2009年08月25日

ライフパスの存在感が薄すぎる

 4月から生活のサイクルが変化して、夜中0時以降に起きてるのがとてもツラくなりました。健康のこと、何よりもコミケでぶっ倒れないために夕食後ウォーキングを始めたのですが、きっちり運動していると23時以降は眠たくて仕方がありません。

 まったく、Blogを書く時間が取れなくてすみません。
 
 では今日もコラム。
 今日はライフパスの役割について。

◆◆◆
 
 ライフパスとは「PCはどのような生まれなのか」「冒険に出た経緯は」など、PCの物語的背景・立ち位置を設定するデータ群であり、多くのはチャートにまとめられています。

 僕が初めてライフパスに触れたのは『サイバーパンク2.0.2.0』だったんですが、自分の想像を凌駕するほど劇的なパンクを作り出せるライフパスは当時かなり衝撃的でした。自分のキャラがどこまで有能になるか、はたまた手ひどい仕打ちを受けるのか…、2.0.2.0のキャラメイクはエキサイティングであり、プレッシャーを感じ、そして盛り上がりました。

 2.0.2.0日本語版が出た当時ライフパスと言えば『トラベラー』というのがあり、これのキャラメイクもとても楽しめたゲームでした。18の若者からスタートして、選んだ経歴に従ってキャリアを無事積めたかで判定して、成功すれば能力値や技能を積める…。これを1判定4年で行って中年以降になってピークになったらキャラメイク完成……なんだけど、キャリア途中で死んだりしてやりなおしとか、このゲームも劇的な不良中年ばかりできて盛り上がったものです。

 2.0.2.0のライフパスとトラベラーの経歴。
 この2つのゲームでのライフパスってのは、プレイヤー本人の発想では及びもつかない別次元に生きるプロでありパンクを作るものであり、それをキャラメイク時にみんなでワイワイやりながら、「うわっ、俺こんなひどい生い立ちになったよ」と盛り上がるためのツールであったと僕は考えています。

 つまりライフパスは劇的であることが第一。
 そして仲間を面白がらせるユニークさがあってこそが華であり、ライフパスを作る目的はコミュニケーションのためにあるのではないでしょうか。

 そう考えると、ここ何年かに出た何作かのTRPGにあるライフパスは何かと物足りなく感じ、なんか無駄な要素に思えてくるのです。

 例えば、2.0.2.0より劇的な設定である『ダブルクロス』や『エンゼルギア』なんかだと、オーヴァードだったりシュネルギア適応者だったりと、PCの大本の設定自体が十分劇的であり、「両親を亡くした」だの「施設で育てられた」だのいったライフパスの設定がちっとも劇的に感じません。むしろこれから遊ぶシナリオの方がPCの人生としてはずっと劇的でしょう。
 同じ現代伝奇でも『シルバーレイン』になるとライフパスの各項目ごとに能力値のプラス修正があって加算されるものですから、ライフパスが単なるブースト(強化)のための数値修正が目的であり、物語的背景などはただの端書きに過ぎません。

 国産の現代伝奇物TRPGはPCの存在自体に劇的な設定がなされており、それこそPC全体の設定とキャラクタークラスの設定だけで、十分キャラクターの個性を演出できてしまうものです。これらの設定に比べてパンチ力が弱いライフパスは別に演出する必要はなく、演出しても盛り上がることは少ない「端書き」になってしまっているように思えます。
 
 劇的な設定がいる伝奇物でもそうですから、プレイヤーにとって劇的なPCが出来る必要がないファンタジーでは、それこそ無理してライフパスを設定する必要があるのか甚だ疑問なのですよ。

 設定した側も、その設定を目のあたりにする側も共に「ふーん。そうなんだ」程度にしか盛り上がらないライフパスのデータ群はコミュニケーションの道具としての役割を失さており、単なるルールブックの穴埋めに成り下がったと言っても過言ではないでしょう。
 ライフパスが単なるキャラクターシートの余白部分を埋める端書きに堕すのは、かつてライフパスで盛り上がっていた僕からすれば実にもったいないわけで、何らかしらのアイディアを以て改善したいものです。

 システム面で面白いギミックを入れるのも解決策ですが、普段のプレイでも例えば冒頭でいきなり開陳するような野暮は避け、プレイの幕間にPC同士のロールプレイをする際に一定条件下で演出できたら何らかのボーナスを与えるとかいった工夫などしてみたら面白いかもしれません。
タグ:TRPG
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2009年08月06日

