2008年11月25日

芸術の理解者を育てるために 〜批評と批評空間〜

 激動の2008年もあと僅か40日程度となりました。今年のプレイ回数は20に届くか届かないかといった所で、奇妙なことに『D&D』などを除いて、ほぼ毎回違うゲームをプレイしてた感があります。
 まだ結論は出ませんが、今年発売のゲームの中で高感度TOP3を挙げるとしたら、『大江戸RPGアヤカシ』、『シルバーレインRPG』、『ソード・ワールドRPG2.0』になるでしょうか…。
 残念なのは、『神曲奏界ポリフォニカRPG』をまだプレイする機会がないってことです。評判だけなら何度も聞いてるのに。
 
 今日はTRPGの批評について盛り上がっているので、シリーズを一時中断し、この僕も思う所を書いてみました。自分が批評家としてこうありたいなというより、こんな批評家に育ててもらったらいいなという希望を篭めて。

◆◆◆

 TRPGにおける批評とは何か。
 批評が市民権を得ている音楽・芸術の分野における批評とは、オスカー・ワイルドが『芸術家としての批評家』で語るように印象の結晶です。
 演奏を聴いた、絵画を鑑賞した、美味しい料理を食した、TRPGをプレイした……心に感じ入る出来事を体感したとして、それを言葉にして伝えようとしても、中々言葉にならないことってあるじゃないですか。
 凡人はやむなく、「面白い」「楽しい」「つまらない」「よい」「悪い」などと道標のような曖昧表現でお茶を濁してしまいます。

 だが、批評の切れ味は名探偵の推理に等しい…。

 芸術という煙か靄でも眺めているような漠然とした感覚を思索し、選び抜いた言葉で自分が感じた印象を言い当ててしまう。切れ味良い批評は、多くの人がつっかえていた言葉まで引き出してしまう。

 創造は「無」から「有」を生み出せるが、その「有」が何物なのかまでは作れません。それは受け手の感受性次第なのですから…。批評は感覚の世界の産物だった「有」に思索の力で確実な「意味」を与える芸術であり、批評精神こそが死ねば消失する人間の活動に不死性を与える源なのです。
 
 TRPGとて現場で完結される遊びではありません。
 実際、ほとんどのTRPGプレイヤーは自分が楽しんでいるTRPGの魅力を語れずにいます。誰もが批評精神が発揮されるほど強い主観など持ち合わせていないのですから、印象を言葉にすることができなければ、凡百の「面白い」「楽しい」などいった文句にも心躍りません。

 批評家の洞察は、多くの遊び手が印象のままで喉につっかえたままの「面白さ」「楽しさ」を言い当て、芸術の理解者という識見を開眼させる力があります。

 優れたTRPG批評家は、
 どのシステムがどのような高揚感やスリル、満足感を与え…、
 どんなロールプレイがキャラクターへの愛着感、場を和ませる達成感、ゲーム世界を彷彿とさせる夢想感を与えるか…、
 どのようなシナリオが作品の表現したい世界観を再現でき、それを遊び手に体感させることができるか…、
 どのようにレクリエーションの手法を用いれば様々な性格・経験の持ち主を継続的な遊び手に育てることができるか…、
 …などを自らの着眼点を頼りに思索し、それを明察ある言葉で表現します。

 理想的な批評はそれまで曖昧な嗜好のままでいた遊び手に、自分が感じた楽しさは泡沫の夢ではなく、不朽の価値を持った文化であることを理解させることでしょう。
 彼らは遊び手のレベルアップを助ける芸術界の導師なのです。

◆◆◆

 優れた批評家は、肥沃な批評空間に支えられています。

 批評空間とは何か。
 芸術を好む人の多くが、自らの印象を印象のままでいいや、死んで何も残らず消えても構わないと思うのなら、批評空間は発生しません。TRPGなら、生涯ただ遊ぶだけでいい、何を楽しんだか残さぬまま消滅してもいいという人たちだらけなら批評空間の余地はありません。
 
