2006年04月27日

祝決勝進出

 去年も言及しましたけど、今年もUEFAチャンピオンズリーグが佳境に入り、J Sportsが観られる僕の家はサポーターズカフェになります。今年はサッカー狂の友人もケーブル入れたので幾分楽にはなりましたけど…。

 いや、やりましたよ。

 酸素ことアーセナル、決勝進出!
 めでたい!

 そんなわけでただ今ウチん家は26:00からJ Sports Plusで始まる準決勝アーセナルvsビジャレアルを観るべく深夜までテレビにかじりつく気の阿呆なサッカー狂数名がたむろっています。去年と同じく発泡酒をケース買いで。

 僕としては対戦相手が気になりますけど、まぁミランかな…。

 追伸:う〜む。こうなったか…。
    今夜はこれより友人宅にてバルサvsミランを観戦。
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2006年04月26日

萌えない者の辛苦 〜萌えTRPG、パチモンPCとの付き合い〜

 鴎の行くままに 〜とあるTRPG者の呟き〜さんトコはTRPGだけではなくアニメ感想もやってますけど、僕なんか最近はアニメをじっくり見る機会もなく、アニメキャプ系Blogで情報を補っていたりします。

 週20作以上は録画している僕ですけど、その中で実際観ているのはARIA THE NATJRAL、スクールランブル2学期、涼宮ハルヒの憂鬱、桜蘭高校ホスト部、Fate/stay nightにBLACK LAGOONってとこです。この中でスクラン、桜蘭、ハルヒは純粋に面白いからで、ARIAとLAGOONはTRPGの好みに重ね合わせて「こうこう世界好きだなぁ」という理由から。Fateに至ってはヲタク業界の一般常識の勉強の意味で。

 ウチのBlogはTRPGで成り立っているので、この中でTRPG向けのアニメはないのかちょっと検討しますね。ただ、僕は安易な原作物TRPGについてはマギウスへの失望もあり批判的です。いいアニメであっても、TRPGの水には合わない作品もあり、そういうのはアニメのままでいてくれってことです。

 僕が考えるに、TRPGに向かないアニメは「登場人物の配役設定・個性で成り立っているアニメ」ではないでしょうか。登場人物のスター性、アイドル性や、そんな登場人物が織り成すドラマの役回りに売りがあるアニメってことです。

 TRPGで忘れてはならないのは、すべての登場人物を第三者(すなわち遊び手)の演出に委ねているということです。例えばFateをTRPG化しても、ゲーム中にセイバーが出たとして、彼女の台詞や行動はすべて彼女を請け負った遊び手が即興で演じるものであって、TYPE-MOONが新しくイラストや設定を回すこともなければ、川澄綾子さんがアフレコに来てくれることもありません。

 また、TRPGはGMが設定を基に独自に作り出したシナリオを使用するのが常です。ほとんどすべてのシナリオが、原作の展開とは異なるパラドックスを発生させます。遠坂凛が敵役に回るかもしれませんし、衛宮士郎のサーバントがセイバーでないかも知れません。
 そして、これがTRPGでは一番起こり得る状況ですけど、プレイヤーが独自に創作した、TYPE-MOONからすれば完全に非公式のオリジナルキャラたちよる聖杯戦争が繰り広げられることだってあるのです。

 要するに、キャラクターの原作設定を完全にTRPGで再現することは無理だってことです。原作好きにとっては劣化コピー以下の行為であり、タチの悪い便乗商売にしか見えません。
 だが、それでもなお、そうした登場人物の個性で成り立っているアニメや小説をTRPGにしようと考える人はよく見受けられます。
 ライトノベルや漫画、アニメなどのストーリーメディアに絶えずアプローチをかけているTRPG業界には独創性はないもののパスティシュ、オマージュ程度なら想像力が湧く二次創作志向の人が多くいます。彼彼女は自分の好きな漫画やアニメに影響されると「僕もあのキャラのように、あんな活躍がしたいな」と憧憬を物語世界に投影する思考が見についています。
 
