2008年05月25日

RSS広告につきまして

 Seesaaに新機能が追加されたそうです。

Seesaaブログ、機能強化と新機能追加のお知らせ

 記事のページリング(記事の上にある「次の記事へ」というやつ)や再構築の自動化など、何かと便利な機能がつく一方で、問題となっている機能もあるようです。

Seesaaを利用されているブロガーへ([玄兎庵 ; チラシの裏]さん)

 僕はTRPG系Blogの活動自体を知らしめるために、アクセス向上に努めることは悪くないという姿勢で活動しています。そのために方々にRSSを配信してたりします。
 しかし、そのRSSに広告を立てられるのは問題です。
 狭い趣味の世界で愛好者相手に活動しているBlogなもんで、アファリエイト活動に関しては厳しい見方をされがちです。せんだって、きまぐれTRPGニュースさんにアファ目的Blogに誤解されるかもと指摘したときも、指摘すること自体が残念な対応だという意見を戴いております。それぐらい過敏なことなのでしよう。

 そもそもTRPG系Blogで営利を得ることなど、誰もが絵空事でしょう。愛好者相手なのだからサイドにTRPG関連書籍のAmazon広告を載せたとても誰が買うわけではなく、まぁほとんどの人は装飾目的かと思います。僕もお飾りです。

 だが、ここでご報告しますと、この回転翼…、すでにルールブック1冊変えるほどのお金をSeesaaから戴いております。

 Seesaaには記事ごとにアファリエイト広告がつくキーワードが設定されます。別に消すのも面倒だからそのままにしてましたけど、実はこのキーワード広告で月100円前後、誰かが買い物をした月にはそれ以上の広告収入を戴いております。
 んで、今まで活動してきた年数は右にある通り…。

 許せ諸君。

 んで、アファリエイトはRSS広告も含めてしばらく様子見します。

◆:追記
 きまぐれTRPGニュースさんとこのRSSリーダー見たら、ひどい事態に。これはやはり歓迎するべきではありません。今後RSS広告は送らないことにします。
ラベル:RSS広告
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2008年05月24日

名を残さなかった先輩の後を歩んでいる 〜TRPGブロガーという者〜

 そろそろ鰻が食べたい季節なんですけど、名店と呼ばれる所でも中々理想的な鰻丼にありつけない。困ったものです。

 今日はTRPGゲーマー論を続けている僕のBlogらしく、TRPG系ブロガーの話。

◆◆◆

 TRPG系Blogは専門的な趣味の世界を扱う業界ですから、普通にTRPGのことを話題にしている分には、部外者の注目を得ることは稀でしょう。おそらく、閲覧者の多くが同じTRPG愛好者かと思います。

 そんなTRPG系Blogで活動しているTRPG系ブロガーは、良くも悪くもアマチュアの有志です。他の業界のBlogにならありそうな、業界関係者が専門的見識を開陳するエキスパートでもなければ、広く情報収集をしてニュースBlogとして活動しているミニコミでもない。
 読者と専門知識、経験、見識などどれもが大して差がない、人によっては読者の方豊富だったりする業界です。もちろん、読者など意識していない日記として話題にしている人の方が多いのでしょう。
 ほんと、草の根です。

 そんな業界ですから、ほんの1年ばかし博識ぶったりしても大した影響力など持てやしません。そもそもTRPGそのものが学生の間で広まったゲームであり、80年代の知識人階級的なヲタク文化の影響が色濃くあります。どこのサークルでも、博識を売りにする田舎名士めいた「先輩ゲーマー」がいて幅を利かせているものです。
 生半可な知識や経験を披露した所で、どこの馬の骨か知らない者に対する評価は冷淡なものです。好意的な評価をするべく活動している人もいますが、彼らの目も限界があります。

 そして当然ながら、人によって今まで培った環境、現在の環境、経験から培った価値観や今後への展望、すべてが微妙に異なるものです。意見や経験など違いがあって当然です。世慣れしていない人は、そうした境遇の違う人が下す評価の冷淡さに打ちひしがれ、静かにBlogを閉じていくものです。