 批評空間は、物事を感じた自分の印象にどんな意味があるのか知りたい人たちが集まって作られます。ある人は人生の意義を求めるために、ある人はより多くの人と印象を分かち合いたいがために、またある人は開眼した芸術の理解者に敬意と憧憬を感じたがために、同じ印象を持った者同士が集い、情報を交換し出します。
 
 批評空間とは同じ物事で印象を持った者同士が集い、物事の当事者や責任者……芸術なら芸術家や画廊主、TRPGならデザイナーと販売者……の影響化にない私人同士が、物事の理解者にならんと互いの印象を批評し合い、議論をする交響の場です。
 批評家はこうした公共の批評空間で頭角を現した、創造主にも資本家にも属さない文化の第3権力者なのです。

 批評家が目指す所、導く者たちに求める所…、それは芸術家の忠実なファンでも、資本家のセールスマンでもなく、ユーザーのみがいる公共世界で確かな識見を持った好事家になることです。
 
 「批評精神を持ち、趣味を文化として日々その在り方を思索している趣味人」である好事家は、芸術家が必ずしもよき文化人であるとは限らず、資本家が必ずしも芸術の理解者であるとは限らないことをよく心得ています。そもそも、彼らは自分が死んだ後の芸術の行方に責任感を持っていません。芸術家は自らの魂を篭めた作品さえ残せば、資本家は財を成せば、その後芸術が廃れても構わないのです。
 だが、批評家と好事家は、彼らと違い批評空間が支える文化伝統の中でしか生きていかれません。そのために芸術家や資本家が堕落しないよう厳しく監督することが求められます。

 批評家は業界を育てる存在でありますが、芸術家・資本家が批評空間を単なる不満屋、自らの思い通りに動かぬ不平分子として敵視することは双方に有害なれどしばしば発生します。
 芸術家は優れた識者よりも、無垢な憧れの眼差しを向けるファンの声に耳を傾けがちです。それほどまでに、衝動、妄想の中から芸術を生み出す活動はナイーブなことなのです。
 
 批評家・好事家が芸術家・資本家に嫌悪されないために必要なのは、例え彼らが文化の行く末に絶望し愛を失っても、自分たちが業界を底から堅持する、あなたたちがいつでも活動できるよう応援は惜しまないという愛情の他に何もありません。
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2008年11月22日

「ない」ものと「ある」もの 〜何を飲むのだシリーズ注釈〜

 《禁酒の》誓いを立てて酒、麻薬、カフェイン飲料を絶ったパラディンと仲間たちが喫茶店で歓談する「何を飲むのだ」話もシリーズ化して今回で4回目。今日は折り返し地点ということで今までのまとめに入ります。
 いつもの当Blogらしい話になりますので、笑い話目当ての方はご了承ください。

●「ふぅ…。危うく
 アンデッドと化した牛乳
 を飲まされるところだった…」
パ「不浄なる暗黒の牛乳か…。いくら骨太になってもゾンビが感染するのはいただけないな。いまさら再教育してブラックガード(黒騎士)になるのも面倒だし…」
▲「面倒以前に嫌がれよ」
パ「いや…、高貴なる犠牲によって殉教した牛乳ならばリズン・マーター(蘇った殉教者)となって安心して飲めるロングライフ牛乳に…」
●「…牛乳に何を望むんだよ…」
パ「革袋に入れてる間にレベルアップして、そして10レベルで上方次元界に旅立つころには美味しいセレスチャル・ヨーグルトになっているのだよ」
▲「…何と高貴なる牛乳…。『人生目標はエリシュオンで楽隠居』なんてほざくパラディンにはできないことをやっけのける」
DM「中の人が秩序にして善でないパラディンは辛いな」
パ「中の人などいないっ」