 一般に腐女子と呼ばれる、ボーイズラブ系物語に影響されたがばかりに、男が2人(片方乃至双方が美形なら)いる光景を見たならば、彼ら2人は同性愛者であり、崇高な睦み合いをしているものだと勝手に妄想するのと似たように、「かぶれ」から来る一種の妄想です。

 同人の原作物TRPGの中には、「原作を知らない人にどう楽しんでもらおうか」という視点がまったくなく、その萌えキャラが専用に作れるキャラクター作成と寄せ集めの戦闘システムや技能一覧を載せただけという「萌え」の集大成的なTRPGもあります。
 そうしたゲームは、プレイするたびに原作を読み直して「萌え」を蓄積しないことにはなんら面白みがありません。もちろん、原作への愛情を原動力にしているデザイナー側としてはそれは「義務」なのでしょう。

 僕は過去に何度も『リングドリーム』に厳しい批評をしてきましたが、それは女子プロファンと非女子プロファンとの間にある「温度差」を埋めることに難儀したからです。女子プロファンは単に女子プロの試合のみならず、例えば『プロレス少女伝説』(井田 真木子著、文春文庫)などで表現されている女子プロの世界、あるいはもっと単純にコンプRPGのリプレイに触発されて、スポ根物TRPGとして捉えていたフシがありました。
 だが、同時期に『武神降臨』もやっていた時期ですし、非女子プロファンのゲーマーにはそんなスポ根の世界には付き合ってもらえず、試合も高ダメージの技にCPを集中させる、勝つことのみで作ったキャラでプロレスとしてとてもしょっぱい試合ばかりされて、それでやり気なくしてしまいました。
 それが僕の周辺だけならいいけど、コンプRPGのリプレイがあろうことに対戦格闘ゲーム化してましたからねぇ……あれに比べればまだ藤澤さなえ女史の方が上手ですよ。

 ちなみに、『プロレス少女伝説』は僕がGMする際に薦めていた本です。
 結構、『レッスルエンジェルス』(昔の美少女物ADV)が好きでリンドリに興味持った人ってのもいましてね。活字でも知ってもらいたかったんです。

 ともかく、僕はFateのTRPGなんか用意されて、セイバーをやらされ、しかも原作の雰囲気を再現するべくなりきり演技を要求されるなんて事態が発生したら逃げます。
 だけどTRPGに限らず、そうしたパチモンPCになりきることによって、そのキャラへの愛情を表現するゲーマーもいますからねぇ。僕は昔、『ラグナロクオンライン』やってましたけど、とあるギャルゲーのキャラになりきってネットアイドルならぬオンラインゲーアイドルを気取っていた人もいましたよ。
 
 オンラインゲーなら精々見かけた人が頭抱えるだけで済みます。
 メールゲームなら読者が頭抱えるだけで済みます。
 TRPGだと萌えてるご本人が目の前にいて、何時間も彼の萌えっぷりに付き合う必要があるんですから難儀です。彼自身の暴走もさることなら、他の人がキレないようなだめることもしなきゃなりません。
 イタい思いどころか、肉体的に痛い思い(何度もグチ云ってるけど、対戦格闘ゲームにハマったゲーマーたちの見よう見まね格闘技のえじきになって負傷した経験あります)した僕としては……、

 もうちょっと醒めた所からTRPGの面白さを考えましょう……。

 と、つぶやくしかありません。

 そんなわけで、FateはTRPG向きとは思っていません。
 スクランや桜蘭も然り。楽しい、楽しくないとかいう以前に恥ずかしくてプレイできませんよ。

 では涼宮ハルヒもまた向かないかと問われれば、なりきり演技を要求するだけの萌えTRPGから一歩離れて、TRPG本来の楽しさの観点から考えれば結構面白いアイディアが浮かんだので、これは別の機会としましょう。
 
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2006年04月20日

わがままから逃げないために。わがままに逃げないために

 今日はこの2つの記事を読んで感じたことです。

コミュニケーション@TRPG!!(ベルスポTODAY-tabloid)
興味ない(yatukazeのTRPG徒然日記)

 どっちの記事も背景は「わがまま」があります。
 どうも対話が成立しない原因は当人の知性というより情緒……幼稚さにあるようです。路線の駅名を諳んじたりして聡い面を見せながらファミレス行くと走り回ってしまう子供の幼稚さと云った所でしょうか。わがままを抑制できないってのがこの幼稚さの厄介な所です。