 ほんとに読者に自分のこと伝えたかったら、3年は続けるべきです。3年活動すれば自分を取り巻く環境も変化し、尖っていた開始当初のモチベーション……誰しも、心置きなく喋る場を得れば、人目を引こうと思いっきり実社会の鬱憤話をするものです……も丸くなり、自然体に活動できます。読者の方も3年も経てば、自分がどのような奴か大体察することができるでしょう。
 
 さて、TRPG系ブロガーの多くが草の根の有志なのは冒頭でも云いましたが、まったく業界の注目を浴びていない日陰者なのかと云われれば、それも違います。
 TRPG系Blogは僕のような論考専門Blogも含めて、インターネット開闢以前から各地のサークルで、同人誌や機関紙などの形で行われていました。全国的な交流がなかった時代、多くのゲーマーがTRPGについて語り、論考を書いたものです。サークルの機関紙など読者は10人前後から始まるものですけど、それでも立派な言論活動でした。
 現在、TRPG系Blogを運営している人は、そうした執筆活動をしてきた名もなき有志ゲーマーたちの裔に位置する者たちではないでしょうか。
 彼ら有志ゲーマーの活動は非常に微々たるもので、数え切れないほどの記事が忘れさられたことでしょう。だが、かつて有志がいて、自分たちがその道を歩いている……それで十分ではないでしょうか。

 少なくとも、僕はかつてずっと背中ばかりを眺めるだけだった先輩ゲーマーとようやく肩を並べることができたのですから。
ラベル:TRPG
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2008年05月19日

なぜTORGは後が続かなかったのだろう…

 書棚の整理してたら、『TORG』のカードが破損してたのを発見しました…。
 予備がないので、今後のことも考えて自作することにします。
 
 それにしても、『TORG』は僕ら70年代半ばの『RPGマガジン』育ちの世代にとって黒船級のゲームでありましたが、後が続かなかったという感があります。翻訳ゲームですし、シリーズとして物語が完結してしまったというのもありますけど、あれほど影響力のあったゲームでありながら、その後のTRPG業界に痕跡を残さなかったのは不思議です。復刊,COMでも最上位の復刊希望作品だけに「使命が終わった」状態だとは思えないのですが、絶版になって久しいから知らない人も多いのでしょう。

 『異界戦記カオスフレア』が後継だと思ってた時期がありましたけど、ファンタジーにサムライを出す程度ではマルチジャンルと呼ぶのは少し違うのではと『TORG』を再読して感じました。活劇ヒーローが舞台によってはハードボイルドやホラーを否応なくプレイさせられる、ある意味暴力的なシステムあってこそのマルチジャンルというものです。

 なにより、TRPGにとって宿命的なまでに固定されていた「対抗判定を繰り返して管理資源〈HPなど〉を削りあう」という戦闘システムに初めて別のアプローチを示したという点において、『TORG』はTRPG史に不滅の痕跡を残したと僕は評価しています。
 
 『TORG』が示した戦闘システムは、戦闘中にロールプレイを推奨し、またそれを演技という自己表現を越えてゲームとして無理なく搭載しました。それ以前に毎回引くドラマデッキによって、刻々と変化する戦況を再現でき、プレイヤーたちはただ漫然と殴りあうのではなく、戦況に合わせて機を窺ったり策略を仕掛けたりする、物語としては盛り上がるけどバトルゲームとしてはムダな迷惑行為でしかない演出を可能にしたのは画期的でした。
 
 すなわち、それまで神聖不可侵だった戦闘ですら「演出」という物語再現装置の機能を搭載することが可能なことを作品だってことなのです。それまでTRPGの戦闘はウォーゲームの派生である立場を堅持し、『Chain Mail』以来変わらずミニチュアウォーゲームの基幹を継承してきました。どんなに物語だロールプレイだと提唱しても、権威で以て嘲うがごとく、ミニチュアウォーゲームの伝統ゆかしき戦闘がTRPGの主菜であり、最も充実したシステムが組まれてきました。

