2006年10月30日

派閥の論理を体験 〜クォ・ヴァディス? プレイしてきました〜

 人にはそれぞれ育ちからなる常識感覚ってのがあります。
 僕の場合、シミュレーションゲーム同好会が発展したTRPGサークルで育ったており、物語よりも戦闘好きが多かったものですから、TRPGで戦闘がないなんて展開がどうも違和感があります。

 もちろん、何時間もシナリオを肴にお喋りができる人は戦闘システムなんか捨てても問題ないんだろうけど、僕にはそんな芸当は無理。だけど、そんなナリちゃ的TRPGもアリだよと垣間見せたのがロールプレイ専用TRPGであるGURPSだし、そんな雰囲気にさせる世界観なのが深淵だし、会話だけのTRPGもそこがイイという人あらば尊重しなきゃならんでしょうしね。民主主義だし。

 でも、『クォ・ヴァディス?』よりつまんなければやる気しませんな。

 クォ・ヴァディス?は駆け引きというより根回しのゲームで、他のプレイヤーから譲歩を引き出さなければ勝てないゲームです。同じ会話ゲームの『ディプロマシー』にありがちなパラノイアになっては誰も議席を譲ってはくれない。かと云って譲歩ばかりしてると5席の議員席を早めに埋められる恐れもある。最低1席を確保しつつ、月桂樹チップをいかに多く獲得するか……実際プレイすると、別のプレイヤーと結託して互いに議員を上げながら、どこかで出し抜いて月桂樹を獲得したりして、勝者がどうしても「狸」になってしまうんです。
 タイトルを『自民党』とでもつけ直した方がいいかもしれません。

 ここではクォ・ヴァディス?を例に出しましたけど、会話だけでTRPGを楽しもうにも、ゲームとしての仕掛けを用意せんことにはただの放談に堕してしまうのではないでしょうか。それこそ「朝まで生テレビ」状態でしょうし、シナリオ抱えてるGMが田原総一郎化(司会のくせに持論があって仕切りだす)するのも目に見えてます。

 戦闘のないTRPGには大いに興味がありますが、それがただシステムを放棄してフリートークにすればよいという考えであったのならば、会話ゲームを知っている身の上としてはあまり美味しそうな考えではありません。
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2006年10月22日

マンチキンは死せり 〜80年代1マンチキンの習性とその意義の終焉〜

 製作者側が「そういうこともできるよ」と明記しているのに、遊び手の方はまったくやらない遊び方ってのがあります。

 『GURPS』は色々なステージ(ゲームの舞台設定。ダブルクロスの用語を使用)が用意されているが、それらのステージ特有のルールをカクテルして使用しても構わないのがダブルクロスとの違いです。MMORPGのキャラとして電脳世界に幽閉されている設定のロストエデンのキャラを、平安時代が舞台の平安京物怪録に登場させたいと云ってもまず断られるでしょう。だが、マーシャルアーツのルールで作ったキャラをファンタジーに登場させてもいいわけで、各サプリメントには別サプリにカクテルする際の指針が記載されています。
 そもそも、「西武開拓時代のガンマンが第二次世界大戦の特殊部隊員とルネサンスのイタリアに飛ばされる」ような世界でも支障なくキャラを動かせる……『TORG』と違い、文明差による技術的なハンディキャップがなく……のがGURPSの「汎用性」というものです。

 ならばリングドリームの世界で魔法使いや妖怪が登場しても、本来なら遊べるはずです(日本のステージは総じて他の作品とのカクテルを前提にしていませんので無謀な行動ですけど)。
 GURPSの「汎用性」を十二分に発揮するなら、例えばリングドリームで作ったキャラをファンタジーの卓に持っていっても、珍奇な技を使う女子武闘家って程度のイメチェンで問題なく参加できるでしょう。

