2008年05月03日

得る楽しみと得る喜び、そして合意を得るための面白さ 〜趣味文化の「喜」と「楽」〜

 
 今の時期、人気のアニメとして『仮面のメイドガイ』があります。
 そもそもがドタバタ喜劇であり、多少のお色気もあり楽しい作品と云えます。だが、確かに楽しくはあるが、別段喜びを感じたとは云えません。
 ヲタク的にはアニメが貴でバラエティが賎でありましょうけど、『めちゃ2イケてるッ!』で岡村隆史が映画PRのためとあちらこちらで落とし穴に陥る企画がありまして、移動バスの後部座席が引っくり返って岡村が熱湯プールに投げ出されるシーンはほんの数秒ではありますが、よき笑いを提供してくれました。その楽しさと、アニメを見た楽しさと如何なる差があるでしょうか。

 そして、バラエティもまた楽しさを得るが喜びを得ません。
 TV番組を観て喜びを得る場面は確かに存在します。NHKの特集やTBS『世界遺産』、テレ東『美の巨人たち』、それにディスカバリーチャンネル、ヒストリーチャンネル、アニマルプラネットなどのCATV局の番組などは観ると喜びを感じます。
 教養番組は笑いを提供しません。だが、好奇心が刺激され見識が深まることへの充実感を表現するには、僕には喜びこそが相応しいわけです。

 これら教養番組を観て感じる喜びと、アニメやバラエティを観て感じる楽しみとは別感情であり、それぞれ求める所、得る所が違うのではないのか。そして、それを疑問に思うということは日常においてこの2つの感情は混合して用いられてはいまいか…。
 
 そんなわけで、今日は「喜」と「楽」の違いについてです。

◆◆◆

 喜怒哀楽と云いますけど、このうち「怒」と「哀」は区別がつきますけど、「喜」と「楽」について、日常の中どれだけ明快な区別をつけることができるのでしょうか。

 おそらく喜も楽もゴタ混ぜにして、総体として受け取るために「面白い」という言葉を多用しているのかもしれません。趣味にしろメディアにしろ、見識したものを好意的に迎え入れる表現としての「面白い」が、あたかも喜と楽を総括する上位感情として君臨してはいないでしょうか。

 実感で語れば、「喜」は充実感、「楽」は快感であり、「面白さ」は充実感であろうと快感であろうと、物事を好意的に迎え入れる社会的態度であると考えています。
 喜と楽は自己の内面的欲求であるのに対して、面白さは社会生活の中他者との関係をつなぐために用いる外交的な言葉なのでしょう。云わば好意のコンセンサス(合意)サインとして面白さは喜と楽の感情を総括しているのです。

 僕は長年TRPGに携わる者として、その魅力を考え時に訴えてきましたけど、そのために「面白い」や「楽しい」と云う言葉を用いることに不明瞭な引っ掛かりを感じていました。
 ひょっとして、違うのではないか、と。
 
 TRPGはゲームなのですから基本的には一時的な快感、楽の感情を満たす行為です。
 だが、幻想物語を引き出すために想像力をかきたてられる物語断片に満ちたルールブックを読み、よきシナリオを提供し、よきキャラクターを作るために様々な文献・番組・ゲームを研究し知識を研鑽していき、TRPG系ブロガーとして社会に表現活動をする……。これらゲーム活動で得られる感情は一時的な快感ではなく、安定した充実感……喜びの感情です。

 しかるに、僕はTRPGに携わることに喜びを感じるのです。
 おそらくセッションで得られる楽の感情よりも高い。

 ではTRPGは面白いのか。
 セッションで相対した相手となら、何の屈託もなく面白いと云えましょう。イベントに出向くほどのモチベーションを有している人となら好意的なコンセンサスを結ぶ価値があるのですから。
 だが、こうしてBlogで不特定の読者に対して意見するならば、別にコンセンサスを表明する必要はありません。BlogでTRPGを取り上げてる限り、コンセンサスに等しい愛着・執着・粘着ぶりを発露しているのですから、好きだの面白いだのアピールするだけ媚というものです。

 だから時々、「TRPGは面白いわけじゃない」とか「TRPGは別段楽しいものじゃない」とか放言して同好の士の心を乱す狼藉を働くんですけどね。
 
◆◆◆

 困ったことに、アニメにしろゲームにしろ、ヲタク文化の多くが一時的な快感を軸にした「楽」の感情に属する趣味だということです。TRPGも然り。多くの人にとってTRPGは一時の楽しみでしかありません。

 尾篭な話ですけど、メディアの促進剤としてエロスを投入すれば業界は活性化します。エロスは生存本能と結びついて爆発的な楽の感情を掻き立てるからです。楽の感情が尊ばれる世界では、楽の極致にある興奮状態こそが悟りの境地であり、エロスは悟りを開くための神聖な行為と見なされます。
 ヲタク文化も楽の感情を尊ぶ環境ですから、自然とエロスに比重が行くものです。『仮面のメイドガイ』もただコガラシが暴れるだけのドタバタ喜劇であったなら、こうも騒がれはしなかったでしょう。

 楽の道を好意的に迎え入れるということは、興奮の極致としてのエロスや衝動の極致としての狂態、陶酔の極致としての酩酊に対してもコンセンサスをしかねない環境に身を置くことになります。
 TRPGの席でそんなラディカリストと相対するとは思いたくありませんが、やはり「面白い」と云うコンセンサスによって一緒くたにされるのは正直ご免こうむりたい所です。

 TRPGは楽の感情だけの世界じゃないから、興奮や狂態・酩酊ばかりが悟りの境地ではないのです。喜の感情から得られる充実感や静謐、共有感、ぬくもりを大切にしていきたい。
 深山幽谷に立ち入り、苦労してたどり着く絶景や神社仏閣……。あるいは書店や図書館をさまよった末の書物との出会い……。そして数え切れない良き思い出……。それらに感じる喜びの中に僕はTRPGを置いているわけです。

 世の中には楽の感情が満ち溢れています。
 その中で喜びの感情を表現し、分かってもらえるにはどう伝えればいいのでしょうか。この喜と楽が混在し、その上に面白さがある世の中で。
posted by 回転翼 at 09:01 | TrackBack(1) | TRPG雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする