2009年10月19日

僕は床屋がとっても苦手 〜TRPGに敷居の高さを感じている人たちへ〜

 僕が苦手な場所の1つとして床屋があります。
 とみに故郷の床屋。子供の頃からお世話になっていましたが、かれこれ20年ばかし足が遠のいています。
 理由はただ1つ。
 あれこれ詮索されることにあります。

 理髪師というのはどうしてこう人の近況について聞きたがるのか理解できない所があります。それも平日に行ったら今日は仕事がないのか、休日に行ったら今日は外出の予定がないのか、まるで他に使うべき時間がないのかと言いたげな質問ばかりしてきます。
 身だしなみのことなんだから、スケジュールを都合して来ているに決まっているでしょうに。

 故郷の床屋も、結局は子供の頃から知っているもんだから、あの子が今はこんなにと成長を見守っているかのように詮索してくるわけです。だから、うまくいかなくて思い悩んでいた時期に行かれなくなって、それっきりです。

 そりゃ誰とも親身に接したいという気持ちは分かります。
 けどね、自分の近況を床屋なんかで訥々と語るには僕はまだ達観できる齢ではありません。まだまだ思いや悩むことは多い。床屋の親身程度で晴らせる鬱憤ではないかもしれません。ましてや、本来なら教誨師やカウンセラーが取り組むべき懊悩が飛び出たとして、その床屋さんは対処できるでしょうか。その覚悟あっての詮索でしょうか。

 ないと思ってますから、詮索されれば野球の話などでごまかしてます。

◆◆◆

 TRPGも対面です。
 それも他人の前で夢想を曝し出す遊びですから、世慣れしてない人には辛い遊びです。対面するのが怖い、アウェーに立つのが怖いからとTRPGを忌避する意見はよく耳にします。

 それに対してTRPG者は常に警戒を解いて参入することを促し続けてきました。いかにTRPGは楽しいか、TRPGはこんなに素晴らしい経験を与えてくれるかと勧誘、誘惑の一手を続けてきました。それも餌(例えば「彼女ができる」「頭がよくなる」とか)で釣るような勧誘よりも、誠心誠意、趣味・娯楽としてのモチベーションに訴えています。

 今や年配のTRPG者の多くが問題だらけのイベントで苦労を重ねた者たちだらけなわけで、彼らは驚くほど親身です。
 そして、それでもTRPGへの不安や敷居の高さを指摘されるたびに自分たちの努力の至らなさを悔やんでいます。そうした無私で親身で、TRPGがもっといろんな人を楽しませる遊びであってほしいと考える人は、あちらこちらで喧伝される「TRPGの問題児」たちよりもずっと多いのです。

 彼らの誠心は敬服に値します。
 だが、敢えて言わせてもらえばTRPG者の見せる誠心、親身など所詮は床屋が見せる親身と同レベルのものであって、不安や敷居の高さを訴える人の心には届かないのではないでしょうか。

 なぜか。
 それは床屋に対する僕の不安感と同じ。
 彼らアウェーな人たちにはTRPGに入る前に経験すべきことがいっぱいあるのです。

 社交家なのにTRPGだけにはアウェー感を感じるという人は少数でしょう。社交がうまくいける人なら、TRPGの場でも普段通りの社交を見せればいいわけで、こちらも彼の普段通りの社交でうまく行くよう平静に努めればいいだけのこと。
 ことさらに偏見や先入観を顕わにする人は論外。

 TRPGに限らず、トータルに人付き合いが苦手な人、楽観を貫くには意志が強くない人、まっすぐの一本道でもあると思っていた道標がなかったりしたら足が進まなくなる人……そうした人に必要なのは説得ではなく日々の環境です。

 外を歩くのが怖いと感じる人は、自分の後ろで笑い声がしたら自分が嘲笑されたと思い身構えると聞きます。では自宅で自分がテレビに背を向けている時に笑い声が放映されたら、同じように身構えるでしょうか。
 もしテレビの声には身構えないというのなら、それは自分とは関係ない笑いであることを学習しているからでしょう。僕の実家には4歳の姪がいますが、2歳ぐらいまでは身構えてました。まだ実音とテレビの音との区別がついていない時期だったのでしょう。

 街頭の笑い声をスルーできない人も、まだ雑多な声に満ちあふれた街頭という場で過ごす日々が不足しているだけかもしれません。すなわち環境に適応していない。彼にとって街頭はまだ非日常なのです。
 
 TRPGのプレイでも同じことがあります。
 慣れない初体験のゲーム、筋書きの見えないシナリオ、話の展開が上手でないGMなど、不安要素が多くなるとプレイヤーは臆病になります。まるで自分のHPが1しかないように振る舞い、依頼やNPCを警戒し始め、テーマも設定も無視してシナリオを無難に切り上げようとします。
 システムに慣れ、ゲームの世界観を把握し、プレイの要領を得て、はじめてプレイヤーはフルスペックなキャラクターを駆使できるし、大胆な活劇をロールプレイできるようになるのです。