 TRPGで楽しい思いしたいって欲求は誰にもあれど、野球が9×2+4(審判)で始めて楽しめる集団競技なのに「エースで4番」なんてワンマンプレイを夢見る子供がいるのと一緒で、独りよがりな夢を見る人もいます。あるいは周囲に持て囃されて舞い上がっちゃう人もいます。
 どっちにしろ、自分自身乃至周囲に甘やかされてきた人です。

 そういう人たちってのは他の人を徹底的になめるものです。ゴネたり喚いたり、すかしたりして困らせればどんなわがままも通るという金持ち坊ちゃまの幼稚さを平気でするようになります。そうなると豊富な知識も無知な下賤を斬る言葉の刃に使用されてしまいます。

 僕自身、悪人の告白と楽しむための守備範囲で告白した通り暗黒面を持つ悪質ゲーマーでしたけど、その暗黒面から他のプレイ仲間をどう見ているかと聞かれれば、おそらく「ピグミン」と答えるでしょう。ひっこ抜いて導かなきゃ食べられるだけの哀れなピグミンをうまく導いて、それで戦わせてやっぱり食べられちゃっても「ああ可哀相だね」程度。
 
 その手の人は世の辛酸を嘗めて大人になるしかないんですけど、阻害されたくらいじゃかえって恨を溜めるだけ。何度追放されても怨念が深まるだけで改善の余地なし。大抵はどこかで取り巻き奴隷を囲んで小王国築いて、それで満足してTRPGを卒業しちゃうんですよ。人は呼んでほしい。狗はいらないで示した僭称上級者ですね。

 ではこの腐った性根はどうやって治せるものでしょうか。
 僕の場合は、わがままを抑制するよりは全開することを強いられました。誰の助けも借りず、全部自分1人でわがままをやり通せと命じられました。その頃から『D&D』でシーフをプレイされてもらえましたけど、罠の感知などすべてに助言なし。謎解きも手助けなし。DMをする時は常にサークルの最精鋭相手でした。しかも週1で。
 結果、徹底的に無力さを思い知らされました。
 最後は泣いて詫びましたけど、そこまで打ちのめされて、はじめてTRPGを集団でプレイする楽しさが味わえる下地が出来てきたと思います。随分体育会系な思考で動いていたサークルでしたし、普通の人にそんな荒修行をしたら逃げられます。

 TRPGってのはいろんな人が夢を持ち寄って、それで想像力が拡大していく遊びです。だが、わがままってのは年を経たからといって拡大するものではなく、逆に守りに入ってカチコチになるものです。とみに周囲の理解が得られず、常に「俺を分かってくれないヤツがいる」と怨念が混じったわがままなどもはやダークフォースでしかありません。
 そんなわがままをフリーハンドで発揮した所で、実は大したものは作れません。あれこれアイディアの断片だけが浮かんで、結局はそれを形にすることすらできない。フリーハンドになれば、嫌でも自分自身を鏡で見ることになりますから、そこにはただ「あれ欲しい、これ欲しい」(わがままゲーマーの本質)と駄々をこねる幼児がいるだけです。

 こと幼児性ともなると、それに直面した場合の対応策を提示するのは難しいものがあります。問題は彼自身の人生経験の浅さにあるのですから、こりゃ彼彼女がヘルマン・ヘッセでも読んで意識改革するのを待つしかないんじゃないでしょうか。
  
 TBしたお二方には参考にならなくて申し訳ありません。
 僕はただ今、個人の偏頗な「あれしたい、これしたい」というわがままではなくて、遊び手が共同で持ち寄ったアイディアを膨らませるような物語の作り方についてあれこれ模索している所なのです。
 そのためには、どうやったらわがままから離脱させることができるのか、それがTRPGで可能なのか、今後も考え続ける必要があります。
 
  
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2006年04月18日

近々変えます

 その1:メアド
 ScoopsRPG掲載のメアド、Lunashine.netが僕のPCからではログインできなくなっています。近日中に変更する予定です。お便りだしたけど返事がないよという方、誠に申し訳ありません。これで3度目。とほほ。