 だが、実際にそうした遊びは少なくとも日本ではやったことないです。
 GURPSってのは戦闘系技能にCPを集中したりしたりする和マンチなキャラメイクをされるゲームとして悪名高かったんですけど、もしスティーブ・ジャクソン・ゲームズが明記している「ガンマンがルネサンスへ」風のゲームができるのなら、ファンタジーだろうとリングドリームだろうとお構いなしに銃火器やビーム兵器を持ってきてもいいはずです。
 ところが、「僕はイラクで行方不明になった海兵隊員なんだ」と現代兵器の使用許可を求めてきた人は、僕のプレイ履歴では存在しません。僕はわりと寛容(かつ自己責任)ですから、そう訴えられれば認めてしまうかもしれませんけど、どうも日本人は「和」マンチというだけあって、使用するステージの規定内で最極端の選択をする方を好む傾向にあるようです。純アメリカン・マンチキンのやるように「GMに賄賂を渡しても自分に都合のいいルールに捻じ曲げる」発想にはなかなかいきつかないようです。

 ちなみに、僕の場合は米国TRPG出身なだけに「能力値ALLMAX、判定全部クリティカル、アイテム貰い放題のためならGMの親を誘拐・脅迫するのは犯罪行為で不毛で下衆で卑劣な行為だが、それで要求が通るのならゲーマーとしては有効手」という主張をする純然なアメリカンマンチだったりして、それで少なからず苦い経験をしたわけです。

 云っておきますが、昔はDMときたらガチでPCを嵌める技術自慢が多くて、DMの親を誘拐してでも抑えつけなければ、毎度PCが死んでもまったくおかしくないほど過酷なダンジョンを用意されたものです。勝敗とかなんとかより、まず自分のPCが生き残ることのために、あらゆる知略を発揮せねばならなかったのです
 そういう主張を極論としてせにゃならんほど、昔のTRPGはのっぴきならない一面を持っていたのです。それくらい、イヤになるほどPCが死んだものです。DMの憎たらしいこと憎たらしいこと。
 まったくもってスペランカーダンジョンでしたよ。

 週に1〜2回、自分のPCが死ぬなんてTRPG経験は今世紀に入ってから参入した人にとって堪えられるかどうか……。少なくとも、『迷宮キングダム』は当時の地獄ダンジョンを回顧するためのゲームだと思って参加したら、違うと云われました。

 現在は、「能力値ALLMAX、判定全部クリティカル、アイテム貰い放題」よりも、「虚しくなく、やましくなく、人に怪訝にされることなく、自分の夢を仲間と一緒に語り合うことへの充実感」の方が価値があると見なす人が圧倒的なので、上述のような発想はもはや無用になりました。

 かつて、80年代TRPGにおいてマンチキンの原動力だったのは「窮鼠の狡知」なのだと僕は考えています。PCを嵌める技術を研究し、その技術の高さにこそDMの神性と(僕の育った環境では)認識されていた世界では、その罠からPCを守るためにルールを最大限に駆使し、必要ならばルールを捻じ曲げてでも罠を掻い潜ることが要求されていたのです。

 もちろん、男の子が強いキャラに憧れるがままに、何の考えもなくマンチなキャラを作ることもありましたが、例えSTRやCONが18のキャラでも、いともたやすく殺せるゲームがD&Dというゲームです。

 幼児的なわがままなんか絶対通用しない。それが成人した困ったちゃんよりはるかに情緒が未熟な小学生だろうとも、です。いくら泣き喚いて駄々をこねようとも、それで死にづらくなるわけではない。生き残るためにはタフでなくてはならない……それが僕が教わってきたTRPGというものです。

 F.E.A.RのTRPGは、そう考えるとクライマックスまではリタイアせずに参加できる作りをしている……そして、大抵のGMがそう調節してくれるだけに安心感たっぷりなんです。
 ダブルクロスなんかクライマックスに侵食率が80%前後に達するようにシーン数を調節することがGMの技術だってんだから泣かせてくれます。80年代の感覚でなら、シナリオが解けなければ侵食率がオーバーしてジャーム化しようがお構いなし。むしろ、自律判定に成功して生き残れたPCは神。ロイスが残っているPCは拍手物。狡知に長けGMの親を誘拐してくるほど何でもやるマンチ揃いでないとクリアはおろかクライマックス到達までたどりつけない鬼シナリオが出てきて当然なのです。