 残念ながら、その後のTRPG業界を見る限りでは戦闘システム自体を、デザインコンセプトに合わせて基幹から変えるという野心的な作品は見受けられないのではと思います。どのTRPGでも同じように「対抗判定によるHPの削りあい」に終始しているのではないでしょうか。対抗判定を有利にする数値修正のための技能・必殺技の類ばかりが充実している点も。

 なんでしょう。
 『TORG』は登場するのが早過ぎたゲームなのだったのでしょうか。当時でも何か言葉にならないとっつきにくさというものを感じていました。一部のコアなTRPG通のみが歓迎したのみで、やがてM:tGブームの嵐にひねり潰されたのではという思いを今も感じています。

 10年前とはTRPGを取り巻く環境も、遊び手の気質も違っている現在のTRPG業界において、『TORG』は再評価が必要な反省期入りゲームの最有力でないでしょうか。
 
 などと、期待を篭めてドラマデッキを自作する予定。
 
ラベル:TORG TRPG
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2008年05月11日

夢世界の双刃剣、現実世界の巨剣 〜TRPGにおけるデータの有為無為とムダ〜

 『ソード・ワールド2.0』がプレイできません。
 人気なのです。すぐ卓が埋まってしまいます。
 でもまだ暗中模索な状態の中、タビットで戦士キャラをやろうという馬鹿は僕1人でなかったことに喜びを感じました。

 今日はこの記事から。

 Origin of Complexity(Deck of Many Thingsさん)

 きっとアメリカの中高生の間では、two-bladed swordを選んだ子がきちんとGreatswordでpower attackを選択した子にこのスターウォーズかぶれめと馬鹿にされ、セッションでDMの手によって馬鹿を証明させられ苦渋を嘗めているのでしょう。
 
 んで、日本では同じことを大の大人がやるわけです。

 僕自身、Two-bladed swordを選ぶ子かGreatswordを選ぶ子かと問われたら、Greatswordを選びます。『D&D』はそれだけ油断ならないゲームであり、最適解で挑まないことには満足に生き残れないことを、何度もHPを0にすることで学習しています。プレイヤーとして席を並べるならば、戦友諸兄にはできる限り最適解できてもらいたいです。

 それでも日本人TRPGゲーマーとしての僕は、敢えてTwo-bladed swordを選ぶ子を応援したい。DMとしても、その子を歓迎したいです。

 だって夢があるじゃん。

 同様に、Two-bladed swordなど最適解ではない武器や魔法、特技や各種設定にもそれを単なるムダと切り捨てるのは忍びない。誰もが判を押したかのようにGreatswordを持ちpower attackを選ぶ環境に何の夢があるのでしょうか。ウォーゲームに先祖帰りなのか、M:tGへの憧憬未だ醒めずなのか。
 『D&D』自体がファンタジーの聖典であり、様々なイマジネーションを遊び手に与えてくれるわけだから、最適解でないハズレな武器や魔法を使って、ハズレなPCを使ってずっこけながらもセンス・オブ・ワンダーに溢れたプレイをした方が、膨大な設定を用意したデザイナーたちに報いていると僕は信じたい。
 例えWoCのお偉方がM:tGの副産物だとしか考えてなくっても。

 そんなに最適解だけ良しとするのなら、ぶ厚いルールブックなど有り難がる必要などどこにありましょう。コミケのカタログみたいに必要箇所だけ破り取って、残りは古紙回収に出すがよろしい。そんでもって、また文庫版にして出せばよろしいのでは。

 まぁ、『D&D』の伝道者たちも情報強者ぶりを誇ってヲタク貴族さながらにふんぞり返れる環境じゃないてのは理解できます。結局、データのパズルを読み解いて強キャラ楽しむ遊びを好む人は、何だかんだ云って『アリアンロッドRPG』に流れていると思います。