 その2:上の肩書き
 TRPG,netのWikiにて「自称コラムニスト」と書かれているようですけど、ScoopsRPGでコラムニストと呼ばれたからであって、当の僕は商業的な活動は一切していないアマチュアです。あまり大物扱いされるとかえって反感買いますからねぇ。
 もっといいキャッチが出来たら変えたいです。


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2006年04月16日

腕比べと奪い合い、あとは物語

 競技ゲームの本質は腕比べにあり、ある競技企画のもとに同じ立場で力量を競い合い優劣をつけるのが競技ゲームにおける勝敗であることを対戦という名の夢魔 〜非電源ゲームのご近所付き合いを通してのTRPGの「勝敗」〜にて考察しました。

 この「腕比べ」は「奪い合い」とは違います。
 奪い合いは利益を得るための政治的な駆け引きの領域であり、力量の優劣などは無意味なものです。利益を得るためには妥協したり、切り分けをしたり、別の場所から調達したりといくらでも競技をレイムダックしてもいいわけです。
 だから政治の一手段である戦争は奪い合いであり、腕比べとは違うのです。クラウゼヴィッツは戦争は決闘の延長であり、武力によって相手に自分の要求を受け入れるよう屈服させるのが戦争だと論じていますけど、当時はまだ国王などの名誉を重んじる権力者たちによるゲーム的な戦争が主体でしたから「腕比べ」と「奪い合い」の差はさほどありませんでした。
 だが、現在においては国は土地や資源・人の管理運営組織として機能しており、ほぼすべての戦争が有限資源や権益の争奪戦です。利益・権益の確保こそが是ですから、力量の優劣は多様化し不透明なものになっていきます。アメリカはイラクを武力制圧しましたが、武装勢力によるテロや各宗派の分裂・内乱などで疲弊しており、その勝利を不透明化しています。

 逆に「腕比べ」の方は利益・権益の確保よりは実力差まの「格付け」という名誉心で争っていることが多く、それすらさして影響しない(僕らが普段楽しんでいるような)余興としてのゲームの場合、勝利のために肉体・頭脳を駆使する労働の喜びや勝利の快感と云った原始的衝動が原動力になっています。それら無形の資産は妥協したり切り分けするのが困難なものですから、明確に順位を決めないことにはすっきりしないのです。
 ナポレオンの時代は「国家の威信」「国王の威信」という無形資産がかけられていましたからまだ腕比べの要素……明確な優劣をつける……はありましたけど、今はそんなもののために利益を犠牲にする国など皆無でしょう。
 
 戦争はゲームではないのです。

 だから単にウォーゲームで第二次世界大戦やナポレオンの時代が取り上げられることが多いからだけで、戦争とウォーゲームを一緒くたにして戦争をゲーム視するのは間違いなのです。『ディプロマシー』では最後の一国が生き残るまでゲームが続きますけど、実際の欧州はどうでしょうか。
 EC設立はゲームの主旨に反する理解不能な行為になってしまいます。

 ウォーゲームは軍事シミュレーションから政治的判断を抜いた、純粋な戦術の腕比べです。力量の優劣には明確な基準があり、政治的判断からなる妥協や幕引きは許されないことになっています。「私の国は十分な戦果を得た。ここで停戦しようではないか」などと提言することはゲームの放棄でしないことにります。

 ではTRPGはどうなのでしょうか。
 確かにTRPGはウォーゲームから派生したゲームですが、その本質はウォーゲームと等しき腕比べにあるのでしょうか。

 違います。TRPGは『D&D』の頃から政治的な駆け引きのゲームなのです。

 現行のTRPGにおいては、物語の出来具合がゲーム目標となっています。
 この「物語」というのが利益・権益に当たるもので、遊び手にとって理想の物語になるためにはいくらでも政治的な駆け引きをしてもよいわけです。
 ゴブリンが村に悪さをしているからと云って、ゴブリンを殲滅する必要はなく、説得して退去させるもよし、遠い場所に追いやるもよし、あるいは村人を退去させる手段もありますし、根本的な解決にはならないが防壁を築いて村人が自主的な防衛ができるようにしてもいいわけです。要は遊び手にとっていい物語になるようにアイディアを出せばいいのです。
 