 そういうプレイをする機会は、今後はもうないでしょう。
 誰かが用意してくれても、やる気しません。
 もう疲れました。見渡す限り誰もそんな世界を望んでいないのに、古強者のプライドを保つだけに強面をする必要をもう感じません。プレイヤーを嵌めることよりも、終盤までハプニングなくプレイし続けられるよう配慮をするGMの方が多いんですから、PCを殺され続けることに怯える必要性は希薄になったと考えていいでしょう。

 僕の中のマンチキンは死にました。「僕の中」のみならずマンチキン思想そのものが死んだと云ってもいいでしょう。同名のD20ゲームでシニカルに懐かしむ程度です。
  
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2006年10月19日

笑う門には何とやら 〜TRPG中に笑うこと〜

 RPG日本の鏡氏がBlogを開設なされました。
 その旗揚げを祝福するとともに、今後のご活躍を期待します。
 あと、僕は会員ではないので以前のページを知りません。
 前に使っていたFact-mailのアドがまだ生きていますので、そちらでよろしければご連絡のほど宜しくお願いします。

◆◆◆

 今日はTRPGで「笑う」ということについて。

 正直、僕はTRPGで朗らかに笑うことはあまりないです。
 TRPGってのは結構相手を気遣うし、シナリオの展開で悲壮感漂うシーンも結構あるので、コミュニケーションを謳い文句にしているゲームだけど笑う機会ってのはそんなに多くありません。
 朗らかに笑うってのは面白そうなことがあって、ある程度ワクワクしてたりするもんですけど、ここんとこは好奇心や興味で引き付けるより、悲劇や脅迫で報復感情を煽ったりしてシナリオを牽引する人とばかりプレイしてきたもんですから、なかなか笑えない。
 すると云ったら愛想笑いばかり。

 それではまったく笑わないかと云われれば、派手に笑うときもあります。
 大抵がシナリオ展開から解放され、各自がのびのびとゲームを「脱線」している時には笑えるやりとりが繰り広げられます。『番長学園』なんかだとプレイヤーが番長力を溜めるべく、「いきなり乗り込んでもここは奴らの思う壺。ここはまず腹ごなしをしよう」なんて寄り道しだして、それでついつい寄り道先でしょ〜もない豪の者がアドリブで出たりしてバカ騒ぎしたりするので、やっててよく笑います。

 実の所、僕の場合本当におかしい場面に遭遇すると笑いません。

 ひきつります。

 ……素でも笑うの慣れていないんです。戦闘シーンならば何ターンか行動不能と宣告されんがばかりの痙攣ぶりで、大変苦しいんです。バラエティ番組でも、痛快なリアクション物ともなるとたまに観てて死にかけます。山崎vsモリマンなどは地獄です。

 TRPGでそんな痙攣するほどおかしい事態を発生させるには、ダイスの神様の力をお借りするしかないし、それには自分のキャラを捨て身に晒しても大博打を打ってみるしかないでしょう。

 そう云えば、最近は僅かの確率に賭けて熱血ダイスロールする人も見かけません。それで成功して「神が宿ったー!」と喝采を上げたり、失敗したら悶え返ったり、「惜しい。神の領域には達しなかったか」とボケかましたりして笑いを取るって光景も最近は見かけません。

 自分のイメージしたヒーロー像の存在意義すべてをかけたロールプレイをして必殺技を出したんだけどダイス目が悪くて決定打にならず、燃え尽きて以後セッション終了まで恨めしそうな顔して一言も喋れなかった人ってのはいましたけど。
 タイミングを逸したPC枠1ほど惨めなものはありません。
 最後にとどめをさした人が本当に申し訳ないといたたまれなくしていたのが印象的でした。
タグ:TRPG ダイス
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2006年10月16日

