2007年02月24日

F.E.A.Rレーベルか、F.E.A.Rスタイルか 〜TRPGの区分に対する提案〜

 
 前々回のTRPGの敷居の高さについて、紅茶檸檬さん鏡さんにゃあさんさんがそれぞれ言及さなれています。いずれも卓見であり、とても参考になりました。とくに、にゃあさんのまとめかたは僕のようなボンクラにはありがたい限りです。

 今日は鏡さんのこのコラムについて少し意見を。

 カテゴリーを生む違和感

 いわゆるF.E.A.Rゲーという呼称が明確な定義がない乱暴な群体呼称であるのは仕方ありません。F.E.A.Rだってすべてを同じ方向性でデザインしているわけではなく、ゲーマー側だってすべてが同じ遊び方をしているわけではないので、違和感を感じるのは自然なことです。

 だが、F.E.A.R社製TRPGと云えども卓やメンツが異なればまったく異種の遊び方をしているのかと云われればそれも違います。
 無からTRPGの遊び方を模索してきた黎明期ならまだしも、それ以降のゲーマーは累積された経験を情報交換しあい、あるいは伝授され、サークル単位で遊び方が整合していきました。さらに情報誌やリプレイ本、今世紀に入ってからはインターネットメディアによって個別に情報の整合が行われてきました。

 それによって、遊び手によって細かな差異はあろうが、全体的な要領については全国津々浦々、誰もが似たような感覚を持てる程度には情報が整合されているのがTRPGの現状です。
 F.E.A.Rゲーという呼称にしたって、作品の違いによってプレイスタイルやシナリオの方向性に差異はあろうが、遊び方の根っ子で他の人と似通っている部分があって、その経験上の感覚が共通項として語られているのでしょう。

 この経験上の感覚を平易に信じれるのは曖昧さが特徴の日本人ならではの感覚かもしれません。これが欧米人なら、自分がインターネットを通して語りかける見ず知らずの他者が、自分と類似性の高いプレイをしているなどと漠然と思ったりはしないでしょう。
 日本人は曖昧さが特徴的な民族ですし、曖昧な経験上の感覚が空気という群体感覚として飛び交うこともあれば、風習・慣わしという形で制度化されることもあります。これを論理で対抗することは大変な労苦が必要です。
 たまに外部からの衝撃があって、180度変化してしまうこともありますけどね。GURPSやTORGは黒船的衝撃を与えましたしね。
 
◆◆◆

 さて、問題の1つに明確な定義がないとのことなので、不肖この回転翼がTRPGの区分について1つ定義を提案しようと思います。

ジャンル:TRPGで取り扱う物語世界の全体像を区分したもの。
(ファンタジー、SF、現代伝奇物など)

カテゴリー:TRPGの特定ジャンル、あるいはジャンルを問わず、物語のテーゼを区分したもの。
(ライト、ダーク、コミカルなど)

レーベル:TRPGをデザインしている組織・集団によって区分したもの。レーベルが提起した遊び方が準拠される場合でも用いられている。
(グループSNE、F.E.A.Rなど)

ブランド:特定のデザイナーによって区分したもの。
(鈴吹太郎、井上純弌など)

スタイル:TRPGのジャンル、レーベルを問わず遊び方の方向性によって区分したもの。Charles Ryan氏のような区分法はあれど、明確な区分ができていない場合もある。
(パワープレイ、キャラクタープレイ、ストーリーテリングなど)

 こんなもんですかね。
 この定義でいけば、「F.E.A.Rレーベル」と云えばF.E.A.R社製品を総括した呼称になるし、その中に「鈴吹太郎ブランド」「井上純弌ブランド」と細分化され、さらに鈴吹太郎ブランドの中に『トーキョーN◎VA』、『ブレイド・オブ・アルカナ』と個体作品が細分化されることになります。
 なおかつ、『アルシャードff』、『ブレイド・オブ・アルカナ』、『アリアンロッドRPG』を並列することで「F.E.A.Rファンタジー」というジャンル呼称ができますし、これに他者のファンタジー作品を足して総体としてのファンタジーという呼称ができます。
 ハンドアウトやシーン制、PC枠と云ったF.E.A.R社が中心としているシナリオ運営技術を採用している作品を総じて「F.E.A.Rスタイル」と呼称することだってあります。おそらく、一番用いられているのはこの定義ではないでしょうか。

 細部に亘る定義は間に合わせのBlog記事では済まないでしょうし、曖昧な日本人の口には合わないかもしれません。だが、鵺のように曖昧なままで語られているF.E.A.Rゲーという存在をちょびっとは区分できたかと思います。


