2009年05月25日

5時に終わるゲームと7時に終わるゲーム 〜TRPGにおける終了時間のズレ〜

 メインPCが悲鳴を上げています。
 3年半ですからDellのスリムにしてはよぉ頑張ったかなと思いますけど、逆に言えばうるさいと評判のDimension 5150Cをよくまぁ3年半も我慢して使っていたなとも。
 今年に入ってDVDドライブが壊れたので、HDDが無事なうちに買い替えをしなくては…。

 そろそろまた新しいゲームでGMがしたくなりました。
 去年はアヤカシを何度かしましたけど、今年はまよキン、シルバーレイン、エンゼルギア2ndあたりが自分としてはやりやすい位置にいるのかなぁ。
 だが、確かに面白いゲームなんですけど、プレイヤーとして1つ共通した問題を感じていて、GMやるとならば工夫の必要性があるのですよ。

 それは終わるのが早いということ。

 それぞれ理由は違うけど、戦闘以外のパートが比較的淡白……余計な遊びをせずとも十分楽しめるので、その分時間が短縮されるのです。まよキンは表振ってるだけでハチャメチャな展開楽しめるし、シルバーレインはアクトワードを使いこなせばロールプレイへの欲求がほぼ解消する人がいてテーブルトークが少なめになる。エンゼルギアはNPCとの2人芝居がテーマだし。
 要するに3作とも結構無駄がない。
 ロールプレイでキャラクターを表現したいという欲求がシステムを運用するだけでもかなり解消されるので、プレイヤーは脱線しようとせず、むしろ展開を早送りにする傾向があります。

 下手すると、4時半〜5時というコンベンションでは中途半端な時間にセッションが終わってしまいます。コンベンション閉会は大抵が6時なので、他の卓より1時間以上も早い解散をすることとなります。他の卓がクライマックスで白熱している中、閉会前にそそくさと解散するのは、そんなにいい気分ではありません。

 この3作でGMをするなら、1時半スタートとして6時前後に終われるよう4時間半をうまく使いきれるよう時間配分を考えなくてはならないでしょう。2時間の軽いシナリオを2作とか。

 ともかく、昨今のコンベンションではあるゲームのおかげで全卓終了は遅れがちになるので、そのゲームに合わせれば遅すぎるということはないかもしれません。

 その遅くなりがちなゲームと云えば、ずばりアリアンロッドです。

 ともかくARAはスタートが遅いしゲーム終了も遅い。
 とみに「今日はシナリオを持ってきていません。ダンジョンアタックをします」などという卓は閉会後も撤収寸前まで粘っていることが多々あります。閉会式後にクライマックス戦闘始まるよって卓もあったりして、お前らどれだけ頑張ってるんだよと。
 結局、ダンジョンアタックともなれば全員が時間の許す限りキャラクターの性能を練り上げ、ベストな戦力で臨もうとするからキャラメイクに時間がかかる。D&Dほどには死にやすいゲームではないのに、GMがシビアで容赦なくとどめ刺しますよとするから、みんな行動が慎重になるくせにしぶとい。

 クイックスタートにしますって言ったら卓が立たないという愚痴も聞いたことあります。それくらい、やるからにはガチがいいって人が選ぶゲームってことでしょう。

 そんな調子だからARAの立つコンベンションで6時にきっちり全卓終了することはARA卓パーティが迂闊でない限りまずありません。

 んで、時間ギリギリまでダンジョン漁りした挙句疲労困憊のARA卓の人たちしか撤収を手伝う人がいなくなる……残りはみんな6時に終わって解散……のも、コンベンションを運営する側からすれば不公平なことなのかもしれません。

タグ:TRPG
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2009年05月10日

コンベンションに行くのが億劫だって人は行かないのが正解

 ネット開闢以前からTRPGコンベンションの荒んだ話は絶えることなく語られ続けています。どこどこのサークルは男女問題で揉めている、どこどこのコンベンションには極めつけの問題児がいる、そもそもTRPG界隈にはコミュニケーションの欠陥が著しい、エトセトラエトセトラ…。
 