殿、ご乱心 〜Shadows over Camelot初プレイ〜

 今日は久しぶりにボードゲームをプレイ。
 以前、ルーンバウンドとTRPGとの差を色々考えたところ、知り合いからTRPGに近いボードゲームは他にもあるよと教えられ、今日のプレイと相成りました。

 今日プレイしたのは、

・Shadows over Camelot
・Betrayal at House on the Hill

 の2つ。後はPuerto Ricoをやって、これで1日遊び尽くせました。
 今日は僕の好きなアーサー王物であるShadows over Camelot(キャメロットを覆う影)の感想を簡単に。

 「なんてこった。キャメロット城はサクソン人やピクト人によって包囲されてるよ。連中と来たら森を切り拓いてカタパルトなんか作ってるよ。しかもエクスカリバーも聖杯もメイドがゴミと間違えて……そんなことまで書いてないけど、とにかく無くしちまったぜ。どーすんだよっ」

 ……小田原城ですかい。
 そんな状況の中で、プレイヤーの騎士諸卿は一致団結してキャメロットの危機を救うってゲームなんですけど、やってるとなぜかイービルな気分が満喫できます。本当にキャメロットを救う気あるんかと全員に問いただしたくなるのです。
 なぜかと云うと、このゲームの行動手順が、

1:悪の行動フェイズ
 自分の手順になったら、まず「黒カードを1枚引く(悪の計画が進行する)」、「カタパルトを1台増やす(12台置かれたら負け)」、「自分のHPを1点減らす」の中から1つを選択する。

2:騎士行動フェイズ
 悪の行動フェイズが終わったら、次に「クエストの地点に移動する」、「クエストに挑む」、「スペシャルカードを引く」、「傷を治す」の中から1つを選択する。HPを1点減らすともう1回行動できる。

 つまり全員がまず事態を悪化させなきゃいけません。
 このゲームはTRPGと同じく全員協力型なのですけど、悪の行動フェイズでとのような悪を進行させるかによって、プレイヤー同士に少しずつ溝が生ずるようになっています。

 そして、これが凄かったんですけど、プレイヤーの内1名が裏切り者としてプレイヤー陣営を敗北に陥れれば勝ちなんて云うベラボーなルールが存在します。

 そんなわけで、僕を含めて4人でプレイ。初心者は僕1人です。

 僕「突然ですが、偉大なるアーサー王は転んだときに円卓に頭ぶつけて、知能が5歳児になりました」
 
 はい。僕がアーサー王でした。アーサー王は獲得した白カードを仲間に配れるという特殊能力があるのですが、5歳児(初心者)では何を配ればいいのか効果的な戦略は組めるべくもありません。

 プレイは初心者らしくクエストに失敗しては城に帰って回復していた僕が足を引っ張って黒の剣がみるみる増大。クエストの成否によって12本分ある円卓の剣のうち7本が黒の剣(クエスト失敗によりつけられる)になった時点で負けます。仕方がないので、キャメロット城近辺でカタパルトを壊すことに専念しました。
 それでも黒カードの引きが悪く、結局黒剣が7本に達して初プレイは敗北してしまいました。

 本当にすいませんでした。
 まさか初回プレイから裏切り者をやろうことになるとは。

 ……はい。足引っ張ってたのは故意もありました。
 初回からディープな役割でした。しかもアーサー王で裏切り者などというあってはいけない組み合わせで、しかも初心者。これで勝利しようというのはあまりにおこがましいかもしれません。だけど、クエストは聖杯とランスロットの鎧は回収できて、かなりいい所いきましたよ。

 次は勝ちたいです。
 つーか、次は裏切り者じゃない方を。
 
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2006年10月12日

経験値を廃止してもよいTRPGもある 〜成長の意義あれこれ〜

 TRPGは目標を達成するゲームですけど、その後PCたちはどうなるのかと云う問題があります。ゲームとしてのTRPGなら経験値与えてお開きなんですけど、物語としては色々語れちゃう展開ってのがあります。

