、大抵が奇人、半端者、アウトロー扱いされます。

 難しいものです。

 TRPGのPCは非日常の世界にいることがとても多いけど、アウトロー扱いされるのにもいい加減疲れたという感覚があります。もっと顕著になると、たとえPC的には十分動機があろうとも、懐具合が贅沢を言っていられなくとも、プレイヤー本人の日常感覚が「そんな事態はありえない」「想定できない」と働いて、どうにもシナリオに絡めなくなります。
 たと言って、日常の世界にいるキャラクターに設定すると、職務以外でキャラクターをシナリオわ絡める動機がなくなってしまいます。

 ここは「何気なくない日常」レベルで、日常社会に生きてるけど、ちょっと足を止める関心と優しさがあるくらいが、PCの立ち位置としてはちょうどいいのかもしれません。

◆◆◆

 尼崎での事故はただ心が痛むばかりです。無関心でいるほどには冷淡ではなく、さりとて駆けつけるほどには熱血でもない。僕に今できることは、亡くなられた方々に追悼の意を、心傷ついた方々には痛み和らぐことを切に願うのみです。
posted by 回転翼 at 09:01 | TrackBack(0) | TRPG雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月02日

番組テロップはカットできないものか

 ぐはぁっ!
 『K-1 GP』に続いて『まほらば』にまで地震情報がっ。
 こういうものはDVDレコーダーの録画機能でカットできるようにしてもらいたいんだけど。なぜならテロップの情報は永続的に必要な情報ではない以上、受信者としても永続的につきあう必要はないからです。もちろん、それは「地震で困っている人がいて情報を求めている」という反論で封じ込められてきた「テロップを流すな」ということとは関係がありません。

 テロップと言えば、三週連続(明日を含めて)『攻殻機動隊 S.A.C 2nd GIG』が野球のために延長、「野球中継のため〜」という誰も求めていないテロップを拝むことになります。DVDを買え、地上局に依存するほうが間違っているという声を、田んぼの中の泥田坊から聞こえてきます。

 結局、ユーザーとしましてはいかなる目的でも番組に手を加えるような編集はしてほしくはないのが本音です。しかるに、テロップなどはその場で必要な人がいることは事実でしょうから流すのはやぶさかではない。ただし、永続的に必要な情報ではない以上、CMカットと同様に録画段階でカットできるようにしても問題はない。それが妥協点でしょうか。
 
 もっとも、現在の民放連会長が「CMも番組に含まれる著作物だからCMカットは著作権法違反」なんて見解では、番組テロップも著作物などと言いかねないですかね。そうなるとDVDとして発売するときはテロップを外していいのか、キングレコードはテレビ東京、さらに民放連にお伺いを立てるのでしょうか。
 んなバカな。寝言は寝て言えというのが父の教えです。

 ここはDVDレコーダーのメーカーに頑張って技術を磨いてほしいものです。

 まぁ、『まほらば』はAT-Xで放送が決定しましたから、3ヶ月以上待てばテロップなしが出るでしょう。ただ〜し、デジタルなのでCPRMかかるし、そうなるとDVD代が一枚30円近くアップするという大出費が。CRPM対応DVD-Rに対応した環境がメディア、プレイヤー双方に確立していないんだから、まだまだ忍の字ですかね。
 そもそも、外部記録媒体自体が、HDD録画からすれば時代遅れで録画内容をどぶ川に捨ててるようなナンセンスな代物であるって見方もなくもない。すでに外付けHDDをVTRみたいに持ち歩いている友人もいるし。
 それでも次世代(HDDDVD+ブルーレイのアレ)に比べれば面倒なことしてるなってことになるんでしょうね。

 う〜む。
 将来N◎VAの住人になったらIANUSを埋めますか、それともウェットでいますかと言われたら迷わず埋める人間であることは間違いない。DAKなしじゃTRPG(99%がオンライン環境に)もできない環境だったりしてね。
 すると、ごく一部に災厄前のTRPGを使ったウェットなコンベンションがどこかでひっそり行われているとか。

 ……今日も寄り道しまくりの雑記。

 AT-Xなんて口にしている時点でスカパー加入者ってことをカミングアウトしているアホアホな今日の僕。6月には『月詠 -MOON PHASE-』が再放送だからTRPGゲーマーはチェック。何故、そんな参考にもならんモン観なくちゃならないのかと言えば、TRPGのゲーマーには吸血鬼マニアが多いからです。
 『ナイトウィザード』などにも吸血鬼いますね。ヴァンパイア萌え、ヴァンパイアステキ、ステキヴァンパイアな人が多い背景には別に彼らが咬まれたからじゃなくて、ホラホラ、永遠に美幼女でゴスロリファッションが似合うなんてファンタジーを叶えてくれるのはノスフェラトゥしかあらへんやろってドリームが……。

 いかんいかん。↑だけは賛同率0%。完全な怪説。
 TRPGゲーマーは大人のお姉さんが好き。アダルトなの。決してドワーフの女性は人間視点で美幼女とか夢想してはダメだに。ホビットに萌えてもダメ。足の裏に毛が生えてるんだに。

◆◆◆

 旧Melma!のログを公開するにあたって、ただ今Webサイト版『うがつもの』のコンテンツを製作しています。GW中になんとか置き場所を含めて作りたいものです。そして、サイト名までも「うがつもの」にするのかも検討中です。

 
posted by 回転翼 at 09:01 | TrackBack(0) | よしなしごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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