 結局は「だからTRPGコンベンションやサークルは危険だ」という結論に達するのが流れですけど、かつては井上純弌などプロが率先してやっていたことだし、今でも歴戦のゲーマーが得意気に語ることなど別に珍しいことではありません。
 
 実際、たかだかゲームの集まりにそこまで人間関係こだわってるのって本人もかなり粘着質だってのに、言質を裏返せばそんな荒んだ界隈で舵取りをしている自分はなんてタフなんだという自慢があるわけで、ある種の武勇伝になっている所があります。

 だからコンベンションの荒んだ話など話半分、語り手も粘着なんだしあんまり気にすることはないと言っておきます。ただ、ブロガーとしては荒んだ話はホント注目が集まりやすい。ネタに困るとつい釣り糸を垂らしてしまうのです。

 そもそも、そんなに危険なら「まともな神経をした者の来る所じゃない」「TRPGをしなかった君たちは賢明である」と結論するのが良心ではないでしょうか。どんな荒んだ話を連発する粘着でも、いくら警告しても来るやつは来るんだし、どうせ来るなら面の厚い奴の方が好ましい、そもそも大事なねぐらをよく分かっちゃいねぇ素人に荒らされちゃ居心地が悪いから適当に悪評撒いて擬装せねばという読者への「信頼」が根底にあります。
 正直、心底TRPGに幻滅し、1人でも多くTRPGから離れるよう心から願っている人間などそうそういるもんじゃありません。粘着すれば注目引くし、ぶっちゃけ話は誰にとってもスッキリするもので、大抵はその程度のもんです。

 さて、僕もTRPGの荒んだ話でBlog活動してます。
 僕も所詮は武勇伝を垂れたい粘着ですけど、誰を挑発し誰を擁護するかは選んで垂れたいと思っている粘着です。そんな僕がBlog読者に対し、コンベンションはどんな所かと聞かれますと…、

 断じて行くべきではありません。
 コンベンションに来ないことはあなたにとって最良の選択です。

 専門誌で興味ある連中相手にやってたのとでは、時代も環境も違うのです。ネットではTRPGは多くある趣味の1つに過ぎないし、読者だってTRPGに積極的に関わっている人たちばかりではない。
 穿ってしまえば、武勇伝をマヂ信じてる情報弱者なり、人前に出るのが怖い引きこもり性質の人なりがいて、それよりずっと多数派として単に休日にコンベンションに出向くこと自体が億劫でHPが足りずに休養するしかないって人ばかりがネットにたむろして、TRPGコンベンションの荒んだ話を聞いて溜飲を下げてるってのが現実じゃないんですか?

 それはどこの趣味でも不変の現実。
 「外に向かう言葉を放とう」と宣言するのはたやすいが、業界の動向にアンテナを張ってくれる人の多くが「何だかんだ理由をつけて参加しない“興味だけ”の人」である現実を趣味文化の伝道者は見失ってはならないと思います。
 そして、その現実を前に「積極的に伝道している自分たちはエリートだ」と思い上がる趣味文化は伝道者が燃え尽きることによって滅ぶのではないでしょうか。

 コンベンションにネガティヴな発言するのは悪影響与えると危惧する良心家が出ることは分かっています。ただコンベンションは楽しいものだ、素晴らしいものだと一面だけを取り上げようとしても、光と影の何たらか、荒んだ話が絶えることはないでしょうし、情報に踊らされる人はまだコンベンションで楽しむには早すぎます。

 分かっちゃいない人たちの緩やかな黙認は、伝道師の熱弁に勝る効力があると僕は信じています。だからコンベンションに行くのが億劫な人たちを擁護したい。気力がない人、自信がない人は参加する必要ありません。黙認し、居場所を確保していただければ十分です。

