2007年07月23日

亡霊に囲まれています 〜TRPGをやめることの意味〜

 SHIBUYA-AXにて催されたSONATA ARCTICAのライブに行ったら、KAMELOTやLINKIN PARKも今年来るそうで先行予約をしていました。なんてこったい。
 ライブの件は次の機会にでも書くとしましょう。

 今日はTRPGをし続けるが上の苦悩と苦痛の話。

 TRPGとて所詮は娯楽、遊びであり辛くなったら止めたらいいとはよく云われる言葉です。だが、いざ止めるとなると今まで培った人脈・交友関係をも切らなければなりません。趣味で培った人脈など薄いものでして、2〜3年経ってまた始めようかという時には、かっての仲間はみんなバラバラ。音信不通はおろか本名すら知らないまま付き合っていたものだから、そのまま永久の別れとなることすらザラです。
 TRPGという趣味自体を続けるか止めるかよりも、そういった別れをしていくことが辛い。
 TRPGはソリティアではないのだし、飽きたり疲れたりしたら物置にしまっておけばいいものではない。CRPGは筐体やメモリーが壊れない限り何年も待ってくれています。だが、TRPGは人と人とのやり取りがすべてです。TRPGを止めても時間は止まってくれません。その合間に仲間たちはどんどん離れていってしまいます。

 いつでも過去と同じように再開できるのなら、TRPGは所詮ゲームと言い切れましょう。だけど、いつだって昔と同じようには再開できないのがTRPG。世代が違う、好みが違う、経験が違う……再開するたびに新天地で一からプレイ環境を再構築しなければなりません。
 その事自体は苦痛ではないんですけど、お互い知り合っていく努力の中で、またこうして知り合った人とも別れていくものだなという寂しさが、100人単位の別れを経験した僕にはいつも付きまといます。

 過酷なんでしょうかね。僕が歩んだ道は。
 
 そうした別離の悲しさ、自分だけ取り残されたという寂寥感を乗り越えなければ、10年20年とプレイし続けるなんてことは到底できる相談ではないのかもしれません。
 積み重ねた時間を顧みれば、TRPGは遊びでもゲームでもなく、まさしく「選んだ青春」であったわけです。
 
 僕は国産TRPGの8割以上、海外TRPGも何作も持っていると自負している者ですが、その半数以上は僕と同じようにTRPGに苦悩し、挫折して去っていった「かつての仲間たち」が形見として譲ってくれたものです。
 そういうものに囲まれて生活してると、残存思念とか亡霊とかを感じざるを得ません。
ラベル:TRPG
posted by 回転翼 at 09:01 | TrackBack(0) | TRPG雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年07月17日

大変な三連休でした

 こちらは、せっかく書いた記事が投稿できず困っています。
 この記事が投稿できれば、該当記事の書き方に問題があるのでしょうけど、正直分かりません。

 読者の皆様にはご迷惑をおかけして誠に申し訳ありません。

追伸:今になって「操作が完了しませんでした」とダメ食らったのが大量に吐き出されていました。1つにまとめました。どうもすいません。
posted by 回転翼 at 01:36 | TrackBack(0) | 更新情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

いつ、どんな段階でどのシステムを学ぶか 〜TRPGのルール習得の段階〜

 TRPGはアナログゲームですから、ルールのすべてを人の手で使わなくてはなりません。最近のCRPG攻略本ほどではないけど、ゲームの設定資料集程度はある分厚いルールブックを読み解く必要をプレイヤーに求めています。
 実際には、何かゲームが出れば持ちゲームとしようとする人がまず把握し、その人がGMとして教導役をしてくれるわけで、TRPGの基本的な流れを知っている人なら問題なくプレイできるわけです。
 だから、好きなゲームでもルールをよく把握していないプレイヤーってのがTRPGでは当たり前になっています。コンシューマーで云えば「ぬるゲーマー」に相当する人たちですけど、TRPGはゲームの良し悪し以前に遊び手の良し悪しにゲームの面白さがにじみ出る性向がありますから、いい仲間と適度に練られたシナリオがあればいいプレイと見なされます。  
 
 それでは、TRPGは特にルールを覚える必要のないゲームかと云えば、それは違います。TRPGは経験を積むほど「やりたい事」が増えるわけで、それを叶えるために自ずとシステムを研究するようになります。
 今日は「いつの段階からTRPGゲーマーはルールを覚えようとするか」です。

◆◆◆

 まずは上達段階レベルから見たゲームへの興味具合です。TRPGの遊び手はどの段階でどんなことに興味を示し、熱心に活動するのか考えてみました。
 僕の考えでは、ざっとこんなものです。

