これはコスティキャンの定義するゲーム……「充分な情報の下に行われた意思決定(decision making)をもって、プレイヤーが与えられた資源を管理(managing resources)しつつ自ら参加し、立ちはだかる障害物を乗り越えて目標(goals)達成を目指す」……の機能を果たすために存在しています。
僕はこれを、創作意欲を発揮してゲーム世界を構築していく、物語を表現する媒体としての機能……「ゲーミング」とは別に存在するTRPGの遊び方……「ゲームプレイング」と呼んでいます。
TRPGはゲームプレイングとゲーミングの2つの遊び方を同時進行させています。
これがTRPGを難しくしている所で、2種類の遊びを同時進行していることに気付かない、あるいはその片方しか遊びたくないって人は結構いるもので、そういう人は片方に肩入れするとともに、もう片方をいらないものとして見逃す傾向があります。
例えば、ゲームプレイング偏向者の場合。
TRPGで厳密にゲームプレイングが行われる箇所は戦闘です。多くのTRPGでは戦闘場面でのみPC資源を厳密に扱い、資源を枯渇させた敗者にはPCの死(ゲームオーバー)を宣告するギャンブルを行います。
ここで注目していただきたいのは、ギャンブルであってデュエル(決闘)ではないということです。
デュエルとは云わば「腕比べ」であり、技芸の力量において2者乃至複数の者が優劣をつけるために行います。肝心なのは「力量の優劣を白黒つける」ことであり、そのためには公平なルールと審判の立会いの下でいざ尋常に勝負となります。
これに対して、ギャンブルは勝負を仕掛ける側と受ける側が必ずしも同じ立場ではありません。目標達成の際に得られる配当を管理するディーラー(胴元)役が勝負を進行させるシステムのギャンブルは数多くあります。そしてほとんどのディーラーは、主催者の側に立って主催者の事業運営のために活動をします。
ここがTRPGが競技ゲームと異なる点です。
TRPGのプレイヤーとGMは同じ立場で力量を競い合うことはしません。GMには配当……経験値や財貨などを配分する立場にあり、また自らが主催者として事業活動……シナリオを運営するという活動を主体としています。
これが全くのデュエルであった場合、TRPGは「PCとNPCの腕比べ」にこそゲーム目的があるとされ、何のけれんもないウォーゲームをすることがTRPGの醍醐味ということになります。それに関しては、すでに『メイジナイト』や『ウォーハンマー(ミニチュアウォーゲーム版)』などのミニチュアウォーゲームが担っていますし、コンシューマーにも『スーパーロボット大戦』というのがあります。すでに別のゲームが独自に歩んできている道に土足で上がり込んで、「TRPGが目指す道はここにあるから、今日からあなたたちはTRPGです」などとするのはおこがましい侵略だとは思いませんか。
TRPGのプレイヤーとGMの関係は、他のゲームでの1Pと2Pの関係ではなく、ギャンブラーとディーラーの関係に近いものです。プレイヤーはゲーム目標を達成することが目的ですが、GMはシナリオを運営する事業を目的としています。NPCのゲーム目標を達成するためにGMをしているという人など未聞です。
よく、TRPGの戦闘は微温い、もっと真剣な勝負をするべきだと主張する人がいます。
TRPGがまったくのデュエルであるならば、それはまったくの正論です。いっそシナリオなんか放棄して、PC同士のダイスバトルゲームをやるべきです。だが、既存の手法を堅持したままでGMは常にスリリングなバトルを展開するべきだという主張はいささかお門違いです。
GMはシナリオを運営する事業を楽しみたいがためにTRPGをし、戦闘はそのためのサービスの一環にすぎないからです。
GMには勝って目標を達成するべきPCがいないのです。
TRPGはGMがNPCの立場から見た目標を達成しても、プレイヤーが配当をくれることはありません。これが非営利のTRPGがギャンブル以上にGMを真剣勝負から遠ざける要因であって、GMは端から勝つことを目的としていません。勝たせて、それでシナリオが彩られることの方が、勝ってシナリオをビターなものにするよりずっといいのです。
もし僕がGMやってパーティを全滅させたとします。
これがプレイヤーと同じく目標達成のために動いていたのならば、モンスターの目標を果たすべくPCの死体から財貨を抜き取ったり、食べちゃったり、血を吸って眷属にしたりと普段PCがやってることをモンスターの立場からやりますよ。そしてモンスター側のゲーム目標を達成するべく依頼者のいる村を襲撃します。PCたちが迷宮に押し入る要領で。
そういうことをさせてくれないというのなら、やっぱりプレイヤーとGMは同じ立場にはいやしないし、デュエルの対象にはなりゃしませんな。