 ファンタジー世界で非カフェインのソフトドリンクを探すのは意外と大変だという記事も今回で4回目。そもそもがファンタジー世界を紹介するが上での常套句である「中世欧州みたいな」を元に、中世欧州での飲物事情を調べているのですが、魔法という便利な技術があったとしてもおいそれとは便利になれない事情ってのがあります。

 まず第一に気候の問題。
 ファンタジーTRPGの舞台はおおむね、イギリス、フランス、ドイツなどのアルプス以北、西岸海洋性気候に属する諸国がモデルになっています。従って、温帯で育つ多くの柑橘類やバナナ、マンゴーなどのトロピカルフルーツの類は自然栽培は困難です。

 第二に衛生面の問題。
 欧州都市部の水利は決して良くなく、生水の飲用は赤痢、コレラ、腸チフスの原因とされ嫌悪されてきました。その辺は現代でもインドや東南アジアなどを旅行する際は水に注意するのと一緒です。衛生状態の悪い都市部では洋の東西を問わず、水売りが近郊で汲まれた水を買っていました。

 そして第三に食習慣の問題。
 食料の保存が干すか塩漬けにするかしかない時代、発酵食品の中でも保存がきく酒類は中世欧州人にとっては大事な栄養源であり、修道士たちがそれこそ生涯をかけてビールやワインを作り、薬草を集めてはリキュールの開発に勤しんでいました。現代よりもずっと酒が必要とされていた時代なのです。
 欧州において禁酒、節酒の思想が芽生えたのはジャガイモなどの救荒作物やスパイスの伝播による食料の増産と、都市の発達によって労働者が増加したことが関係しているのと思われます。賃金によって食料を買い生活する労働者は、ベンジャミン・フランクリンが指摘する通り、給金を酒に費やす者と栄養のある食事に費やす者とでは労働量に差が生じ、賃金も違ってきます。
 紅茶やコーヒーも、こうした都市生活者の間に酒に代わる健康飲料として広まったのです。

◆◆◆

 ファンタジー世界には「ない」ものが「ある」という面白さがあります。それはファンタジーが物語だからであり、「ない」ものが「ある」のは1つの楽しい物語を提供しているからなのです。
 ファンタジー世界では中世欧州では希少だったオレンジジュースが普及していても技術的には問題はないのです。だが、ファンタジー世界の人々がいかに「ない」はずのオレンジジュースを製造し愛飲するようになったかという物語を示さなければ、それは現代人が現代感覚で無造作に書き置いた端書きに過ぎなくなります。
 
 TRPGはイメージと対話ゲームで成り立つゲームですから、遊び手の想像力を強く喚起させる物語が必要なのです。ただ漠然と「ある」だけの存在など物語に取り上げられることもなく、ただ存在だけを記した端書きなど読むほどのことでもありません。
 TRPGは30年以上の伝統があるゲームですが、結局は物語の蓄積が多い作品が生き残っているのです。

 さて、物語世界の中に、「ある」ものと「ない」とが生じる場合、「ない」ものを「ある」とする場合はどのような物語の元で「ある」ことにするのかを考えます。
 大事なのは、「ない」ものは理由もなく「ない」のではなく、「ない」のが常識であり、物語の受け手も常識的に考えれば「ない」方が自然に受け取れる代物だってことです。それを「ある」とするには、「あってもいいじゃん。面白そうだし」と思わせるだけの寓話で常識から離さなければなりません。

 現実世界でも食べ物、飲物の伝播には様々な逸話が生まれます。日本でも醤油の誕生は、唐から径山寺味噌を伝播した僧が紀州湯浅の地で作らせた所、樽の底に溜まった汁が美味しかった所から始まったなんて逸話があります。
 実際にはもっと自然発生的なものだったのでしょうが、生活に変化をもたらす食品の伝播には、人々に好奇心を芽生えさす物語が役立ったのでしょう。