銃の時代の戦士 〜TRPGにおける「初心者は戦士」の鉄則への疑問〜

 もうじきコミケです。
 今年も非電源に行きたいのですが、2日目でしょ?
 コミケは朝並んで10時からたっぷり楽しむのがいいんですけど、2日目ってあの東方があるんですよね。前回、それと知らずに電車乗ったら初日よりも人が多い上に、明らかに危険なのがワンサカいて心底嫌になってるんです。
 つーか、改札脇の鉄柵乗り越えるのは引いたというより、止めろ。

 今日はファンタジーTRPGにおける戦士=初心者向けという通例への疑問を投げかけてみます。

◆◆◆

 ファンタジーTRPGでは「初心者は戦士を選ばせろ」というのがセオリーとされてきました。魔法使いや僧侶など、ゲーム中にデータを駆使するクラスは初心者の事務処理速度ではプレイに支障をきたし、盗賊などの技巧クラスをプレイさせるには機転がきかない…。しかるに、武器と防具を与えれば後は攻撃の一手で済む戦士が一番簡単である……というのが、従来の論点でした。

 でも、昨今のTRPGを見れば『D&D 4th』にしろ『アリアンロッドRPG』にしろ、『ソード・ワールドRPG2.0』にしろ、「戦士=初心者向け」というセオリーはもう時代遅れの認識かと思えてきます。

 なぜなら、初心者に戦士を推す理由は、

1:キャラメイクにおいて取捨選択するデータが面倒でないこと
2:プレイ時に管理するリソースの管理が面倒でないこと

 という2点にありますが、この3作品を含めた昨今のTRPGでは戦士系がデータの選択やリソースの管理において格段に面倒かつシビアになっているからなのです。

 今や多くのTRPGで技能および特技に類する、かつてスペルキャスター(呪文などの特殊データを使えるクラス全般)のみが扱っていた特殊データをどのクラスでも扱えるようにしています。

 とみに戦士系の技能、特技は戦闘における数値修正およびダメージ量のみに集約される……要は「いかに攻撃力、命中確率を上げて大ダメージを与えるか」、「いかに防御力、回避確率を上げてダメージを防ぐか」という目的に絞られてデザインされますし、遊ぶ側もその一点に集中してキャラメイクをします。
 
 まこと、戦士とは武器と防具の機能こそが存在意義の全て。

 従って、きちんと数値を計算し尽くして最善手を打ったキャラと、数値の見立てをせずに設計したキャラとではキャラの性能が段違いになります。
 これが攻撃魔法から幻術、占術まで存在意義が幅広い魔法使いや僧侶なら、攻撃魔法特化とか占術専門とか、活躍の場面が一様でないだけに最善手は一概に決められない所があります。すなわち、どこかで「使える」要素があり、優劣の物差しでは計れないってことです。
 ところが、戦士は「敵にダメージを与える」「敵のダメージを防ぐ」にデザイン、プレイともに目的が集約されてますから、データの選択には自ずと最善手が生まれ、選択の巧拙が生じるのです。

 要するに、技能・特技が搭載された昨今のTRPGでは、役割が単純な戦士系はデータの選択がシビアなのです。算数が得意でないと昨今の戦士は務まらないのです。
 
 さらに戦闘特技にMPの消費など使用回数制限を設けるTRPGもあり(上記3作品にはある)、かつて戦士がただ攻撃の一手で済んでいた理由である「リソース(管理資源)を気にしなくていい」という時代は終わりました。戦士も他のクラス同様、リソースの管理を義務づけられたのです。
 
 武器は剣のままだが、使用回数制限によってTRPGの戦闘は剣の時代から銃の時代に進化したのです。戦士は常に弾丸の残量を気にしながら戦う必要に迫られているのです。
 戦闘において弾丸は打ち止めもダメですが、出し惜しみという選択もただダメージを受ける機会を増やすだけでダメ。しかも常に前線に立つので攻撃の判断は毎ターン求められ、後方で好きに戦機を窺える他のクラスと比べて、リソースの管理がより頻繁に発生します。

 銃の時代になった昨今のTRPGでは、戦士は全クラスの中でもリソースの管理が頻繁になり、事務管理能力が未熟な初心者には高負担のクラスになったのです。

◆◆◆

 データの選択がシビアになったこと、頻繁な事務管理が要求されることなど、銃の時代に生まれたTRPGでは戦士は資源管理、状況把握、取捨選択に精通した熟練者向けのクラスとなっていますし、役割が単純なだけに上手い下手の差が如実に現れてしまいます。