 実際、『D&D3.5e』プレイしてても、そんなデータパズルにこだわるデュエリストな人と出会うことはあまりなく、かつて一時代を築いた『D&D』を温故知新として知りたいという遊び手としては初々しい人にはよく出会います。彼らはファンタジーの原点としての『D&D』に触れたいのであって、伝道者たちが望む一級のウォーゲームとしての『D&D』ではない。その意識のズレが『D&D』の敷居を高くしている一因なのかもしれません。
 
 ムダな遊びを許容できないようではTRPGの多様性ある文化を享受できないでしょうけど、僕が実感する限りでは『D&D』の伝道者たちの間にはムダな遊びを許容できないイライラ感をひしひしと感じるのですよ。真剣勝負ができない欲求不満とでも云いましょうか。
 僕は鳥取レベルではそんな最適解が正しいとかじゃなくて、それぞれが楽しめる環境で、ムダもあればずっこけてもいい遊び方をしてても構わないかと思います。真剣勝負がしたい人は好き者同士集まるしかありません。TRPGという文化の中にある狭い嗜好に過ぎないのですから。

 『D&D』の伝道者たちは『D&D』を失敗することなく、正しく遊んでもらおうと必死ですけど、その熱意がかえってユーザーの範囲を狭めて業界を萎縮させてはいないかと僕は思うのですよ。

 でも、やるかやらないかはともかく、あらゆるTRPGに興味がある人は『D&D』を購入し、その膨大な設定に触れてファンタジーへの想像力をかきたててもらいたいです。実際には『SW2.0』でも『アリアンロッドRPG』でも、あるいはファンタジーではなくとも、『D&D』は物語世界を楽しむ者にとって第一級の手引書なのですから。
ラベル:TRPG D&D
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2008年05月03日

得る楽しみと得る喜び、そして合意を得るための面白さ 〜趣味文化の「喜」と「楽」〜

 
 今の時期、人気のアニメとして『仮面のメイドガイ』があります。
 そもそもがドタバタ喜劇であり、多少のお色気もあり楽しい作品と云えます。だが、確かに楽しくはあるが、別段喜びを感じたとは云えません。
 ヲタク的にはアニメが貴でバラエティが賎でありましょうけど、『めちゃ2イケてるッ!』で岡村隆史が映画PRのためとあちらこちらで落とし穴に陥る企画がありまして、移動バスの後部座席が引っくり返って岡村が熱湯プールに投げ出されるシーンはほんの数秒ではありますが、よき笑いを提供してくれました。その楽しさと、アニメを見た楽しさと如何なる差があるでしょうか。

 そして、バラエティもまた楽しさを得るが喜びを得ません。
 TV番組を観て喜びを得る場面は確かに存在します。NHKの特集やTBS『世界遺産』、テレ東『美の巨人たち』、それにディスカバリーチャンネル、ヒストリーチャンネル、アニマルプラネットなどのCATV局の番組などは観ると喜びを感じます。
 教養番組は笑いを提供しません。だが、好奇心が刺激され見識が深まることへの充実感を表現するには、僕には喜びこそが相応しいわけです。

 これら教養番組を観て感じる喜びと、アニメやバラエティを観て感じる楽しみとは別感情であり、それぞれ求める所、得る所が違うのではないのか。そして、それを疑問に思うということは日常においてこの2つの感情は混合して用いられてはいまいか…。
 
 そんなわけで、今日は「喜」と「楽」の違いについてです。

◆◆◆

 喜怒哀楽と云いますけど、このうち「怒」と「哀」は区別がつきますけど、「喜」と「楽」について、日常の中どれだけ明快な区別をつけることができるのでしょうか。

 おそらく喜も楽もゴタ混ぜにして、総体として受け取るために「面白い」という言葉を多用しているのかもしれません。趣味にしろメディアにしろ、見識したものを好意的に迎え入れる表現としての「面白い」が、あたかも喜と楽を総括する上位感情として君臨してはいないでしょうか。