 今日はTRPGでいう「成長」に関する以前とは違った話。

 D&Dの頃と云えば、成長は単なる経験値をご褒美にもらうことではありませんでした。赤箱レベルなら迷宮漁り専門だったゲームが、青箱では野外での冒険に現代風の物語がついたシナリオがついて、緑箱だと領地経営したり戦争したり異世界行ったりして、黒箱では半神になって司馬遷(小学生にはスーマ・チェンが司馬遷だなんて分かりませんでしたよ)に会ったりして、レベルアップしていくにつれて楽しみ方の幅も広がったものです。
 
 ガキの頃ですから、ファイターレベルが5で「短剣家」になってしまって、それで学校の漢字テストで間違ったり、レベル9で「郷士」になって、それで郷士って何だと調べたら武市半平太が出てきて、そうか武市半平太は土佐藩のLordなのか、それじゃ〜藩士ってのはLordよりも上なんだなと妙な解釈に至ったりと、何かと漢字で苦労しましたけどね。

 それがソードワールドの頃になると、いくら経験値を貰ってレベルが上がっても、やることはいつも変わらず下っ端の冒険者と同じ。新米の便利屋と熟練の便利屋との差ぐらいなもんです。
 で、冒険者レベル10にもなって、なんで村どころか国を揺るがしかねない強力なリッチの討伐を、単に最寄だからという理由だけで村の酒場で村長さんから受けなきゃいけないのよ。1000人規模の命を救うなんて大冒険を村にたむろしてた便利屋風情が片付けていいの? そりゃいくらなんでも倒されるリッチが不憫ですよ。しかもそのリッチが政変で敗れた王族だったときたら、まさか最寄の村長さんに頼まれましたなんてもうショックなはずです。
 
 まぁ、それはそれで楽しかったですけどね。
 それでも、シーフレベル10にもなるのに、つまらないギルドマスターに顎で使われるは我慢ならないってんで、シナリオそっちのけで「自分たちに都合のいいギルドを作ろう」なんて画策したりしても、卓の興が乗ればGMも用意してきたシナリオを放棄してアドリブでやってくれるだけの余裕が当時にはありました。
 もちろん、そんなGMばかりではなく、一度脇道にそれたらパニクるばかりの一本道GMとか、やたらとミニ小説を語るだけの吟遊詩人GMってのも結構いました。それで、D&D時代のプレイスタイルを知らない遊び手がリプレイ小説を追体験するのが目的のように、GMの小説語りに参加するのが楽しみでプレイしにきた人が多くなるにつれて、上述のようなカオスを招くプレイはどんどん困ったちゃん指定を受けるようになりました。

 それからしばらくして、ダブルクロスの初版が出る頃にはF.E.A.R社のスタイルが定着して、世界を変えるなどということはほとんど意識しなくなりました。むしろ敵の方が世界の改変を狙っていて、こちらは元は満足した生活を送っていたのがアウトして戦い、大偉業をしたけど名もなきまま闇に消えるというダークヒーロー的なスタンスが主流になってきました。
 そういうゲームだと世界観ってのは変化しない……PCたちが事前に知りえる世界観を改変するのではなく、安定させる方向に動くからカオスってのは極力起こらない。だから臨機応変に状況に合わせたロールプレイをする必要性ってのはさほどなく、事前に暖めておいたキャラクター設定を披露できるだけの余裕があります。

 昔は、「僕のキャラこれこれこういう設定です」などと用意したところで、千変万化するセッションの中でそれが発揮できるか理解されるかも保障されないという意識があって、それがロールプレイを「設定の披露」よりも「当意即妙なリアクション」の方がキャラが立つという感覚があったんですけど、ゲームが違えば意識も変えざるを得ないのが現実でして、うまいことやりたいのであれば、馴染んだプレイスタイルを思い出棚にしまうことも必要でした。