 こんな時代で初心者に戦士を任せようなら、先輩の指図を受けまくった、自分で考えたのはそれこそ名前だけというお仕着せのキャラメイクをする。戦闘ではどう特技を打てばいいのか分からずに毎ターンまごつく。自分のキャラを操作するのに忙殺されているからパーティ全体に目が行き続かず、気がつけばHPが激減していたりする……。

 要するに、初心者を役立たずにしてしまうってことです。

 TRPGの熟練者はいずれもアドバイス大好きですから、初心者が役に立てなくてまごつくのを喜ぶ人もいることでしょう。だが、どうしていいのか分からずにまごつき、1から10まで先輩のアドバイスに従ったセッションをした初心者がTRPGについて評価することなどできるでしょうか。

 そして、「よく分からなかった」「狐につつまれた」「実感が湧かなかった」という感想を抱いた初心者が取る行動など、愛想笑いで誤魔化して2度と近づかなくなるに決まっています。

 初心者がプレイを継続するようモチベーションを維持させるのに必要なのは、熟練者の親切心などではなく、初心者自身のゲームへの実感に他なりません。初心者自身が自分の行動によってゲームを動かした、役に立ったという実感を与えなければ、そのゲームは「プレイ」ではなく「ガイダンス」に堕してしまうのです。

 かつての初心者は戦士の時代においては、データ選択、リソース管理という役目を免除、軽減されるという「思考しなくてよい」という意味で「簡単」が用意されていました。思考しなくても、ダイス1つで実感の湧くプレイは出来たのです。
 だが、誰もがデータ選択、リソース管理を求められる銃の時代のTRPGにおいては、その役目を免除、軽減できるという方向で初心者向けという事態は存在しません。

 本記事で戦士を熟練者向けとした理由は「データ選択がシビアであること」、「リソース管理に余裕がないこと」です。ならば初心者に向いているクラスは「データ選択に多様性があること」、「リソース管理に余裕を持てること」が条件だと僕は考えています。
 そう考えると、僧侶や吟遊詩人などの支援・援助系キャラが今の時代には初心者向けなのではないでしょうか。
 
タグ:TRPG
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2009年08月03日

ご都合主義は残念プレイなのか

 とりあえず生存報告。
 つーか久しぶりに週1ペースでセッションだったので、Blog書いてる余裕ありませんでした。Blogを書く重要なモチベーションとして「プレイができない鬱憤」がある以上、色々GMの支度をしてたりするとどうしても鬱憤が溜まらないものでして…。
 いや、リア充になることはブロガーにとってよくないことです、ハイ。

 そんなわけで、今日最近プレイしているシルバーレインからつらつらと。システムのおさらいもしますから、知ってる人には冗長だけどそこはご了承下さい。

◆◆◆

 ここ最近は『シルバーレインRPG』をGM、プレイヤーともよくプレイします(PBMには参加していません)。僕としては以前プレイしていた『特命転攻生』の後継として取り組んでいますが、システムとしてはかなり優れているだけに特命のような一発屋キャラゲームになりはしないかと不安を感じてはいます。

 さて、このゲームは能力値として《気魄》、《術式》、《神秘》の3種があり、それぞれ体力、知力&技能、運勢&ご都合主義を司っています。シルバーレインはこの3種の能力値の中から1種を用いて、「私はこういう手段で判定をする」と手段を講じてから判定をします。

 例えば「必要な情報を入手する」なんて判定でも、

《気魄》:地道な聞き込み。歩き回って探す。etc…。
《術式》:資料を揃える。検索をする。etc…。
《神秘》:実はその道に詳しかった。偶然情報が舞い込んだ。etc…。

 …などと手段を宣言してから判定をします。
 判定は数値の書かれたカード(各プレイヤー複数枚所持)を2枚まで出し、さらに補助としてほかのプレイヤー2名までが1枚ずつ出すこともでき、出たカードの数値を積算して判定値とします。
 この時、判定に参加したプレイヤーは出したカードに書かれた推奨ロールプレイを行うことで、山札からカードドローが出来るポイント(「運命の絆」)を獲得できます。

 プレイヤーとしてはこのシステムはかなりクセがあるけど、とても楽しめるシステムです。ただGMとしては、システムに馴染めないプレイヤーがいて、楽しめるよう教えるのはいささか苦慮しています。

 それというのも、判定の基準となる「手段を講じる」というのが中々考えがつかないという人が意外といるのです。
 よくあるTRPGだと判定は「《筋力》で判定します」などと使用能力値をストレートに明示して、それでダイスロールをするのが通例です。ダイスを用いたTRPGだとダイスロールが判定のロールプレイよりも楽しいからか、ロールプレイを冗長と見て省略する傾向がよく見受けられます。

