僕は『BLACK LAGOON』観てたのでまだ体力あります。
今日はふと思った一本道GMの話。
一本道GMには、表面上の一本道GMと心からの一本道GMがいます。
一本道シナリオは展開が1つしかないシナリオですけど、色々分岐点を用意しても結果的には一本道だねと指摘されるGMさんというのは結構います。これは比較的人柄のいいGMが陥ることですけど、プレイヤーがみんなでワイワイしているのが楽しい、それがGMとしての醍醐味だと認識しているGMはついパーティの女房役として、この好ましい雰囲気のままにパーティを締め括ろうと考えるようになります。
そんなGMさんのマスタリングは、後半になればなるほどGMの人の良さが露出するものです。セッションをいい雰囲気のままに終了させようと、GMのサービス精神は徐々に加増され、しまいにはGMの暖かい心遣いだけが浮き彫りになるセッションになります。
もちろんセッションは成功と見なされましょう。
プレイヤーが結局はGMのサービス精神に押されてお客さんになっていたという事態に気付かぬ限りは。1人のGMが示せる心遣いなどそう何パターンもあるわけなく、GMが誠意があればあるほどサービスはマンネリ化していきます。普段の人柄とまったく変わらない性質のGMだっているでしょう。
「TRPGは悪意に弱い」と云われるけど善意にも弱いものです。よい雰囲気ができれば、誰もがその雰囲気を壊すことに躊躇しますし、維持するためにGMのシナリオを脱線することなく円滑に進めることがセッション目標になってしまいます。
そして真の悪党GMは善人のふりをしてプレイヤーに善意を振りまき、プレイヤーをコントロールしようとします。最終的にはシナリオの上手下手よりもGMの好意だけが印象に残れば成功で、うまくいけば従順な取り巻き奴隷を獲得できます。
でも、そんな人柄だけのセッションはクサいんです。
もう人柄臭プンプン。唾液の染み付いた幼児服の臭さです。
プレイヤーをいい気にさせておけば成功なんてセッション技術は、好意に囲まれていれば幸せなんていう幼児だけに通用する手法です。生きがいを求めて自分探しをしているような青少年ならそれでいいかもしれないけど、今の時分、そんな奴はもう品切れ(政治団体、宗教団体、ボランティア団体によって乱獲されました)。
残っているのはネットで揉まれたすれっからしか、意外性で名を売りたい傾奇者ばかり。そんな連中にお坊ちゃんセッションなど小麦粉撒かれておしまいです。
人の良いGMは、シナリオが一本道ではなく、人柄が一本道なのです。何をやっても同じ顔しか見せない。とにかく誠意、誠意、誠意のみでプレイヤーに好奇心を抱かせる人間の懐の深さ、意外性がまったく見られない。
さしづめ、遊園地に来てもメリーゴーランドしか乗せないGMと云った所でしょうか。プレイヤーとしてはジェットコースターにも乗りたいしお化け屋敷にも行きたい。けど、GMに度胸がなければ「ジェットコースターに乗せれば泣いて臍を曲げるガキンチョかもしれない」と無難な配慮をされてしまいます。とにかく、いい雰囲気を壊しかねない刺激を極力嫌がる。
人柄がよくてサービス精神が旺盛な一本道GMってのは、裏を返せばプレイヤーの恣意によって引き起こされるカオスを恐れているのだし、恐れの奥には自分の創作意欲への薄っぺらい自己愛があります。
本来なら、TRPGのGMなんかじゃなくて紙芝居屋さんになるべき人なのです。どこで道を違えてしまったんですかね。
すなわち、分岐のない展開を作るのが表面的な一本道GMであり、どんなシナリオでも同じ性質で臨み人間としての意外性を見せないGMが心の一本道GMだということです。
では僕はこのままフランスvs韓国戦をば……。






