日記じゃないので無理に書くことないですから。
『異界戦記カオスフレア』を買いに行ったら、『GURPS 4e キャラクターズ』も売っていたので併せて購入しました。「とんなゲームでもダメな人とプレイすれば最悪になるし、上手な人とプレイすればとても楽しめる」という感覚の僕としては、GURPSもFEAR社ゲームも食わず嫌いなく楽しめます。
4eが出たおかげで、ようやく胸を張って「僕はGURPSに相当入れ込んでいる」と言えるのでしょうか。実際、このゲームが与えた影響力は計り知れません。
僕らの世代と云えば、TRPGに参入するに『ロードス島戦記』などのライトノベルから入ってくる例が多かったし、イメージ先行な部分がありました。だからTRPGをプレイするのにも常に「独創的なキャラクター」を作ってゲーム世界で表現したいというメディア願望がありました。そのメディア願望が徐々に大きくなっていった環境の中でGURPSがポッと紹介されたのです。自家翻訳者などいなかったから、ほぼ直撃でした。
そんな状態ですから、未だにキャラクターメイクという点においては、GURPSよりスマートな作品が思いつきません。4eで問題ある訳も少しは完全されたようですし、何年かは心配なくプレイできるでしょう。よかったよかった。
それでも、「GURPSには愛があるのか」と問われれば、その問いは珍妙だから答えたくないと返します。愛は盲目ですからね。批判を受け付けないどころか、愛の足りない連中を狩ろうと徘徊しますから。
TRPGへの愛情ってのは経験から云えば危険思想です。自分が想定した醍醐味に不運にも達成できずにいる人がいて、彼がマイナス評価を下すことに同情する気も改善を促す気もまったくありません。すべて「自分への侮辱」と見るわけです。
その態度は、まるで自分の手足、頭の造形を批判されたことへの怒りに似ています。
それくらい、自らを体現者として反駁してくる人が結構います。
特定のTRPG作品に愛を表明するってことは、そのTRPG作品に相当時間と心血を注いでいることの顕れであり、すでにその人のゲーマー人生に組み込まれているってことです。その作品に対する批判は、自分の人生への批判でもあるわけです。
GURPSなんかは、どんな批判でも大抵はどの卓でも起こりえる、ある程度FAQが作りやすい性質のものばかりです。愛を訴えるほどの熟練者ならそれらの問題に対する解決策を自らの知的財産として所有しているのでしょう。
そこが厄介な所でして、世の中には自分は解決できた問題を解決できない不運に喘いでいる人がいるってことに気付けないし、気付いた所で優越感を払拭できません。
TRPGはクイズじゃないから、1ゲーマーが正解を出そうとも他の仲間が受け入れてくれない限り正解とはなりません。何度かのプレイで一番しっくりきた「卓の証に合う」解答が妥当な判断になり、それが正解とされるのがTRPGの解釈というものです。
その現実を、愛を表明する人は決して分かろうとしない。
いくら「お前のは間違っている。正しいのはこうだ」と示されても実際のプレイの中でそれを証明しない限りは(こちら側では)机上の空論なのだし、それには体現者たる者が率先してこちらのプレイ環境に参入してくる他ないと云えましょう。
そういうことも云わずに、ただネットのやり取りだけで人のプレイ環境をあれこれ教導しようとなど……ねぇ。こっちは蝿がたかってきたという程度の認識しかございません。プレイに誘ってもこない人の説教なんざ蝿の羽音です。
まぁ、そう云えるほどGURPSでは実際にプレイに誘ってきて、実地で教えてくれる人がいて感謝しているということです。
それではまた。カオスフレアについてはまた後日。