 ちなみに
タグ:TRPG F.E.A.R
posted by 回転翼 at 09:01 | TrackBack(1) | TRPG雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月17日

肉弾と楽団 〜BLIND GUARDIAN最終公演感想〜

 BLIND GUARDIANのファンは他のハードメタルファンとは一味違う「何か」を持っています。
 ヲタクくさいんです。
 TRPGなどのファンタジーなサブカル界隈での評判が高いブラガですが、コミケなどでもブラガTシャツを着ている人を散見しますし、やはりヲタクとの親和性が高いバンドなのでしょうか。
 つーか、StratovariusとかSonata Arcticaとかの公演でも似たようなもんだったしなぁ。ハードメタルってひょっとして純度の高いヲタク業界……?

 そんなわけだかどうだかで、今日は2月13日、SHIBUYA-AXにて開催されたANGRA&BLIND GUARDIANライブの感想です。この日が日本公演最後の日でした。

 SHIBUYA-AXはC・Cレモンホールと違ってスタンディング。それ故仲間たちにも予約は早くするように厳命したのですが、それでも300番台半ばでした。200以前の人は先行予約の人たちなんですかね。
 スタンディングとなれば、当然ながら先に入れた人ほどステージに近いかぶりつきな場所に陣取れるわけでして。僕も仲間も適当に陣取っては呑気に雑談なぞをしてたわけです。

 侮っていました。
 今回はブラガが先行。オープニングの『War of Wrath』が流れるや100人単位の肉弾が一斉にステージに殺到。結局仲間とも引き離され、かぶりつきな場所で肉布団に包囲されて身動きままならぬ状態に陥りました。
 
 ハンズィ、顔しか見えない。
 いや、後退した頭部まではっきり見えてしまったのだからそれはそれでいいか……?

 結局、前半のブラガだけで相当の体力を消耗してしまった僕は休憩になるやかぶりつきから離脱。いやはや、齢には勝てない。

 つーか、ブラガのライヴは歌うからね。ANGRAファンの方々にはさぞかし奇異な連中に見えたことでしょう。
 やっぱヲタクくさい……?


続きを読む
posted by 回転翼 at 09:01 | TrackBack(0) | よしなしごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月11日

ルールにはないルール 〜TRPGの物語は敷居が高い〜

 紅茶檸檬さんとこのBlogで見たアライメント診断を受けた結果、僕はカオティック・イービルとのこと。薄々気付いていたけど、改めてお前はデモイックだと言われると妙に納得がいきます。確かに首ナイフ問題など、TRPG系Blogで悪と混沌を広めることに加担してるし。

 今日は「システムの簡略化はGMの負担を減らせるのか」というお話。

 TRPGは慢性的なGM不足です。
 これはGMがゲーム運営、裁量、シナリオ運営、プレイヤー間の仲介と仕事が多いこと、把握すべき情報量が非常に多いことなど、総合的に「敷居が高い」のが原因とされています。

 ならば簡単なシステムにすればいいのでしょうか。
 煩雑なデータ、再確認が容易ではない数値修正、時間と手間がかかる判定、面倒な計算、余計な記述箇所……そういったTRPGを「時間と手間がかかるもの」たらしめるものは、何かあるごとに生き字引のようにシステムを読み解くよう要求される分、プレイヤー以上にGMに負担のかかる存在です。

 そういったものを廃し、GMが一々ルールブックをプレイ中「再検索」することがないよう、憶えやすいスリムなものにすればきっとGMの負担は減り、その敷居は大きく下がるに違いない……。

 ほんとかしら。

 実の所、TRPGのルールは戦闘に使うルールが8割で、その前提としての判定システムを足せば一応用が足せるようにできています。元々はウォーゲームの派生なのだから、戦闘以外は雰囲気付けたる刺身のツマでも良かったわけで。

 だから戦闘をしなければTRPGはとってもシンプルなものになります。
 戦闘を楽しむために作られたゲームで戦闘しないで遊ぼうねというのは頓珍漢な話。だけど、TRPGはラノベ誌などからリプレイ小説を通して参入者を集めている経緯もあって、ファンタジーの語り部会ができる物語再現装置としての役割を期待して参加してくる人もいたわけです。そういう人たちにとって、TRPGはリプレイ小説のようにおしゃべりができることが第一であって、シミュレーションゲームの真似事をする気などさらさらありません。