 オレンジジュースにしても、エルフなど自然界の神秘に精通した者たちがいるのだから、彼らの中から南方で自生していたオレンジの芳香に魅せられ、ドルイドの魔法で栽培に成功しジュースを製造している氏族がいるなどと設定を考えればいいのかもしれません。

 そうすれば、ただ漠然と価格表にオレンジジュースと書かれていただけでは浮かばないような物語がシナリオの題材として役立つでしょう。
 エルフに敵対的な魔法使いが精霊の力を悪用して、周囲の気候を寒冷化しようとしている…。このままではオレンジは不作となって収穫祭を行えない…。PCたちは氏族の依頼を受けて魔法使いを倒すために…。

◆◆◆

 ファンタジーで創造力を発揮するために大事なのは、「ない」ものを「ある」ことにするために物語を駆使するのはもちろん、元来「ある」ものを「ない」ものとして無視してはならないことも重要です。
 
 元来「ない」ものを構成する物語はそのファンタジー世界の特異性を現す物語ですが、元来「ある」ものはファンタジー世界でも通用する自然さを現す物語です。
 春には草木が生え動物たちが冬眠から目覚めるのは、現実でもファンタジーでも変わらずに「ある」物語です。そうでないのなら、そうでないなりの物語を考えなければなりません。
 物語を考えることもせず、「季節なんて考えなくていい」などと端折ってしまえば、水着姿で冬山に登ろうが鎧を着込んで灼熱の砂漠を歩こうが何の問題もなくなります。
 もちろんGMの中には端折る人はたくさんいます。だが、僕の経験から言えば端折って物語が面白くなったということはないです。

 「ある」ものを「ない」とする行為は単に説明を省略するのみならず、物語を作ることを放棄させることに繋がります。物語が崩壊すれば、それぞれがご都合主義で勝手な思いつきを放言するか、物語を作ることを止め、早く戦闘をしろダイスを振らせろと喚くかしかしなくなるでしょう。
 
 遊び手たちが物語を分かち合うためには「ある」ものの物語はきちんと設定として盛り込まなくてはなりません。その上で本来「ない」ものがいかにして「ある」のか、その特異性を盛り込むのがTRPGの舞台として使える設定の在り方なのではないでしょうか。

◆◆◆

 そんなわけで、次回からは非カフェインのソフトドリンクで、中世欧州でも飲まれていたであろう飲物を紹介します。


タグ:TRPG
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2008年11月17日

牛乳もダメだなんて、パラディンは一体何を飲むのだ

 アニメのヒロインが非処女だってので落胆している方がおるそうで。まぁ青春はほろ苦いものです。

◆◆◆

 《禁酒の誓い》を立てたがばかりに久々に酒場ネタ。
 こういうセッションが沢山行われていたのが昔のTRPGなんだよな最近の新参はいきなり世界を救いたがるから困ると、酒、麻薬はおろかカフェイン飲料も摂取できないパラディンと仲間たちは依頼そっちのけで健康的冒険者の道を模索していた…。

 前回オレンジジュースが飲めなかったパラディンが次に頼んだのが牛乳。いかにもヘルスィ志向のアメリカ人が頼みそうな飲物だったのだが…。

DM「喫茶店の若い娘…給仕さんは蒼ざめた顔でこう叫ぶよ…、
 牛乳だなんて、病気にでもなりたいのですか…!
 と」

パ「はい?」
●「牛乳で病気って…。DM、もしかしてこれがシナリオかい?」
▲「邪悪なネクロマンサーが牛に呪いをかけたとか…」

 かくしてようやく重い腰を上げた冒険者一行は情報収集に乗り出し…、

DM「結局、そんな邪悪なウィザードはおりませんでした。街の乳製品は どれも清浄でした」
●「分かったのは、街には牛乳が一滴もないことだ…」
▲「ありえへん。街の連中はこぞって牛乳嫌いか?」
DM「そうだね。《真意看破》の目標値10で判定して」
▲「今度は簡単だな…。成功したよ」
DM「うん。街の人は牛乳なんて飲むものではないと心底感じているよ。君たちのPCも。そして全世界の人間もエルフもドワーフもノームもハーフリングもハーフオークも。ノールですらもね」
●「なんだって! そんなバカな…」
DM「いやだって、ルルブの価格表には牛乳ないし…」
▲「あらホント…」