 少なくとも、僕自身はただ自分がタフであることを自慢したいがためだけに荒んだ話をしているつもりはありません。そういう連中が増殖して荒んだ話の価値が下落するのはご免ですから、できれば潰しておきたいとは思っています。
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2009年05月05日

過去の思い出話でしかTRPGはアンテナを張ってもらえないのか

 
 TRPG Innovation 2009に参加してきました。
 22卓120名という久しぶりの大型コンベンション。会場の江東区文化センターもとても便利な施設で、ユニークなGMさんのもと心置きなく楽しんできました。

 何がプレイできるか分からなかったので何作か鞄に入れて来場したのですが、『スターオーシャンTRPG』なのに『スターレジェンドTRPG』を持っていってしまったのはご愛嬌。
 でも今回のコンベンションはすべてが2000年以降に新発売もしくは改訂されたゲームで占められ、半数近くが去年から先月にかけて登場した新作・改訂版ゲームでした。『ソード・ワールドRPG』がもう発売20周年ですけど、20年…いや、10年前に出ていたTRPG作品もほとんどが改訂もしくは後継ゲームによって作品としての使命を終えているのだと痛感しました。
 20年前も、そして未来もオンリーワンであり続けるであろう『クトゥルフ神話TRPG』を抜かして、第1版から数えても10年に満たない若いTRPGだけのコンベンンションに120名ものプレイヤーが集うという現状は、TRPGは未だ若さがある趣味文化だと見ていいのか最近思う所があるのですよ。

 はたして120名は多いのか。それともショボイのか…。

 去年ガイギャックスが亡くなり、先月にはアーンソンが後を追って、TRPGは1つの時代を終えました。それで、彼らの訃報記事に連なるはてなブックマークなどを見ても、TRPG関連を抜かしたネットのユーザーコミュニティは2ちゃんにしろはてなにしろ、2000年以前のまま時が止まっている人たちの声がとても多く、なんとか現役にしがみついている僕としては寂しくもあり、孤独を感じるのですよ。

 TRPGを過ぎ去りし思い出として言及した彼らにとって、彼らが知りもしなかったゲームで120名ものゲーマーが楽しんでいるという現状は彼らの認識を改めるだけのアピールになるのか…。
 それとも、もう見向くこともないであろう「残滓」でしかなのでしょうか…。

 彼らが回顧する古きTRPGの時代こそが現なのか…。
 それも新世代のゲームに興じる100人以上のリアルこそが現なのか…。

 僕は現役のTRPG者であると同時に、TRPG系ブロガーとして彼らネット住人相手の活動もしています。現場とネットとでTRPGに携わる人たちの世代が分かれ、両者の認識が決定的に断絶しているとするならば、その間で活動している僕は一体どちら寄りにすればよろしいのでしょうか。

 現場で楽しんでいるがままに、新しいデザインによる新しいゲームを軸にコラムを書き続けても、古き時代のゲームへの思い出でしかアンテナを張っていないネット住人の注目は集まりません。
 逆に10年以上前の思い出を軸にコラムを書いてても、現役ゲーマーとしての現在の自分との乖離は間違いなく起こります。正直な所、「昔TRPGはこんなに荒んでいたぜヒャッハー!」なんて武勇伝を1つかましゃ、注目を受けることは割合簡単なのではないでしょうか。でもそんな昔話で識者ぶるのはやはり「老害」と云えましょう。

 結局は、より多くの人がコンベンションに参加してTRPGの現在を知ってもらうのが一番なのですが、ネット上での活動は読者がどうしてもインドア志向の人に優しい空気の中で行うものですから、アウェー感は拭えないのですよ。

 表に出ろ、ほど過酷な要求は突きつけ辛い場ではあります。
タグ:TRPG
posted by 回転翼 at 09:01 | TrackBack(4) | TRPG雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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