 実感で語れば、「喜」は充実感、「楽」は快感であり、「面白さ」は充実感であろうと快感であろうと、物事を好意的に迎え入れる社会的態度であると考えています。
 喜と楽は自己の内面的欲求であるのに対して、面白さは社会生活の中他者との関係をつなぐために用いる外交的な言葉なのでしょう。云わば好意のコンセンサス(合意)サインとして面白さは喜と楽の感情を総括しているのです。

 僕は長年TRPGに携わる者として、その魅力を考え時に訴えてきましたけど、そのために「面白い」や「楽しい」と云う言葉を用いることに不明瞭な引っ掛かりを感じていました。
 ひょっとして、違うのではないか、と。
 
 TRPGはゲームなのですから基本的には一時的な快感、楽の感情を満たす行為です。
 だが、幻想物語を引き出すために想像力をかきたてられる物語断片に満ちたルールブックを読み、よきシナリオを提供し、よきキャラクターを作るために様々な文献・番組・ゲームを研究し知識を研鑽していき、TRPG系ブロガーとして社会に表現活動をする……。これらゲーム活動で得られる感情は一時的な快感ではなく、安定した充実感……喜びの感情です。

 しかるに、僕はTRPGに携わることに喜びを感じるのです。
 おそらくセッションで得られる楽の感情よりも高い。

 ではTRPGは面白いのか。
 セッションで相対した相手となら、何の屈託もなく面白いと云えましょう。イベントに出向くほどのモチベーションを有している人となら好意的なコンセンサスを結ぶ価値があるのですから。
 だが、こうしてBlogで不特定の読者に対して意見するならば、別にコンセンサスを表明する必要はありません。BlogでTRPGを取り上げてる限り、コンセンサスに等しい愛着・執着・粘着ぶりを発露しているのですから、好きだの面白いだのアピールするだけ媚というものです。

 だから時々、「TRPGは面白いわけじゃない」とか「TRPGは別段楽しいものじゃない」とか放言して同好の士の心を乱す狼藉を働くんですけどね。
 
◆◆◆

 困ったことに、アニメにしろゲームにしろ、ヲタク文化の多くが一時的な快感を軸にした「楽」の感情に属する趣味だということです。TRPGも然り。多くの人にとってTRPGは一時の楽しみでしかありません。

 尾篭な話ですけど、メディアの促進剤としてエロスを投入すれば業界は活性化します。エロスは生存本能と結びついて爆発的な楽の感情を掻き立てるからです。楽の感情が尊ばれる世界では、楽の極致にある興奮状態こそが悟りの境地であり、エロスは悟りを開くための神聖な行為と見なされます。
 ヲタク文化も楽の感情を尊ぶ環境ですから、自然とエロスに比重が行くものです。『仮面のメイドガイ』もただコガラシが暴れるだけのドタバタ喜劇であったなら、こうも騒がれはしなかったでしょう。

 楽の道を好意的に迎え入れるということは、興奮の極致としてのエロスや衝動の極致としての狂態、陶酔の極致としての酩酊に対してもコンセンサスをしかねない環境に身を置くことになります。
 TRPGの席でそんなラディカリストと相対するとは思いたくありませんが、やはり「面白い」と云うコンセンサスによって一緒くたにされるのは正直ご免こうむりたい所です。

 TRPGは楽の感情だけの世界じゃないから、興奮や狂態・酩酊ばかりが悟りの境地ではないのです。喜の感情から得られる充実感や静謐、共有感、ぬくもりを大切にしていきたい。
 深山幽谷に立ち入り、苦労してたどり着く絶景や神社仏閣……。あるいは書店や図書館をさまよった末の書物との出会い……。そして数え切れない良き思い出……。それらに感じる喜びの中に僕はTRPGを置いているわけです。

 世の中には楽の感情が満ち溢れています。
 その中で喜びの感情を表現し、分かってもらえるにはどう伝えればいいのでしょうか。この喜と楽が混在し、その上に面白さがある世の中で。
posted by 回転翼 at 09:01 | TrackBack(1) | TRPG雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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