 牛乳が飲料となったのはここ150年ほどの話です。
 我々が日常的に飲んでいる牛乳は生乳(搾ったままの乳)を加熱殺菌したものですが、その技術が確立するのは1880年、フランスの細菌学者、ルイ・パスツールによる低温殺菌法(パスチャライズ)開発からです。摂氏60度前後で30分加熱するこの技法は当初、ワインの腐敗を止めるために研究された技術です。

 そもそも牛乳は腐敗がしやすい上に脂肪分が分離しやすく、また乳糖が体内に消化しきれずお腹を壊しやすいという性質ゆえに、長く生飲が嫌悪されてきた食品です。それゆえ、西洋では長らくバターやチーズに加工して食べるのが常識でした。
 欧州において牛乳の飲用が始まるのは20世紀に入り、低温殺菌法に加え、鉄道機関の発達や冷蔵庫の発明により、都市住民も新鮮な牛乳が手に入るようになってからです。

 牛を聖なる動物と崇めるインドでは牛乳は神聖な食材であり、神々の食料とされたアムリタや、仏陀が苦行の果てに少女から恵まれた飲物はダヒと呼ばれるヨーグルトであったとも云われています。
 牛乳を煮詰めて冷却し、前日作ったダヒの残りを入れて攪拌して作るダヒを水で薄めたのがインド料理でお馴染みのラッシーです。

 モンゴルでは馬乳が重要な食材であり、子馬を育て終えた母馬の乳を革袋に入れて攪拌し、馬乳酒として飲用しています。馬乳酒はアルコール度数が低く、酒というより食料とされてきました。
 ちなみに、1919年に日本の実業家・三島海雲が内蒙古で出会った馬乳酒を元に脱脂乳を乳酸発酵させてカルシウムを添加した飲料がカルピスです。
 馬乳酒の技法はロシアやコーカサス地方にもあり、彼らは牛乳を革袋にいれ、戸口に吊るして攪拌してケフィールと呼ばれる乳酸飲料を作ってきました。

 ヨーグルトなどの発酵食品が欧州に伝播したのは19世紀末。ロシアの医学者、イリヤ・メニチコフがブルガリアを旅行した際、当地にあった長寿村の秘訣がヨーグルトにあると注目し、健康食として紹介したのが始まりです。

 中世欧州文化を機軸にしたファンタジー世界でも、衛生面の問題から牛乳の飲用は病気の原因として嫌悪され、多くがバターやチーズに加工されているでしょう。遊牧民族風の文化を持つ種族がヨーグルトなどの乳酸飲料を作っている可能性はありますが、蛮族の飲物として市民は同じく嫌悪するかもしれません。

●「結局、牛乳も安全な飲物ではありませんでした、か…」
▲「欧米人は牛乳をガブ飲みしてるイメージあるからなぁ」
パ「またしてもオーダー変更か…」

DM「…すると君たちの前に1人の黒いローブをまとった痩せて青白い男が現れます。彼は牛乳について聞き回っている冒険者がいると聞いて駆けつけたと云います」
●「はい?」
DM「彼はある秘術の研究の協力者を探しているようだ…。彼曰く、素晴らしい滋養飲料である牛乳が腐敗しやすいので嫌悪されているのは惜しいことではないか…。もし秘術の力で腐敗を止められば、人々は牛乳の恩恵を受けられることになり、これを商売とすれば大いなる富が手に入るであろう…」
パ「おお…、素晴らしい発想」
▲「いや…、それはいいんだけど。その黒ずくめの男の職業は…?」

