TRPGにおける上達モデルをただ今構想中です。
骨子はTRPGを楽しめるまでの5つの関門 〜欲求の複雑さのランク〜で示した欲求段階説です。まずは原始的・動物的欲求を満たすことから始まり、そこから人間感情的欲求、群体的欲求、社会的欲求、超人的欲求へと段をおって身につけるのがいい上達方法なのではと考えたわけです。
すでにお分かりの人もいるでしょうけど、元ネタはエーブラハム・マズローの自己実現理論です。僕は自分が用いたい環境の中、自分の言葉で語れない限り学説の引用は控えるべきだと考えていますので、マズローに関しては参考としてのみ留めておいてください。
さし当たって、図式はこのようになるかと考えています。
Lv1:ゲームの参加者として「動く」欲求
Lv2:ゲームの参加者として楽しみを享受する欲求
Lv3:ゲームを共にする仲間への集団帰属の欲求
Lv4:ゲーマーとしての実力を認められ、尊敬を受けたいという欲求
Lv5:ゲームを通して夢や可能性を追求し、創造的活動や自己の成長をしたいという欲求
野球で喩えるならば、ボールやバットをいじる喜びから、野球選手としてゲームを全うする喜び、チームとしての一体感を得る喜び、名選手としてリスペストを得る喜び、そして道の追求者としての精神的境地を悟る喜びへと、欲求の段階があるということです。
んで、この欲求段階説には法則が1つあります。
それは、「低レベル欲求を満たさぬまま、高いレベルの欲求を満たそうとするならば、そのレベル差があればあるほど、対象の本質を見失う」ということです。なぜなら、レベルが上がるごとに欲求の内容が抽象的・観念的なものになるからであり、抽象的・観念的なものは触れない、体感できない、実体として認識できないものだからです。 それが過ぎれば「妄想」となります。
キャッチボールも満足にできない人が名選手になる夢を見ても滑稽なだけですし、ましてや自分の野球人生を顧みようとするならば、「大したことね〜」と挫けるだけだと思います。
何事も基礎が大事。基礎ってのは物事の最も原始的な要素なのです。
ではTRPGにある原始的な基礎って何なのでしょうか。
実の所、TRPGがゲームなのか否かということすら曖昧模糊としている現状だと、かなり抽象的・観念的な欲求に走り過ぎていると僕は考えています。妄想でしかTRPGを語れないというのであれば、それは廃人環境であると云えましょう。いい環境とは云えません。