 もしTRPGに敷居の高さを感じる人、アウェー感が拭えない人がこのBlogに流れついたならば、思い悩む前にまず人と付き合う日々を重ねるべきです。
 慣れるというのは、同じ道を何度も歩くことです。
 勇気があれば何でもできるなどバカげてます。いつも通る道から道標がなくなっていても、狼狽せずに迷わず行けるだけの日々の積み重ねが自信の源じゃないでしょうか。
 勇気は嘘のようになくなりもするものですが、積み重ねた日々に嘘はありません。

 今、TRPGができないと泣けてくるなら、1年後でも10年後でもいい。後で見直せばいいじゃないですか。
 
 そして慣れてみれば、TRPGは夢を語りますが、語る人は神でも超人でも、別世界の人間でもない、世知辛い現実社会に生きる凡人ばかりであることに気付く時が来るでしょう。
 
 僕のBlogは決してTRPG者に対してポジティヴなことばかりを書いているわけではありません。むしろネガティヴな言説が多く、悪影響があるのではと眉をひそめられてもいます。
 だが、TRPG者は完全無欠、幸せの国からの伝道師ではありません。
 他の世の人と同じように思い悩み、問題を抱え、自分たちの行き先に怯えながら、TRPGのある日常を過ごしているのです。その事実に真摯に向き合わずして何の人生なのか。
 Blog読者には素のTRPG者というものを見てもらいたい。
 欠点だらけで素晴らしい人格者にはほど遠い、未熟で愚かなTRPG者を見てほしいのです。何ら変わりはしない。床屋が苦手な辺り、少し人付き合いが苦手です。

 TRPGはあなたたちをネバーランドに連れて行きはしません。
 現実の、この世知辛い世の中で欠点だらけの人間同士が肩を寄せ合い、共に酌み交わす酒なのです。さびしくなって飲みたいって人にそっと差し出せばいいじゃないですか。

 それでも、最後に。
 僕はもう少しここで踏ん張っています。
 なのでいつか、コンベンションで。
 
ラベル:TRPG
posted by 回転翼 at 09:01 | TrackBack(0) | TRPG雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月01日

お座敷芸の完成と、劇団の完成 〜『ガンメタルブレイズ』にみるシステム化によって生じる問題〜

 この前、『ガンメタルブレイズ』をプレイしてきたのですが、とても楽しかった反面、なんか色々と考えさせられることもあって複雑なプレイでした。
 
 ガンメタはカードに記された演出手引きをロールプレイで演出することによって、特殊能力を使えるポイントを得ます。特徴的なのは、ロールプレイのカード(シチュエーションカード)は複数枚を手札として渡されますが、基本的には現在登場しているキャラのプレイヤーにカードを渡し、演出を斡旋する形で行使されるということです。

 要するに、プレイ中に突如、他のプレイヤーから
 「君はこのシーンでこんなロールプレイをしたらポイント獲得だよ」
 とシチュエーションカードを渡され、その演出を即興でロールプレイするのがガンメタにおけるロールプレイなのです。

 ちなみにその時はPC1枠でヒロインNPCとの絡みがテーマだったから、何度も「2人の世界」のカードが来てNPCとばかり物語が進み、結局クライマックスまで他のPCと接点持てずに合流苦労しました。

 このシステムに対する僕の感想は、
 「お座敷芸としてのロールプレイのひとつの完成」
 を見た思いです。
 ロールプレイはTRPGにおけるコミュニケーションの道具ですが、TRPG活動自体が遊び手の歓楽を得るためのパーティであると目的を限定すれば、ロールプレイもパーティの興を盛り上げる歓談の道具に用途が限定されます。
 つまり、その場その場でみんなを笑わせるユニークな話や、みんなを唸らせるカッコイイ話を思いついては物語るのが「お座敷芸としてのロールプレイ」なのでしょう。
 『笑点』そのままです。
 ガンメタはロールプレイのお題が記されたカードをやり取りし、お題に沿ったロールプレイをすることで特殊能力という座布団を得る、まさにTRPG笑点ともいうべきゲームでした。

 この笑点システムは『番長学園RPG』が有名ですが、演出のお題をデザイナー側が提示することと、演出の評価が決められていることなど、よりデザイナーの意に沿った笑点をするという意味でガンメタは番長学園の後継ゲームと云えるかもしれません。

◆◆◆

 ここからは問題点。

 ガンメタはロールプレイの報償として特殊能力を使えるポイントを得るシステムですが、それは裏を返せば、ガンメタにおけるロールプレイはすべてポイントを得るために行われるということです。