 話を成長に戻します。

 ここまで3種のプレイスタイルを述べましたけど、この3種のゲームはそれぞれ成長に関するスタンスも違っていると僕は考えます。

1:役割が成長するスタイル

 D&Dでのロールプレイとは役割分担のことなんですけど、レベルアップに従って請け負う役割が拡大していくのがこの成長スタイルです。ただの戦士がドラゴンを倒す頃には英雄として尊敬され、やがて半神として人間の手に余る事業へと役割が拡大していく……この役割の拡大は『太閤立志伝』などの出世物語に通ずるものがあります。
 この成長システムだと、プレイヤーの方は夢が膨らむ一方で楽しいんですけど、GMの立場からすればどんどんルールが増えるわけで大変な労力を消耗します。

2:肉体改造・修行に留まるスタイル

 いくら経験値を貰っても、能力値や技能の数値を高めることしか使い道がないゲームがこれに該当します。D&Dではレベルアップ時に増大してきた(財貨=経験値だから、成長するに従って富豪になる以上それは自然のなりゆき)役割の成長が、GMが用意する物語の展開によって決められるのがこのスタイルの特徴です。
 GMによってはPCは単なる冒険者から栄達することもあれば、ドラゴンを倒す力量があっても街の便利屋のままだったりするってことです。
 要はドラクエ以来続くCRPGのスタイルなんですけど、この形式だとキャラクターの成長がGMの裁量の幅に影響することは少なく、常に妥当な敵を用意すればシナリオとして事足りるので余った時間を物語へと投入することができます。

3:成長する意義が薄いスタイル

 カジュアルプレイが主体のゲームともなると、成長ってのが必ずしもよい結果をもたらさないものもあります。ダブルクロスの場合、クライマックスで事前に用意したロイスをタイタスにしてしまったがばかりに、当初の設定が崩れてしまうPCもいたりして、それでそのキャラを使い続ける気が失せてしまう人もいました。
 
 結局、事前に用意したりハンドアウトで与えられたキャラ設定的役割をこなすのが目的のゲームの場合、経験値を獲得する喜びよりも、設定を無事発揮できたという達成感の方が強いわけで、ダブルクロスの場合は経験点でエフェクトなどを獲得するより、自律判定でジャーム化を避けることの方が断然楽しいのです。
 
 ダブクロに限って云えば、経験点なんかなくてもいいです。
 自分のキャラ設定を発揮できて、それでロイスを獲得してジャームにならなければ、それでこのゲームの目標は達成できたと思っています。

◆◆◆

 現在の段階だと、F.E.A.Rが3のスタイルで主流に立ち、他の……例えばグループSNEはデモンパラサイトで形はダブルクロスの同系列にありながら2のスタイルを展開しており、1のスタイルはD&D3.5版を含めてほとんどないなという状態です。

 僕は1の遊び方が大好きなんですけど、GMの処理量を超えてしまったり、物語が混沌としたりと何かと問題がつきまといます。第一、これはできるプレイヤーとできないプレイヤーとがはっきり分かれてしまうスタイルですし、両者のすれ違いも深刻になりがちです。
 それでも、このスタイルはTRPGでしか味わえないものですから、廃れるのはちょっと待ってもらいたいところです。

 逆に、CRPGやMMORPGでほぼ代替できる2のスタイルは今後廃れていっても問題ないでしょう。僕が単に「TRPGならでは」という要素の薄いものに執着しない姿勢だからでしょうけど、PCをよりビルドアップしてより強敵へというドラクエ風のキャンペーンを続けるという要望が今の遊び手には希薄ではないかと考えているわけです。
 自由奔放にキャラを動かして物語世界を歩き回るか、一挙手一投足まで設定したキャラクターを最大限に披露してヒーロー像を満喫するか、そのどちらかに分かれているのが昨今の遊び手なのではないでしょうか。

 
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2006年10月03日

クラウザー2世は1万人に1人、根岸クンは100人に1人 〜ロールプレイとのろけ話の違い〜

 『デトロイト・メタル・シティ』を読了。
 確かに面白いけど、TRPGに関わる身としては皮肉に映る側面もあります。

 この漫画の主人公、クラウザー2世こと根岸クンは「2つの顔を持つ男」です。
 しかし、通常は異常性、潜在意識が露出した「変身した姿」であるはずのクラウザー2世がパンク的にはまっとうな(女性蔑視、反社会的、グロテスク、悪魔的などのパンクでの「王道」を往く)人物なのに対して、本来なら良心や社会性などを象徴する役割があるはずの正体である根岸クンがどうしようもなく深みがない不器用な小人物で、むしろピエロとして読者からは特異な存在になっています。