Lv1(入門者):TRPGの基本的な流れ
Lv2(初級者):物語に参加し、自己の創作物を披露する
Lv3(中級者):該当TRPGで達人的なキャラ作成、ゲームプレイをする
Lv4(上級者):物語の完成度を高める
Lv5(伝道者):TRPGで味わった楽しみを伝道する

 TRPGで本格的にルールを覚えようとするのは「Lv3:ゲームを共にする仲間への集団帰属の欲求」を求める中級者以降であると僕は考えます。
 Lv2とLv3との間にある遊び手の意識の変化として、TRPGの社会化があります。Lv2の段階ではまだTRPGは「自分のやりたいことをやりたい」という個人的欲求を叶えるための道具です。だが、Lv3になる遊び手はパーティを組む仲間との連帯意識が芽生え、仲間やGMとの調和を重んじたチームプレイの楽しさを求めるようになります。
 そうなると、「チームのために役立ちたい」とか「チームの中で確固たる重要性が欲しい」という意識が働き、そのためにそれまでは自己表現の履歴書に過ぎなかったキャラクターを他者から評価を受けるべく、該当ゲームで有能なキャラにすべく強化していくようになります。
 
 逆に、「Lv2:ゲームの参加者として楽しみを享受する欲求」の段階では、システムを覚えようという意識はLv1から上達した段階からひとまず停滞します。
 この時期はむしろロールプレイに関する演技や表現、シナリオを読み解く物語の技術、パーティでの和の取り方など、パーティゲームとしてのコミュニケーションや自己表現といったシステム以外の要素に比重が行くからです。

◆◆◆

 次に、melmma!時代に示したTRPGシステム要素の概略図から、どの段階でとのシステムを覚えていくのか見ていきましょう。すでにmelma!時代のコラムは消えてるかもしれませんから、ここで概略図を再掲載します。

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◆RPGを構成するシステム要素

 TRPGは基本的に、「基幹システム」、「状況再現ルール・設定」「世界観設定」の3種によって構成されている。


【基幹システム】:ゲームを運営する最低限のシステム。ゲーム中に誰もが行う行動を判定する「一般判定システム」や、誰もが、「どんなゲームでも変わらぬ醍醐味」だと認識している要素に関する「基本状況再現ルール」の2つが基幹システムの中身である。なお、「基本状況再現ルール」のもっともたる具体例は戦闘システムである。

【状況再現ルール・設定】:そのゲームの世界観によって起こりえる(他のゲームでは発生しない)様々な特色ある状況を再現するためのシステムやお約束。『クトゥルフの呼び声』での正気度とか、『スペオペヒーローズ』のヒーローポイントなど、ゲームの特色を再現するルールが多く、他のゲームに持ち込める互換性に乏しい。

【世界観設定】:シナリオを構築するための資料。多くの場合、基幹システムとは別箇に製作されている。状況再現システムを作る思想基盤となっていることが多いが、逆に際立った特色のないRPGでは状況再現ルールも少ないだけに淡白な作りになることもある。

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 TRPGシステムは要約するとこの3種に分類できます。

 すべてのプレイヤーがまず覚えるのは、「基幹システム」のうち、「一般判定システム」です。一般判定システムはTRPGで使用するダイス・トランプといったランダム発生要素……コンシューマーにとってのジョイスティックの使い方を体現したシステムです。これを覚えなくては、TRPGをプレイしているという感覚が湧きません。

 「基幹システム」のうち、「基本状況再現ルール」はLv1〜Lv3までの間に習得していきます。例えば戦闘の場合、Lv1はコマンドを明言する状況判断を、Lv2は「見せ場」の中でいかに自己をアピールするかという自己にとっての有効手を、Lv3はチームプレイの中での有効手を習得し、ようやく完成します。

 「状況再現ルール・設定」は「これを使えばゲームで数値的有利が得られるルール」と、「これを使えばゲームに活気が出たり、楽しみが増えるルール」の2種類あります。前者はLv2〜Lv3、後者はLv3〜Lv4が習得します。
 後者の方は『クトゥルフの呼び声』の正気度のように、win-loseのゲーム上では不利に働くシステムなのに、happy-unhappyの関係ではloseになった方がhappyになる反比例した性質のシステムです。こういったシステムは悲劇を題材にした物語を扱った、win-loseを第一目的としない物語再現装置の色が強いゲームにTRPGなどに使用されます。

 最後の「世界観設定」は少し特異なシステムで、ゲームで行使するならLv43〜Lv5といった上級者、伝道者が覚え、その使用用途のほとんどがGM技術です。だが、TRPG入門者がまず興味を示すシステムがこの世界観設定なのです。
 世界観設定はここではシステムの一部としていますが、大抵が設定資料であり読み物です。ともすれば付属品として軽視される要素ですが、一番の役割はゲームプレイ以前にある「ゲームを楽しもうとするモチベーション」を作成する道具であり、コンシューマーゲームと違って「操作感」に乏しい……基幹システムの単純行為にさほど肉体的快感を得られないTRPGに「魅力」という精神的快感を与える重要なシステムであると僕は考えています。