 この「物語」という観念を競技ゲームの立場から説明するのは困難です。
 腕比べでも奪い合いでもない。むしろ芸術や音楽などの共同制作・演奏に似た団結と調和による創作活動への喜びに近いものです。だから僕はTRPGの物語はメディア(表現媒体)だと捉えていますし、あるいは遊戯や演劇として考えている人もいます。

 ではTRPGはゲームではなくメディアなのかと云えば、それも違います。
 
 現行のTRPGでは戦闘ルールが物語とは独立して存在しています。
 これはウォーゲームが持つ腕比べの楽しさを、その派生であるTRPGにも受け継がせているからであり、こと戦闘に関してはウォーゲームと同様の遊び方をします。これは遊び手の「物語を作りたい」というメディアへの欲求が戦闘では不介入であることを意味します。
 このことが、TRPGは物語再生装置であるということに対する反論になっています。

 TRPGはゲームなのか、ゲームではないのか。
 それはTRPGが「ものつくり」である物語と、「腕比べ」であるゲームとが一緒に存在していることからなる矛盾が引き起こした煩悶なのです。純然に物語を楽しみたいのなら、現行のウォーゲーム戦闘を始めとした競技ゲームの楽しみを全廃する必要があるし、逆に競技ゲームの楽しさを追及するためには一切の物語を放棄しなければならない。それで存在意義がブレてしまい、演劇やなりきり、萌えキャラ品評会に傾く人もいれば、対戦格闘ゲームやTCG、ボードゲームなどに傾いてしまう人もいます。
 多くの人はそのことを曖昧に受け止め、不透明なままで楽しんでいますし、僕や馬場秀和氏、白河堂氏、にぁあ氏のような明確さを求める人間は座標を求めて四苦八苦するわけです。

 僕としては、物語とゲームの双方が不介入の立場を取っている現行のTRPGそのものに融合を求めるのが吉だと考えてます。
 『Shadow Hunters』をプレイして気付いたのですが、勝利か死かという単純な競技ゲーム的発想からズレて、勝利目標・手段が多様化していてもゲームとしての面白さを損なわず、むしろ増幅させることも可能なのです。だから『チェインメイル』の時代から変わらぬTRPGの戦闘システムも、より勝利目標・手段が多様化した……TRPGの物語に合致した新しいシステムに進化することだって夢ではないはずです。また、原則的には言葉遊びであるTRPGの物語もまた、言葉遊びをゲームとして成功させている『アンゲーム』などの手法を学習して、よりゲームらしい作りにすることだってできるかもしれません。
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2006年04月15日

最高存在の祭典やってます 〜BoA3の読後感想もあります〜

 『ナポレオン−獅子の時代−』第5巻を購入。
 TRPGゲーマーには異常な感染率を持つこの漫画。幾多の人がロベスピエールを恐怖政治の殺戮者からスーパーヒーロー(童貞)へと変化させてしまった感染力だけに、いずれ『HELLSING』に続くTRPGゲーマーのバイブルとなるかもしれません。『HELLSING』の影響力もすごいもので、ヴァンパイアが一躍ダークヒーローになったり、キリスト教チックな宗教団体には必ず13課が出来たり……。

 まぁ、ロベスピエールやクートンのパチモンPCはさすがに出ないでしょ。
 車椅子のNPC出してくるGMいたら気をつけた方がいいですよ。大砲仕込んでたりしてますから。

 んでもって、『ブレイド・オブ・アルカナ』第3版も購入。
 こればっかりは精読しただけでは実態を知ることは無理。このエピックプレイなる新しいキャンペーン向けシステムがどう機能するのかは何人かの人と検討する必要はあるけど、その価値は十分あると思います。

 BoAとN◎VAはアルカナ/ペルソナの組み合わせでキャラの骨格を決めるし、キャラの成長プロセスよりは奇跡/神業の選択の方が重要な要素だから、どうしても1つのキャラを継続して使うよりは複数の組み合わせを都合に合わせて使い分ける方が利口なやり口になってしまいます。それ以前に、1度のセッションでそのキャラがどのような活躍ができるのか大体把握してしまうので、そのキャラに飽きる人も多くいます。
 
