ここ半年、ずっと考え続けてきたことがあります。
TRPGが複数の人数で遊ぶ意義とは?
半年もずっと考えてきた理由は、TRPGを遊ぶに適した人数ってのが曖昧で、本当に揃える必要はあるのかという疑問に対する明瞭な回答が得られなかったからです。
逆に言えば、適応人数などまさに人それぞれ。GMの力量次第で10人もOKならば2人でもダメ。TRPGが複数で楽しめる秘訣ってのはGMの職人芸が優れているからだけであって、TRPG自体は複数で楽しめる意義など提示していないのではないのでしょうか。
いや、遊びの意義を問うことなどゲーマーそれぞれが培ってきた「芸」に対する誹謗なのではないのか。そのままでは遊び方も定かではない1つのTRPG作品を、他者に披露できるセッションにするべく日々
学習・研鑽していったTRPGゲーマーにとって取り組んだTRPG作品は自らのゲーマー人生に欠かすことのできない「血肉」になっています。
すなわち、
「TRPGとは何だ!」 「TRPGとは俺だ!」 と云わんがばかりに、そのTRPGに対する面白さのエッセンスが自らの知的財産になっているゲーマーなどゴマンといます。つーか、それこそTRPGというものでありました。少なくとも他人の
ゲーム感覚をそのまま吹聴して、それが正しいと思ってるゲーマーは一昔前の『ドラゴンマガジン』のSW記事を切り張りして持ち歩いていた人たち以外には見あたりません。
…僕はまだ、2chのログを切り張りしてはセッションの際に提示するゲーマーを見たことも聞いたこともありません。清松みゆきや水野良の言葉ならいざしらず、名もない投稿者の解釈では第三者の卓を鎮める「神通力」はないということですかな。
その「TRPGとは俺だ!」の状態だから、
ゲームデザイン=メンテナンス=ベイにてSeyfertSluw氏が指摘した、
「現状のTRPGでも自分で面白くしてるから」「TRPGは所詮道具だから使う側がTRPGを面白くすればいい」という意識の人が出没するのでしょう。
なるほど。
TRPGは30年経って、アマチュア大道芸として確立したわけだ。
TRPGで皆が楽しむってのは、大道芸人がお客さんを喜ばして楽しむのと同感覚でないのか。
そんならプレイヤーは複数でなくてもいいはず。GMの芸に対する良きお客さんであればソロプレイでも6人
パーティでも同じこと。少なくとも、現行のTRPGはプレイヤー1人でも6人でも同じ楽しさを提供できる仕組みをしています。GMの腕が良ければ、1人でも6人と同じ遊びが体験できるわけです。
だけどね。
僕はそんな大道芸人ゲーマーがくたびれて辞めていくのを見続けてきたゲーマー人生なんです。TRPGはやっぱり芸ではなくて宴。遊び手も宴の空気の中で躁状態になってるわけで、一時の楽しい思いが、ずっと残る
思い出に昇華することは稀。ふと振り返れば、自分はプレイヤーたちにとって出来のいいアーケードの筐体に過ぎなかったのではと思うんですよ。
なにしろ、知的財産だけだからね。
虎は死して革を残し、
職人芸術家は死しても作品を残す。
だけど、TRPGゲーマーはどうです。
TRPGゲーマーも大道芸人らしく楽しい思いとともに記憶から消え行く運命なのでしょうか。
それでは浮かばれない。
TRPGのあり方に対する論議・提議・批評など口にした人なら誰しも、
「TRPGは使う側が面白くしていけばよい」と述べて、TRPG作品の良し悪し、あるいはTRPGのあり方に対する討論そのものが未熟者の迷いであると唾棄する者が目の前に現れます。すべての問題提議人が彼ら「いきり立つ熟練者」との喧嘩を強いられるわけです。
僕から言わせれば、そのいきり立つ熟練者の陰に「俺はもうそんな情熱持てないよ…」と退潮する者が必ず出てきます。彼が自らの血肉と化したTRPGのバーをどんどん上げていれば、他の人には飛べない高さになることは明白。彼が自らが研鑽した「俺のTRPG」を見せ付ければ見せ付けるほど、そこまでのめりこんでいない人を脱落させる事態を招くのです。
もうそんな大道芸人的プライドを持った熟練者にTRPGの未来は託せないのではないでしょうか。
もっとも、『D&D』から『ソードワールド』、『GURPS』、『TORG』、『トーキョーN◎VA』、『ダブルクロス』、『アリアンロッドRPG』……と、30年も経ってTRPGは彼ら熟練者をどんどん追い抜いて変化し続けています。前の作品で研鑽した楽しみ方が次世代の作品では一転し、それに触発されて新しいゲーム感覚を持ったゲーマーが続々と生まれます。
芸のあり方もまた、時代によって変わるということです。
「TRPGは使う側が面白くすればよい」という感覚もいずれは過去のものになることだってありえるのです。GM1人が大道芸人よろしくプロ意識でプレイヤーを牽引し、GMの力量によってプレイヤー人数が変動する現行のTRPGのメカニズムすら、別の代案に取って代わられる可能性だって否定できません。
少なくとも、僕は預言者ではなくて模索者であるから、TRPGが複数で遊ぶ意義を求めるために「TRPGを皆で楽しむにはどうするべきか」という具体的な方法を考えたいのです。
現行のTRPGでは人数が減った方が1人ごとの世界観追体験の濃度が上がって満足度が上がる仕組みになっています。逆に人数が増えればGMの負担だけが増し、キャラクター1人ごとの存在感が薄れることにもなり満足度が減ることになります。
これをどうにかして、4人より5人。5人よりも6人集ったほうが楽しさが増すシステムは作れないものでしょうか。