2007年06月28日

両翼を失う 〜クリス・ベノワ訃報〜

 今日はWWEの話。
 この写真を見てください。

benoit.jpg

 これは2004年4月に開催されたレッスルマニア20終了後、次に開催されたRAWにおいて入場するクリス・ベノワ選手を撮影したものです。観客席から撮った写真ではよく分からないんですけど、前日のWM20にてベノワはHHH、ショーン・マイケルズとの三つ巴戦を制し王座を獲得したばかりで、腰には世界ヘビー級王座のベルトを巻いています。
 WM20はプロレスの聖地、マジソン・スクエア・ガーデンで行われた記念興行でした。そのメインを勝利で飾ったベノワは、親友であり同日SMACKDOWN王座(WWE王座。WWE
は当時2リーグ制で王座も2つあった。現在は3リーグ)を防衛したエディ・ゲレロと抱擁する感動のフィナーレを見せてくれました。

 ちなみに、これは翌々日に行われたSMACKDOWNでのエディ。

eddy.jpg

 この両名、いずれも日本のジュニアヘビー級を牽引した名選手であり、小柄ながら磨きぬかれたプロレスを魅せる本物として日本のプロレスファンにとってはとても評価の高い選手でした。
 だが、以前お伝えした通りエディは翌年に死去。

 そして、今月22日に……。

 クリス・ベノワ死去。

 40歳。
 無理心中だそうです。

 言葉もありません。
 翌日の写真を掲載しているということは、当然ながらWM20もはるばるニューヨークに行って観戦しました。あの紙吹雪が乱舞する現場に僕はいました。マジソンは照明が薄暗く、写真はほとんどがピンボケでした。つーか、ラストは紙吹雪で撮影不可能でしたけど。

 言ってしまえば、この僕がWWEを観てたのもこの両名が好きだったからであり、この2人が観たいがためにアメリカくんだりまで行ってしまったわけです。
 もちろんTRPGも買い漁りましたけど。

 その両翼を失ったわけで、これから先WWEを観続けるかどうか定かではありません。今はもう知らない選手ばかりで。

 クリス・ベノワ選手のご冥福を心よりお祈りします。

 そして、馬鹿野郎……。

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2007年06月23日

TRPGファンにも聴いてもらいたいメタル入門曲

 Sonata Arcticaが新譜出した。7月に来日公演。
 Korpiklaaniも新譜を出した。9月に来日公演。
 Kamelotも新譜を出した。来日するかは知りません。
 Dream Theaterも新譜を出した。ライヴは行ったことないです。
 Linkin Parkも新譜を出した。去年来たから、今年はないかも。
 Rhapsodyもライブ版出した。ライヴ行きたいよぉ。

 ……日本の歌、聴いていない。アニソン以外は。

 つーか、日本のTRPGファンはもっとHM聴くべし。
 Blind Guardianの『Mirror,Mirror』、Sonata Arcticaの『San Sebastian』、Rhapsodyの『Emerald Sword』の3曲を熱唱できる人なら喜んでPC枠1を与えましょう。もうずっとお前のシーンでいいです。

 ……まぁ、そんなこったで最近サボってます。
 すいませんね。
 
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2007年06月14日

TRPGの三方一両損 〜欲求の妥協点としてのTRPGのハイテク化〜

 
 何年も前の話になるのだが、『ブルーフォレスト物語』で停戦協定に出向いた姫様が戦争継続を願う政商の手に捕まったので救助するってシナリオを作ったんですけど、誰もその依頼に賛同しなかったって展開がありました。
 
 PC衆の立場から考えれば、一介の冒険者に過ぎない身分としては戦争は飯の種として重要なことであり、停戦なんてとんでもないというのがその理由でした。中には1人ぐらい偽善者ぶって平和のためにと反戦運動家めいた言動を取る人がいるかと思ったけど、1人もいなかったのが当時としては不思議なことでした。

 それ以前に、依頼を断れば物語が伸展しないわけで、このメンツはゲームを放棄して一体何が楽しいんだかさっぱり分かりませんでした。
 だが、後でディスカッションをして、TRPGがインタラクティブな物語を楽しむゲームならば、依頼に難色を示すという行為にも物語的な意義があり、依頼を断った先にも物語が展開されてもいいのではないかという意見が出てきました。
 このメンツはリプレイやライトノベルからTRPGに参入してきた人ばかりで、TRPGを物語再現装置として捉えているから、キャラクターを動かす動機を物語上の役割に求めていたのです。これに対して、ファミコンなどのゲームメディアの延長として始めた僕はゲームクリアを楽しみの最上級にしていたので、依頼内容なんか名目に過ぎなかったわけです。
 目の前にゲームをちらつかせれば、ゲームを楽しむという目的のために躊躇せず飛び込むものだと思い込んでいたのです。けど、物語を楽しみたいという人の動機はあくまでも自分たちを登場人物に仕立て物語の再現であり、そこらへんでモチベーションの違いが明確に出たわけです。『ブルーフォレスト物語』はどちらかと云えば物語再現装置として楽しむゲームなので、僕の方が少し勉強する必要がありました。

◆◆◆

 ゲームを楽しむ動機は人それぞれあって、とみにプレイヤーとGMとの間で違いがあると色々厄介なものです。単純に「ゲームプレイ」と「物語再現装置」との違いにしても、お互いがより高等なゲームや物語を期待してたりすると、その埋め合わせに時間を食ったり、上手くいかなければそのまま分からずじまいになったり、衝突したりもします。

 これまでは、どちらかが引き下がることで調整してきたわけで、ゲームシステムごとにこれはゲームプレイ中心だ、これは物語中心だと割り振っていたんですけど、それでいいのかなと僕は思うんですよ。
 僕すらすれば、F.E.A.R社のゲームは一見物語中心に見えるのですが、その実は明確なゲームクリアの観念が存在するゲームプレイ中心のTRPGでもあるように見えます。物語派としてはシーンアクトによって物語の演出ができる反面、全体としては王道展開に従わなくてはならない。ゲームプレイ派としては、フェイズによってゲーム目標が明確に示された反面、狡知によってゲーム展開を有利にすることは難しくなった。GMとしてはプレイヤーを誘導しやすい反面、逆にプレイヤーを放牧することができず、絶えず管理下におく必要がある。

 云わば三方一両損的な作りをしているのがF.E.A.R社のゲームなのかもしれません。全員がある程度欲求を我慢する仕組みなのかなってことです。

 僕としては、そんな高等なテクニックや物語、セッションハンドリングをこなすべくハイテク化したTRPGばかりではなく、もっと原始的な欲求……奔放にキャラクターを動かし、シナリオを肴に語り合う程度の欲求に応えられる低欲求・低モチベーションなTRPGもほしいところです。

 云ってしまえば、世界を救わなくてはならないなどという物語のストレスや、シナリオを解いて迷宮を踏破し戦闘に勝たなくてはならないというゲームプレイのストレスを耐え忍ぶだけがTRPGではないのではと思うのですよ。 
ラベル:TRPG F.E.A.R
posted by 回転翼 at 09:01 | TrackBack(1) | TRPG雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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