 あと、ガチガチにPCの立ち位置なんかを固定するよう求めるルーラーさんも結構いて、そのルーラーさんのハンドアウトに即した……他のセッションでは使えなさそうなキャラを作った……作らされた場合(BoA2だったんだけど、3つのアルカナすべてGMが指定してきたのには言葉を失いました)、いつか他のセッションで使おうと思う前に破棄決定です。
 つーか、そんなGMさんなら別のシナリオ用意すれば、そのシナリオに対応したキャラを作り直させられること必定でしょうし。

 注:僕はそんなGMさんを間違っているとは思ってません。やりづらいだけです。自由度とか多様性とかいうのも諦めています。

 結局、この2つのゲーム(FEAR社以外でも『特命転攻生』なども含まれる)に限ってはGM/ルーラーの指図に従ってハンドアウトにしっくりくるキャラをその都度新規作成していくのが無難なやり口になります。うっかりにもシナリオに余計な影響を与えかねない神業/アルカナの選択をして、GM/ルーラーさんに「こいつ俺のシナリオで脱線する気か」と敵視され村八分にされては堪りません。

 だから、同じパーソナリティのキャラを継続して使いながら、セッションの都合に合わせてアルカナの選択などキャラ性能をチェンジできる(で、あろうと僕はざっと見して感じた)エピックプレイはいい打開策になるかもしれません。これでPC枠に合わせてキャラのパーソナリティを考え直す手間が省けると云うものです。

 おそらく、このエピックプレイがいいように使われば、2〜3年先になるであろうN◎VAの次世代版にも似たようなシステムが実装されるでしょう。そういう意味でこのシステムは検討が必要です。
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2006年04月12日

スパムTBを削除しました

 TB先不明のとアファリエイトBlogとおぼしきTBを削除させていただきました。これからもアダルトやアファリエイトなどによるスパムTBはなるべく削除する方向でいきます。
 スパムではないTBに関しては削除は一切いたしません。
 何をスパム、何を非スパムとするかは個人的な意見差があろうと思いますが、とりあえず当方ではアダルトなどの21禁および有害情報、アファリエイト専門、TB先が不明で確認できないものに限定させていただきます。
 
 読者の皆様方にはご理解とご了承をお願いします。
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2006年04月10日

TRPG−ルーンバウンド=? 〜ボドゲにないTRPGの魅力について悩んでみる〜

 中世風ウォーゲーム、『チェインメイル』をプレイしていたガイギャックスやアーンソンが駒に感情移入したのがきっかけで1人1キャラクターという観念が生まれ、そこから『D&D』が生まれたというのがTRPGの創世神話らしいです。

 では現在、『チェインメイル』よりずっとTRPGっぽい作りの『ルーンバウンド』をプレイして、それで(髭親父とオークばっかりだけど)キャラクターに感情移入してTRPGっぽい雰囲気が出るのかと思えば、今まで2、3度プレイした経験から云えば出ませんでした。
 
 確かに『ルーンバウンド』はTRPGっぽいです。キャラは成長しますしミッションをこなして経験点や報酬を得ます。(太股まぶしい髭親父と緑色のオークばっかりだけど)各キャラには技能もありますし、アイテムや仲間を買って強くすることもできます。

 ただこのゲーム、ゲーム中にロールプレイする箇所が何1つありません。
 僕の場合、「ロールプレイ」には「演技」の意味合いはとっても薄い(根は『D&D』ですから、マッパーやコーラーのようにクラスによって期待されし役割を果たすことがロールプレイだと思っています)んですけど、物語上の役割を設定づけられたキャラクターがゲーム世界の中で物語を構築するゲーミングとしてのロールプレイ……キャラクタープレイをロールプレイとするならば、それをする必要性がどこにもありません。
 
 ルンバでは物語は提供しません。
 だがTRPGでは遊び手に物語を提供します。
 その一点でTRPGはルンバより幅の広いゲームだと云えます。

 ゲームマーケット2006でアークライトの人から、アメリカではルンバのようなTRPGっぽいボードゲームに人が流れつつあるとの話を聞いた時、TRPGからルンバにあるものを引けば、後には何が残るのかと考えていました。