 そういうTRPGに慣れた人にとっては、シルバーレインのまず判定のロールプレイを考案するというプレイに戸惑うのかもしれません。シルバーレインはダイスロールがありませんし、カードドローでは運試しでの白熱は共有できませんので、他のゲームよりロールプレイで楽しむ要素が強いのです。
 だけど、発想を得るための能力値がこのゲーム、分かりづらい。
 《気魄》に《術式》、《神秘》…。このTRPGの中でも独特なワードからアイディアを練ろって言われても、咄嗟に出るもんじゃありません。

 とくに《神秘》での判定は他の2つに比べると格段に出る頻度が低い……プレイヤーとしてはアイディアが出ない能力値と言えます。

 「手段を講じる」ということは、その手段についてアイディアを出し、それがGMに手段として認められなくてはなりません。
 その場面において、偶然やカリスマ性、ご都合主義を司る《神秘》を用いての手段は他の2つに比べて格段に理不尽で納得のいかない手段になりがちであり、GMに手段として認知させるのが困難なのです。

 言ってしまえば、「はぁ?」なのです。

 「実は知っていた」だの「偶然情報が舞い込んできた」だのいうご都合主義は普通のTRPGでは「そんな都合のいい展開など認めるか。この邪気眼持ちがぁっ!!」と突っぱねるのが当然の対応であり、ご都合主義を乱発するプレイヤーは困ったちゃんとして向こう10年陰口の対象になることすらあります。

 「ここはお前のチラ裏ではない」と言う通り、自己完結なロールプレイはTRPG界隈ではトラブルを避ける鉄則であるわけで、《神秘》判定を用いるプレイヤーはその個々の作品を超越した不文律を考慮しなければなりません。

 なにしろこの界隈は、他人のプレイを「残念なプレイ」として陰口を叩きまくることが一種の話芸として熟練者のステータスにもなっている業界です。悪評を立てられないよう、なるべく穏当なプレイをすることも僕みたいなコンベンションゲーマーにとっては必要な才になっています。

 ご都合主義=残念なプレイとされがちな環境では、《神秘》での判定は遠慮されがちになるのは当然かもしれません。それ以前に、どうGMを説得し、残念なプレイとして禍根を残さないよう穏当なアイディアを工夫しなければならない《神秘》判定は他の2つに比べてスピードが遅く、そもそも判定に使われないのが現状なのです。

 そりゃ「地道に聞き込みします」とか「インターネットで検索します」なんて手段は誰でも思いつきますし、TRPGでGMする程度の頭の人ならすぐ認知できるでしょう。誰でも思いつく手段など「残念なプレイ」として語り継がれるほどのパワーはありません。

 結果、《気魄》と《術式》の判定ばかりがアドベンチャーパートでは判定に用いられ、《神秘》は戦闘まで温存されるのが、僕の環境下におけるシルバーレインの通例となりつつあります。
 そうなると《気魄》と《術式》メインのキャラを持つプレイヤーは、戦闘シーンで《神秘》カードばかりが溜まり、捨札に固まった《気魄》や《術式》カードを得るために苦戦する(捨札を再シャッフルするためにひたすら山札を消費しなければならない)光景がよく見かけます。

 逆に言ってしまえば、《神秘》メインのキャラはアドベンチャーではひたすらアシストに回って《気魄》と《術式》カードを回し、《神秘》カードを溜め込む方が得策だと言えます。戦闘シーンはアドベンチャーと違って攻撃もしくは特技の使用と状況説明のロールプレイはコマンド化されますので、問題なく《神秘》判定ができます。

 シルバーレインに関して言えば、《神秘》メインのキャラはアドベンチャーではアシストの一手であると見て宜しいでしょう。結果としてシステムを殺す方向ですが、それが穏当であると僕は考えています。

 ご都合主義そのものに関しては、

1:不条理性が高く、卓の合意を得るのが難しい
2:風評被害など、合意を得られなかった場合の危険が高い

 という問題があり、システムとして消化するのが中々難しいとも言えます。『ドラゴンーハーフRPG』などハチャメチャな展開こそが世界観だというコンセンサスのゲームを除いて、多くのTRPGでは「他人に理解されないロールプレイは問題のあるプレイ」というのがコンセンサスになっているかと思いますし、まずはその前提に対処しなければ生かすのは危険であるかと存じます。
posted by 回転翼 at 09:01 | TrackBack(0) | TRPG雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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