 「好きこそものの上手なれ」なんて諺がありますけど、根岸クンの場合はオサレな世界に憧れるがばかりに、その世界の中で光明を放つほどのアクの強さが持てないでいる。聞く人にとって根岸クンは自分の憧れに「のろけている」としか見えないわけです。
 それに気付けない根岸クンは、なぜ受けないのか反省も理解もすることなく、欲求不満は怨み節となり、別の世界で発揮されることになります。クラウザー2世の時、彼は自己の才能に確かなリスペクトを受けるのです。

 なぜこれが皮肉かと云えば、TRPGの世界にもこういう人いるからです。
 
 何かに取り憑かれた顔で、「エルフの女なんかみんな犯して殺してドブに投げ捨てたるわ〜!!」などと叫んでPKしたり、「善良なNPCは死んだNPCだけだ」と吠えてテロったり、TRPGの場でイドを大爆発させるロールプレイの狂奔者が1万人に1人ぐらいはいます。

 ……いや、そうではなくて。

 何かに魅入られたような顔で、「僕のキャラはちょっとツンデレなエルフの女の子で侵略者と戦う魔法剣士です」などと呟いて萌えたり、「ここで洋服屋に飾ってあるオサレなドレスに魅入って、『へぇ〜、お前にも可愛いとこがあるんだな』と言われて『バッ…ハカ! そんなんじゃないわよ』とデレます」などと吠えてスベったり、TRPGの場でのろけを大爆発させるロールプレイの狂奔者が100人に1人ぐらいはいます。

 哀れです。
 リアル根岸クン見るのは。

 TRPGの場合、どんなイカれたキャラを作っても卓の仲間に受け入れられれば無問題です。それでプレイ後帰宅して熱が冷めてもいいセッションだったな思われるようなら、イカれたキャラは伝説となります。
 ……後から、「思い返せばアイツのキャラは滅茶苦茶だ」となっても、それは僕のようなBlog書きには美味しくいただける「アクセス数を稼げる困ったちゃん話」のネタとなるわけで、それはそれでいいものです。

 問題なのは、プレイ時にも受けない完全にスベったロールプレイです。
 
 1万人に1人の方はTRPGの初等教育を受けていないバカです。PKするってのは他のプレイヤーに退場を要求するも一緒ですから、それを無自覚でやってるとしたら世間知らずの坊やだし、意識してやってるとしたら反社会的分子です。
 トイレに連れ込んで便器に顔を押し付けて反省を促すのがいいかと思いますけど、穏当に強力モンスターでPKKするのがお慈悲というものでしょうか。怒って後々ネットで暴れまくるでしょうから、2ちゃんのVIPな先生方にお任せするとしましょう。

 一方、100人に1人の方は本当にリアル根岸クンで、ロールプレイが萌えキャラへのおのろけになっている点がスベる原因です。のろけ話が聞くに堪えないのは自慢話と同じくどこでも一緒。
 一般にのろけ話、自慢話の類は話が自己完結していることが多く、他の人が興味をひくべき「釣り」がありません。テレビの司会でもよく「……」とか回答されない問いかけをするタレントがいますけど、大抵が質問者の方が回答を自己完結してたりして、ハァとかウンとかしか答えようのない問いかけをしたりするものです。それと同じことをやってるわけです。

 自己完結した話などに会話が続くわけなく、決まってトークストッパーになってしまいます。話が終わった時点で対話するべき卓の仲間全員が話の蚊帳の外だというのなら、どうやって応答すればいいのでしょう。