 その結果、しばらくは「何も残らない」と云う答えしか出ませんでした。
 もしかしたらルンバこそ(僕のようにウォーゲーム、ボードゲームとの親和性が高い者にとって)TRPGの完成形ではないのか。このようなボードゲームが隆盛することによってTRPGはその役目を終えるのか……なんて思ってしまいました。

 つーか、ルンバで代用できるほどに「物語」に関して無頓着なセッションなんて何度もプレイしましたから、GMの立場を含めて遊び手が「物語」を演出する必要に関してはいまいちピンと来ない自分がいるんですよね。
 
 つーか、TRPGに物語なんて鬱陶しいだけじゃない?
 キャラクタープレイもGMの情景描写もリサーチフェイズを混乱させるノイズでしかないんじゃない? ライフパスなんて他の人のなんか知ろうとも思わないんじゃない? キャラの名前や性別だって、そんなもんで相手を判別なんかしにゃしない、「戦士A」程度の識別で結構なんじゃない?

 とまぁ、ガイギャックスはボードゲームの駒に感情移入してTRPGを作ったけど、僕はTRPGのキャラクターから感情移入を削ぎとってボードゲームの駒へと先祖返りする煩悶をしたわけです。
 あ〜、TRPG捨てて『マジック・ザ・ギャザリング』に走った我が先輩ゲーマー方の煩悶がよく理解できましたよ。

 誰もが自己のキャラクター設定を表現するばかりがTRPGだと思っておらず、むしろ自分のキャラクター設定を無視してシナリオを解決する方策ばかり考える人も多くいます。例えばN◎VAでも自分のキャラクター設定を表現することは一切なし、他のPCはニューロデッキにしか興味がない(男か女かも興味なし)。ルーラーの語りだってミッションの謎解きに関係しない情景描写なんかは鬱陶しがる。
 要するに遊びゼロ。
 
 なまじボードゲームやってる身の上としては、そういう黙々と目標解決ゲームに没頭するプレイするならボドゲと同じに思えるわけで、そうなると勝ち負けや駆け引きがあるボドゲの方がエキサイティングだからTRPGなんかやらんでそっちやろうぜと思っちゃうんですよ。

 かと云って、TRPGの意義を見失っているかと云えばそうでもない。
 むしろボドゲにはないTRPGの「物語」が堪らなく好きで、『蓬莱学園の冒険!』から『Pendragon』まで、個性的なキャラを存分に自己主張して物語世界で楽しむゲームを好んでプレイしてきました。

 単純な目標達成ゲームから見れば無意味なもの、無駄なこと、混沌を呼び目標達成を迂遠なものにするもの……それらの中に、TRPGがボドゲにはない宝が潜んでいるのではないのでしょうか。

 確かにN◎VAはPC立ち位置にふさわしいロールプレイをして、リサーチフェイズを淀みなく進めるのがまだっこしさのない快適なセッションと云えます。だが、自分のキャラがどんな経歴の自分で、どんな人物像で、N◎VAの中でどう暮らしているのはとても興味があります。そして、他の人のキャラについても同様に知りたいし聞きたいです。ルーラーにしてもゲーム世界の雰囲気を出すべく情景描写にも力を入れてほしいです。
 
 それが「まだるっこしい」ことであっても。
 もちろん、未来にはより快適に物語を作り出せる遊び方がTRPGに搭載されることだってありえます。

 プレイヤー乃至GMの一方的・断片的な「語り」ではなく、対話をしながら共同で作り出す物語。ルールブックで一方的に押し付ける読み物としてのゲーム世界ではなく、遊び手の発想次第で作られていくゲーム世界。
 すなわち、ストーリーテリングではなく、物語の制作。それをもっと重点的に取り入れた表現媒体(メディア)としてのTRPG……それこそが僕が率直に「やりたいな」と思うTRPGのモデルなのです。名前や性別やライフパスを決めることに意義があって、それを表現し認知してもらうことに確たる意味のあるゲームにしていきたいんです。