◆◆◆

 ここまで、遊び手の欲求段階やTRPGシステムの役割から、習得の具合を論じてきました。
 だが実の所、いかなる上級者、伝道者であろうとTRPGのシステムを完全に覚える必要というのはないのかもしれません。なぜなら、TRPGは複数の遊び手が助け合いながらプレイするものですし、最終的にはパーティの総体として「どんな楽しみ方がしたいのか」という点のみに絞ったシステムのみ機能していればいいのです。
 
 本当の意味で、システムのすべてを諳んじる必要があるのは、せいぜいデザイナー側にいるデバッガー程度のものでしょう。
ラベル:TRPG
posted by 回転翼 at 01:28 | TrackBack(3) | TRPG雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年07月08日

TRPGのWIN-LOSEとHAPPY-UNHAPPY 〜TRPGの裏で影響しているパーティ要素〜

 
 TRPGは「勝敗がないゲーム」と最初に云った日本人は誰だか僕にも分かりません。ただ、『D&Dがよくわかる本』にて黒田幸弘氏も明言しているので日本TRPG初期(新和版D&D発売時を基準)においてからそういう論説は存在していたようです。86年発売当時はRPGはおろかソリティアゲーム(1人遊びゲーム)自体がマイナーな存在であり、プレイヤー間のwin-loseの関係から離れた形式のゲームを出すのには先進性に問題があったのかもしれません。ましてや、D&Dを売り込むメインの購買層たるウォーゲーム愛好家たちは競技性の高い……win-loseの格付けに厳格なゲームを好む人たちです。彼らに対し、「勝敗がない」と明言することは曖昧な表現で遊び方を誤解されることを防ぐ効果が期待されるわけだし、悪くない手段ではあっただろうと思います。


 だが、ミニチュア・ウォーゲームから派生した『D&D』は単にプレイヤー間の競技ではないのでプレイヤー間による勝敗の位置づけがないというだけで、プレイヤーvsDMによる競技になる可能性も孕んでいました。おそらく、自由度の高いTRPGは製作過程において『ディプロマシー』のように狐と狸の化かし合いになる「荒れた」プレイが頻発したのでしょう。新和版D&Dのダンジョンマスターズハンドブックにも、プレイヤーはモンスターと戦っているのであってDMと戦っているのではない、唯一の目的は楽しむためにあるのだからと強調してあります。
 実の所、D&Dはプレイヤー間の勝敗はなくとも、「生き残るor死ぬ」と云う点でwin-loseの関係は残っており、しかも大局的には楽しむことが目的という大前提があるだけに誰もゲームの成否を断ずる存在がなく、裏面にある「勝った気分」「負けた気分」だけが残るわけです。

 この時点でTRPGが売りにしてきたwin-winの関係というのはゲームがシステム的に保証しているものではなく、遊び手の相互理解によって発生する、ジャッジメントとは別の役割であったことに気付くべきであったのかもしれません。「TRPGに勝敗はない」とは明確な勝者敗者の格付けが目的のゲームではないというだけであって、誰もが平等に勝った気分を味わえることではないのです
 さらに、皆で楽しむという大前提によってwin-loseの形式は表面上はなくなったが、経験値配分などによる活躍の評価査定、死によるゲーム脱落などによってwin-winの形式は否定されており、実際にはhappy-unhappyの関係に転化しているわけです。

 TRPGにだってうまくいかなくてマズい思いすることがある。

 「TRPGに勝敗がない」という言葉はそれを伝えきれなかった感があります。TRPGがウォーゲーマーだけの狭い層に受け入れられたマイナーゲームだったら、大した影響がなく浸透したかもしれません。
 だが、D&Dと同年に発売された『ドラゴンクエスト』によって想定外の層にRPGの存在が知られました。ドラクエは完全にloseのない「好きなペースで進める双六」めいた形式のソリティアゲームであり、多くの人がこれをRPGだと認識したが上にTRPGに触れています。さらにTRPGがライトノベル誌やゲーム総合情報誌にリプレイによって売り込みをした経緯から、ゲームとは無縁のライトノベル愛好者たちもTRPGに参入してきました。
 要するに、日本におけるTRPGの発展は想定外の層が参入してきたからに他ならないのです。彼らはウォーゲーマーなら弁えているであろうwin-loseまの形式……競技ゲームの実態を十分に把握しておらず、むしろ物語再現装置としてのTRPGを望んでいました。
 