DM「ええ。ウィザードです。
  ネクロマンサーですけどね
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2008年11月13日

オレンジジュースもダメだなんて、パラディンは一体何を飲むのだ

 ただ今西国から帰ってまいりました。
 …寒い。帝都は寒いよっ。

 今日は前回の続き。実は続き物なのだよ。

◆◆◆

 《禁酒の誓い》を立て、アルコール、麻薬はおろかカフェインの摂取すら禁じた高貴なるパラディンと冒険者の一行は、アメリカ人的発想で健康的な依頼生活を満喫すべく喫茶店での依頼交渉に臨んだ。
 コーヒーもダメなパラディンはその席でオレンジジュースを注文…。
 ごくごくありふれた注文かと思いきや、その手の文化史に詳しかったDMはパーティが及びもつかなかった返答をした…」

DM「喫茶店の若い娘…給仕さんは首をかしげてこう言うよ…、
 オレンジって何ですか?
 と」

パ「はい?」
●「オレンジって何かって…、
 この娘さん、ハーフオークちゃうん?
▲「ありえへんやろ。オレンジぐらい知ってて当然…」
DM「そうだな…。君たちのPCがオレンジを知っているかは、《知識:自然》の目標値25で判定しようか」
●「なんだって!? そんなん専門知識レベルじゃないか」
DM「いやだって、ルルブの価格表にはオレンジないし…」
▲「あらホント…」


 そもそもオレンジ自体が中世欧州には存在しません。
 インド・アッサム地方が原産地のオレンジが欧州に伝播したのは15〜16世紀であり、温帯や熱帯の植物ゆえに栽培地も限られています。同じ柑橘類のレモンが欧州では北イタリアが北限であり、オレンジもおそらくアルプス以北での自然栽培は難しいものと思われます。
 そこでオレンジの木をレンガの建物で覆い、南側にガラス窓を配置したのが温室の初期型であるオランジェリーです。このオランジェリーは商業目的ではなく、王侯貴族が贅沢品を確保するための邸宅の1つとして使用されていました。印象派のコレクションで知られるパリのオランジェリー美術館も19世紀にナポレオン3世が建てた屋敷を改装したものです。
 一般にイメージする前面ガラス張りの温室は1820年代、植物学の研究が盛んになった英国にて発明されたものであり、その発明には鉄骨とガラス、さらに湿度を調節できる水蒸気暖房といった産業革命以後の工業製品の登場が必要です。

 中世欧州を機軸としたファンタジー世界では、一部の王侯貴族がオランジェリーを建ててオレンジジュースを飲んでいるかもしれませんが、街の冒険者が喫茶店で飲める代物ではないでしょう。

 仮に地中海性気候の舞台でオレンジが自然栽培されている地方でも、果汁飲料は酸化による味の劣化の問題から、果肉はまずマーマレードにされると思います。
 清涼飲料の大衆化に関しては他の飲物と同様、ルイ・パスツールが登場する19世紀末を待たなくてはなりません。

 オレンジジュースが保存できる清涼飲料となったのは1938年、アメリカのフランク・バヤリー博士による殺菌技法の発見からです。彼の名を取って販売されたのが日本でもお馴染みの「バヤリース・オレンジ」です。
 
 ちなみに『D&D』では『武器・装備ガイド』においてもオレンジは価格表に掲載されていません。パイナップルは贅沢品の欄に1ポンド150gpで掲載されていますが、新大陸が原産のパイナップルが欧州に紹介されたのも15世紀で、実はオレンジとそう変わりがないのです。


●「そんなわけで、喫茶店ごどきがオレンジジュースを出すのは無理でありんした、か…」
▲「そもそも我々が飲んでいるコーヒーだって1ポンド50gpなわけで、1杯10gで1ポンド約450gとして、1杯約11cp…。砂糖や経費も加算して1杯2spは欲しいな」
●「エールが1ガロン飲めるな。10フィート棒も買える」
▲「酒飲んだ方が庶民的だな」
●「そんなわけだから、パラディンはオーダー変更を要求する」