 なんかゲームデザイナー志望めいた論説になってしまいましたけど、幾多のTRPGをプレイして培ってきた自分の方向性を形にしているんだから、それは自然な成り行き。

 まぁ自分語りで、申し訳ないです。
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2006年04月09日

Shadow Huntersやってきました

 先週、親知らず(第3臼歯)を抜きました。
 抜歯から1週間近く経つけど、じくじく来る痛みからはまだ回復してません。しかも奥歯の痛みからこめかみが痛くなって、そして頭痛です。まったくもって辛いです。こればかりは時間が経つのを待つしかないわけで。

 んで、先々週はゲームマーケット2006に参加。
 閉会間際までボードゲームやりまくりでした。

  お目当ては前回記事で表記間違えたゲームリパブリック社の『Shadow Hunters』をプレイすること。この日が初プレイです。

 舞台はとある森。そこには魔物が棲んでいます。
 ゲームは森の魔物『シャドウ』と魔物を狩る『ハンター』、そしてそれぞれの思惑で森に分け入った『ニュートラル』の誰か1人を担当し、森の中でアイテムを手に入れ、それぞれの勝利目標を達成するために相手プレイヤーの正体を探り理ながら遭遇した相手と戦っていくゲームです。勝利条件が1人1人違っており、ハンターおよびシャドウは敵陣営の殲滅、ニュートラルはそれぞれ個別の目標を達成すれば勝ち。

 このゲームの一番の醍醐味は、他のプレイヤーの正体が伏せられているということです。担当キャラクターの中には仲間もいれば敵もいて、ゲーム中に誰が何のキャラを担当しているのか推測しなければなりません。
 プレイヤーは相手の行動パターンと、占いおばばカードによる「かまし」によって自分が目標達成するにあたって倒すべき敵プレイヤーを特定する必要があるのです。
 この心理戦が実に楽しい。

 どんなキャラがいるのかはHP見てもらえればいいんですけど、不肖、この回転翼はダニエルに萌えました。一番最初に死ねば1人勝ち(アリーがいれば2人勝ち)ってのがよし。魔物とハンターが血みどろの戦いをしている森で、自殺志願の爺さんが真っ先に死んで一件落着というのがなおよし。
 もちろん、嬉々としてダメージ受けてりゃバレるから、いかにも追い詰められた顔しながら1人死にを狙うわけです。高度なブラフが必要なキャラ。そこがゲーマーとして最高によし。

 森の中で呆然とする魔物とハンターの皆さん、爺さん昇天しながらガッツポーズ。同じく呆然とする他プレイヤーの皆さん。キャラを殺されてガツツポーズする俺様。

 美味しすぎる。
 天井から舞い降りる絶妙なる小麦粉。

 担当キャラはシャドウ、ハンター両陣営が互角になるよう調節され、それにニュートラルを足してプレイヤーの数だけランダムに選び配られるので会場でのプレイではダニエルになれず。
 
 つーか、プレイの時点では脳みそゆるゆるでしたからブラフ能力なし。
 そんなわけで狼男になりました。ゴツいキャラでしのげということでしょうか。TRPGの初体験で戦士やってねと云われた気分です。まぁゲームの神様は妥当な判断をしたと思います。

 んで、初っ端から右隣の人にシャドウだってことがバレました。
 そして僕は左隣の人をハンターと勘違い。実はニュートラルでした。
 ダメダメです。
 唯一救いだったのは仲間のシャドウが誰なのかの目星だけは何とか特定することに成功。同士討ちだけは何とか避けることができたと思いました(実際はやったかも)。
 結局、僕らシャドウ陣営は混沌に助けられて……1人ダメージ受けてないからと集中砲火喰らって倒れたハンターさんにも助けられて、何とか勝利しました。

 勝ったからいいものも、こんなゆるゆる〜なプレイヤーが混じっていては戦略もクソもありゃしませんでした。これは猛省です。
 そんなわけで『Shadow Hunters』は目出度くご購入。
 RPG日本あたりに持ち込んで再挑戦したいと思います。
 
 今度こそ一番最初に死んでやる。無論ダニエル的意味で。
 
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