 のろけ話をロールプレイと勘違いした人への対応は冷たいもので、まず冷たくあしらわれます。そのキャラに対する親近感は大幅に下落し、セッションが終わったらこっそりロイスは抹消されます。
 シビアな卓ともなれば、なるべく彼彼女ののろけを殺すよう殺すよう、ロールプレイする余裕を奪う方に誘導するでしょう。
 
 それで「僕の愛が理解されなかった」と落ち込むのはいい経験でしょうけど、それで根岸クンのように逃げ込むハレの場があるかと云えば、そのハレの場を同じTRPGに持ち込まれては迷惑というもの。
 「ツンデレなエルフの魔法剣士」でスベったから、次は「俺はエルフとか魔法剣士とかツンデレなんかはみんな犯して殺してるんじゃ〜!」では道を踏み外しただけです。

 トイレの水の味を知る前に、まずはロールプレイとおのろけの違いを肝に命じ、他の参加者が好意的に応対できるいじりがいのあるキャラメイクを思索なされてはどうでしょうか。


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2006年10月01日

[エキプロ8]ブギーマン(42歳)退団か…

 【注意】
 退団の報道があったWWEのブギーマンが11月のサバイバー・シリーズにて復帰しました。その再出発を祝うとともに、退団時に執筆したこの記事を訂正させていただきます。よろしくご了承ください。


 どうもエキサイティングプロレス8(仮)……WWE SmackDown vs. Raw 2007はXboxでの発売のようです。
 なんてこった。持ってませんそんなもの。
 貯金せんとな。

 エキプロ関連でTB受けたので、ign.comで登場スーパースターを調べてみました。RAW、SMACKDOWNに引き続いて第3団体、ECWがスタートしていますので、今回の形式はこれで最後かと思います。

無印=現役 ●=2006年10月現在退団 △=現在ECW所属
○=今回初登場 ◎=シリーズ皆勤

【RAW】
ビック・ショー△
カリート
チャボ・ゲレロ
クリス・マスターズ
エッジ◎
ジョン・シナ
ケイン◎
ランス・ケード
ランディ・オートン
リック・フレアー
ロヴ・ヴァン・ダム
ショーン・マイケルズ
シェルトン・ベンジャミン
スニツキー
トレヴァー・マードック○
トリプルH◎
ウマガ○
ヴィセラ

【SMACKDOWN】
バテイスタ
ボビー・ラシュリー○
ブギーマン(2006年11月復帰)
ブッカーT
クリス・ベノワ
ディバリ
フィンレー○
ジャイアント・カリ○ △(ECW移籍の報道あり)
グレゴリー・ヘルムス○(旧ハリケーン)
ハードコア・ホーリー△(ECW移籍の報道あり)
JBL
ジョーイ・マーキュリー○
ジョニー・ナイトロ○(現在RAW)
ケン・ケネディ○
キッド・カッシュ○
カート・アングル●
マーク・ヘンリー
マット・ハーディ
ポール・バージル○
シコシス○
レイ・ミステリオ
スペル・クレイジー○
アンダーテイカー◎
ヴィトー○
ウイリアム・リーガル

【DIVA】
キャンディース○
ジリアン・ホール○
リタ
メリーナ○
ミッキー・ジェームス○
トリー・ウイルソン
トリッシュ・ストラタス●

【LEGEND】
バン・バン・ビガロ○
ブレット・ハート
カクタス・ジャック
デュード・ラブ
ダスティ・ローデス○
エディ・ゲレロ
ハルク・ホーガン
ジェリー・ローラー
ジム・ナイトハート○
マンカインド
ミスター・パーフェクト
ザ・ロック
ロディ・パイパー
シェーン・マクマホン
スティーブ・オースティン
タズ

 前回、ハードコア・ホーリーがない不憫だと云ったけど無事復活。
 今回は五輪ヒーロー、カート・アングルが総合転向のため、古参ディーバ、トリッシュ・スタラタスが寿退団、そして最近ミミズ喰い男、ブギーマンも退団(42歳)したとのこと。カートの雄視もこれが最後かもしれません。

 それにしても、エディ・ゲレロが早くもレジェンド入り。
 もう1年近く経つのか…
 
 
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