 物語再生装置としてのTRPGはいわばライヴであり、ファンが集まる以上happy-happyの形式が自然です。

 TRPGがwin-winではなくhappy-unhappyであることに無自覚だった人たちは、このhappy-happyが目的で参加してきた人たち相手に失敗を重ねることになります。ウォーゲーマーたちが自然に受け入れていたwin-loseはビデオゲーム・ライトノベル出身者たちには異文化であり、「負けは仕方がない。これがゲームだ」という常識は、happy-happy目当てで参加した人にとって「楽しみを奪った」ことになります。

 だが、loseは結果ですから覆すことはできませんけど、unhappyはあくまでも心象ですからゲームとは関係ないパーティの参加者同士として庇い合うことは可能です。「今回のゲームは芳しくない結果だったけど、僕たちはゲームを楽しめたのだからいいではないか」と宥める技術が生まれ、そして必要とされてきました。
 これがゲーム管理者/ゲーム競技者、ストーリーテラー/ゲーム演出者に続く第3の役割であるパーティ主催者/参加者の骨子であると僕は考えています。
 
 ゲームに成功し、シナリオに成功すれば勝手知ったるゲーマー同士……すなわち身内同士ならうまくいきます。だが、ヨソからのゲストを交えた「外に開かれた」活動としてTRPGを位置づけたいのであれば、パーティとしても成功しなければなりません。主催者側はもてなしの心を、参加者側も楽しみ方とマナーを心得なくてはなりません。
 
 最近、『アルシャード・ガイア』のサプリメント、『エブリデイ・マジック』に掲載されたシナリオクラフトのシステムが、製作者側が目指している「いきなりセッションがやれ、単発でもキャンペーンでも思いのまま、気の合う仲間が集まればGMなしでも遊ぶことができる」システムであるのか、やや否定的な立場から注視しています。

 僕が理想とするGMなしでも遊べるTRPGとは、コンベンションだけではなく、それこそ何か遊ぼうかという仲間がいれば嗜好・経験を問わず、とにかく集めるだけでプレイが可能。GMはジャンケンで決めて、TRPG未経験者が請け負っても問題なし。そして、短時間に参加者全員がTRPGの基本的な流れ……空気を読めて、いち早くゲームを楽しみ合う環境を構築できること、しかも経験者の熱意ある教導を必要とせずに。
 云わばTRPGのパーティゲーム性の強化です。

 その点を弁えると、シナリオ作成と運営に関する手法であるシナリオクラフトは従来のGM課業への補助輪であり、そこには「気の合う仲間」の存在が不可欠になるでしょう。それこそ、全員がTRPG未経験者で初見の間柄でもプレイ可能だとは信じられません。
 『エブリデイ・マジック』にしても未経験者が学習する目的で使用するのもよしと云っているであって、未経験者でもhappy-happyになれるとは書いていません。そもそも、学習を受け入れる未経験者・初心者は「入門者」(F.E.A.R社が想定している初心者)であって、ただどんなゲームか経験してみたいという「初訪問者」(僕が想定している初心者)とはニュアンスが違います。

 そこら辺が勘違いされ、このシステムさえあれば誰でもTRPGを主催でき楽しめるなどと喧伝されたとしたら、案外このシステムは失敗に終わるかもしれません。思わぬ層からの参加者が、思わぬ批判をしてくる可能性は「TRPGに勝敗はない」の語弊を見ても、十分ありえることです。

 TRPGは一部の物好きのみに知られているマイナーゲームだと捉えるのは早計です。『ナイトウィザード』がアニメ化される(TRPGではなく、エロゲ原作だと思うんですけど)ことですし、いつ想定外の層にTRPGが知られるは予測できないところがあります。

 某有名2ちゃんねるスレッド紹介Blogに、RPG風の運営をするコスプレ喫茶を扱ったスレが掲載されたのだが、2ちゃんスレやBlogコメントにも、驚くほどにTRPGを知っている人が書き込みをしており、それも該当コスプレ喫茶より好意的に見ているのを見て、TRPGの振興を目的として活動しているアマチュアとしてはまだ捨てたもんじゃないと勇気を与えられた思いです。
 だが、その評価に応えられる体制が今のTRPGにあるのか、一抹の不安があります。
 
 『ナイトウィザード』アニメ化はTRPGの名を再び世に知らしめる効果があるある反面、想定外の認知によって業界が荒れることも考慮しなければなりません。

 しつこいようですけど、『ナイトウィザード』はエロゲでもあるんですからね。それに、昨今のアニメはエロゲ原作のキャラクターエピソード集がハバをきかせています。
 現在のエロゲはビジュアルノベルと銘打った紙芝居が主流ですので、エロゲの骨子たる「キャラ萌えビジュアルノベル」の要領でTRPGに参入してくる人がいないとは限りません。

 そのとき、TRPGは正しくその本分を伝えることができるでしょうか。言葉の面でも、準備する必要があります。
posted by 回転翼 at 09:01 | TrackBack(2) | TRPG雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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