パ「そうだな…、
 ミルクちょうだいっ。ママの母乳でっ
●「なぎら健壱かよ。しかも細かすぎて伝わらないモノマネの…」

 だが、パラディンの注文はまたしても喫茶店を騒然とさせるのであった。もちろん、もちろん、秩序にして善たるパラディンのセクハラ発言は黙殺するとして…。
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2008年11月06日

コーヒーもダメだなんて、パラディンは一体何を飲むのだ

 
 根無し草の放浪ゲーマーになるにはなるだけの生活があるものでして、明日から朝イチで西国行きです。そろそろノートパソコンも欲しいなと思ってる今日この頃です。

 前から興味があった『コーヒーが廻り世界史が廻る』(臼井隆一郎著、中公新書)を書店で見つけたので購入。アラビアのスーフィズムから始まり、コーヒーがいかに欧州市民社会形成に影響を与えてきたかを軽妙に語った面白い小説……っぽい文化史の本です。

 TRPG者としてこの本を読むと、なるほどコーヒーの存在1つでファンタジーの世界が1つ崩れるなと感じます。例えば英国にコーヒーハウスが登場したのはピューリタン革命の頃…。謹厳な清教徒たちはそれまでの飲んだくれな英国人気質を批判し、新たな活動の場として出来たばかりのコーヒーハウスに入り浸るようになります。
 そこでコーヒーは知性を活性化させる飲料として好まれ、コーヒーハウスは人々が活発に談話をする場になり、近代市民社会を生み出す土壌となっていきました。やがてコーヒーハウスは情報を求める商人たちの拠点となり、その中からロイズ保険の創始者であるエドワード・ロイドが出てきました。彼はコーヒーハウスの店主から、貿易船舶に掛かる保険をリストアップした新聞を出して成功しました。

 詳しくは本を読んでもらうとして、もしファンタジー世界にコーヒーが登場していたら、いずれは英国のようにコーヒーハウスに商人などの醒めた活動がしたい民衆が集まり、RPGでよくある「酒場での依頼」もコーヒーハウスで行うようになるかもしれません。

 さて、なぜ忙しい中こんなこぼれ話を書いてるかと云うと、『D&D』3.0版のサプリメント、『高貴なる行いの書』にある特技の中で、《禁酒の誓い》というのがあるのですよ。これは毒や麻薬に対する頑健セーブにプラス修正がつくというものなんですけど…、

 君はアルコール飲料、麻薬、カフェインを絶つという、清浄なる誓いを立てた(斜線部引用)

 …と、コーヒーやお茶、アメリカ人が好きなコーラすら飲めなくなるいかにもアメリカ人らしい発想の特技なのです。
 では一部の高貴なるパラディンは《禁酒の誓い》を立ててコーヒーすら飲めないとします。このパラディンは依頼を受ける席で一体どういう飲物を注文するのでしょうか…。
 多分アメリカ人の考えることと云えば…、

DM「…そんなわけで、君たちは酒場で商人の娘から依頼を…」
●「いや、ちょっと若い娘さんが酒場に行くのは危険じゃない?」
▲「そうだな。ウチのパーティにはパラディンもいるし、ここは喫茶店に席を移そう」
●「喫茶店なんかファンタジーにあったっけ?」
▲「トーチ・ポート(『D&D』日本版オリジナル設定の街)には甘味屋があるんだから、喫茶店あってもいいだろ」

DM「それでは場所は喫茶店…」
●「店のマスターにコーヒーを注文するよ」
パ「あいや待たれよ。拙者は《禁酒の誓い》を立てていてな…。酒はおろかカフェイン飲料も禁物なのだよ」
▲「んじゃ、何飲めばいいのかい?」

パ「そうだな…、
  オレンジジュースを1杯いただこうか…

タグ:TRPG D&D
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