 要するに、ポイントを得るためにいかに合理的にカードを回すかがテクニックとなり、ロールプレイがゲーム世界やキャラクターの演出といった物語のためにではなく、カードに記されたポイントをより多く獲得することを目的とした「勝つための技術」に変質してしまったことです。
 笑点だと時々歌丸師匠や他のメンバー、山田君をからかったりして座布団を没収されたりするボケがあって、それも場を盛り上げる重要なアクセントになってたりします。しかし、ガンメタの笑点はクライマックスというガチの場(「互角」という意味ではなく、遊び手がPCの性能をリミッター解除する場としてのガチ)があるだけに、そういったボケは存在しません。ひたすら実入りのいい座布団を無駄なく得ようとします。
 
 言ってしまえば、ゲームに詳しくなるほど、テクニックに裏打ちされた最適解通りのロールプレイしかしなくなるってことです。経験を積めば積むほど、そのプレイヤーは確実に額面通りのプレイしかしない退屈な奴に堕すってわけです。

 もちろん、「コイントス」みたいなカードはまず使われない。

 さらにカード渡しの合理化が進めば、たかだか50枚のカードですから「どのシーンで、どのPC枠に、どのようなカードを渡すか」が完全にパターン化され、そのパターンに従って機械的にカードが回されるようになります。
 ガンメタも予定調和を旨とするF.E.A.R社のゲームです。PC枠という物語上の役割分担を求めるゲームですから、他のゲームではパーティの成り行きで決めていた役割分担も、ことF.E.A.R社のゲームでは「誰かから与えられ遵守するものであり、互いの領分は侵犯しない」と誓約した上で楽しむ予定調和が不文律として存在しています。

 すなわち、経験者ばかりでプレイしたなら、もうPC枠が決まった時点で各プレイヤーが使用するシチュエーションカードも決定してしまうってことです。
 そして、「どのシーンで、どのPC枠に、どのようなカードを渡すか」がテクニックとして成立している以上、あらゆるプレイヤーはゲーム中、カードを渡すタイミングを見計らうという、それはそれは忌まわしい「空気を読む」ことをしろってことになります。

 冗談じゃない。

 けど、そんなディストピアなTRPGをセッション後の打ち上げで、本気で討論してましたからなぁ。しかも、否定しなくちゃいけないはずの人が何らアクションしてなかったし。

 なんかがっかり。
 そんなんだったら、もう一定の数値だけブレイズトリガー(座布団)渡して、ロールプレイはカードなんか用いない方がお決まりの行動に終始せず退屈しないセッションができるのではないでしょうか。

 つーか、PC枠が決まったら、もうクライマックスまでの間、喋ることまで事前決定していますってプレイヤーが無理して人間である必要などどこにあるんですか。

 ひょっとしたら、ロールプレイの完成がお座敷芸などではなく、「劇団としてのロールプレイの完成」なのかもしれません。予定調和によって完全にコントロールされたTRPGは演劇に等しい……。

 やだやだやだ。

 ガンメタに関しては、こんな馬鹿げたテクニックや予定調和に惑わされず、純粋にゲーム世界やキャラクターを演出することを楽しみたい人とプレイしたいですし、GMとしてもクライマックスまでファッションショーでいいかなと考えています。

 もちろん、最適解を求めるマンチなプレイ自体を批判するつもりはありません。つーか、「システム化とは、遊び手の行動に巧拙の審判をつける行為」であり、「システム化すれば、行動には合理的か無駄かのパターンが生じ、最適解を解くパズルが生まれる」のは腕比べが目的のゲームにおいては宿命でして、それを批判するのは道理が分かってないことになります。
 そして「パズルが生まれる環境では、パズルを解く楽しみがゲーム本来の目的とは別に目的化する」、「ゲーム本来の目的が巧拙の審判から遠ざかれば、巧者ほどパズルを解く楽しみの方にモチベーションを見いだす」のもまたゲームの原理であると僕は考えています。

 すなわち、TRPGとていかに楽しい腕比べをさせるかというゲーム活動そのものに関わる命題には答えを出さなければならないし、そこにデザイナーの腕の見せ所があるのではと思います。
 どんなゲームにもギブスンの『クローム襲撃』にある短編『ドッグファイト』の主人公・ディークのようなドッグファイターはいるものでして、彼らがクズとして孤立しないようコントロールしなければならないのです。

 もちろん、TRPGは遊び手カスタマイズしてデザイナーの提示した通りではない遊びを提供しても問題ないゲームですから、原本だけでは不満な要素があったとしても、ただ不満をぶつける扇動者となるだけしかないCRPG愛好者とはアクションが違ってきます。

 素のままでダメなら、やりやすいように改造するべし。
posted by 回転翼 at 09:01 | TrackBack(0) | TRPG雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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