 されど、無軌道な放談では彼らの期待する「物語」など脱線するばかりですから、次第にシナリオ運営技術が「ルールにはないルール」として育まれるようになりました。現在においてはF.E.A.R社のハンドハウトや『Aの魔法陣』の物語運営システムとして、「時間と手間がかかるもの」の中に組み込まれることがごく当たり前になっています。

 昔はTRPGにとって物語はおまけでした。
 だからシステムとしてはスカスカで、そこはルールなんかなく好きにお喋りしてればいいものでした。だけど、ラノベにしろゲームブックにしろ、ただのお喋りより1ランク上の「物語の精度」を求めるようになって、ただのお喋りが一転、アドベンチャーゲームばりのシナリオプロットとゲームブックばりの描写、ラノベばりのキャラクター、挙句は演劇ばりの演技まで貪欲に物語の裾野を広げたせいで、「ルールでないルール」であるシナリオ運営技術がどんどん必要になり、結局は「審判&ルールブックの生き字引」という従来のGMとは別のところで負担がかかるようになりました。
 
 要は、審判と生き字引としての努力が必要だったGMに、さらに吟遊詩人と議長の役目をプラスしたのが現在のGMということです。
 なるほど。敷居が高いわけです。

 結局、1ランク上のことを要求すれば自ずと技術が堆積して、気が付けば敷居の高いルールがまた出来上がるということなのでしょうか。

 戦闘が存在意義であるがために戦闘システムに偏重しているTRPGにおいて、戦闘が主体ではない遊び手が戦闘以外のスカスカで負担のかからないところで遊ぼうとした。だけど色々要求を高めていくうちに、物語も存在意義となって、物語が存在意義であるがために物語システムも戦闘システム同様の存在となった。
 
 もしTRPGがまた敷居を下げるべく、負担のかからないスカスカの新天地を見つけるとしたら、「戦闘をしない」というのと同様に「物語をしない」ということにも着手しなければならないのかもしれません。
 『Aの魔法陣』は物語作りをプレイヤーに委譲することですでにその道に入っていますが、物語の負担を大幅に削減するならば、いずれはシナリオ作成の意義がまったくないTRPGすら登場するかもしれません。  
タグ:TRPG
posted by 回転翼 at 09:01 | TrackBack(1) | TRPG雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月03日

努力したってアテが外れればくたびれもうけにもなるさ 〜BLIND GUARDIANライブ感想〜

 世の中、期待して特訓したのに役に立たなかったことってありますよね。
 今日はそんな話。TRPGの話ではないです。

 今日は、はるばる渋谷、C・Cレモンホールにて開催されたANGRA&BLIND GUARDIANの合同コンサートに行ってきました。ご存知の方も多かろうかと思いますが、BLIND GUARDIANは『指輪物語』などのファンタジーを題材にした歌で有名なハードメタルのバンド。TRPG界隈にもファンは多くいます。僕自身もTRPG仲間から教えられてファンになりました。

 今回は新譜、『A Twist in the Myth』発売から約半年ということもあって期待感大。仲間を誘って喜び勇んで会場入りしたわけです。
 しかし、僕はANGRAの方……こちらも有名なブラジルのメタルバンドです……に関してはほとんど知りません。メタル系バンドともなれば、どこのバンドも歌詞冊子の解説文に、「○○との合同ツアーを経験」とか書かれているわけで珍しいことじゃないんだろうけど、その片方を知らないってのはちょっとマズいんじゃないですかねと思ったんです。けど、ANGRAも歴史あるバンドなだけに出してるCDも数が多くて、どれを聴けばわからずじまいでして。

 そんなわけで、コンサートの前半はひたすら初視聴。
 ANGRAの皆様方、そしてANGRAファンの方々には誠に申し訳ありません。
 1から勉強します。

 ……さて、申し訳ないですけどここからは後半、BLIND GUARDIANの感想に入りますけど、具体的な曲目まで触れます。一種ネタバレになりますので、これからツアーに参加される方は「続き」以降は秘するが華です。

 今回は初のホールによる観賞ということもあって、ライブ感にはいまいち欠けるところがありました。やはりメタルはライブハウスで聴くのがいいと僕は思います。それでも、久しぶりにBLIND GUARDIANの生を聴けて満足しています。
 もう帰るのがキツくてキツくて……。
 
 そんなわけで、2月13日、SHIBUYA-AXにて観賞される方、会場には僕もいますのでよろしくです。
 

 続きを読む
posted by 回転翼 at 09:01 | TrackBack(0) | よしなしごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。