2008年09月22日

テイルズ課金でCRPGが失うもの

 『テイルズ オブ ヴェスペリア』が経験値を販売することについて、ネット界隈では賛否両論があったようです。TRPG者として言及するならば、金をかけても時間をかけても両者ともに同じ展開である以上、その手段をとやかく言っても仕方がない。CRPGの成長システムを見つめ直すいい機会ではないかと思います。

 実の所、CRPG愛好者にCRPGの成長システムを問い質すことには一抹の躊躇がありました。彼らは一様に多大な苦労を経験しているからです。
 誰でも時間をかければクリアできるCRPGはともすれば、成功が確約されたゲームとも云えます。だが、その確約が実現するまでには膨大な時間を単調で実入りの少ない経験値稼ぎに費やさなくてはならないわけで、その苦労は技量が向上するまでひたすらトライ&エラーを繰り返すアクションゲームの苦労と比較しても、決して卑下するものではありません。
 アクションゲームは達成感を得るためのストレスに、失敗による挫折や無力感が用意されていますが、CRPGも達成感のためにストレスが用意されているのは同じで、こちらは単調で実入りの少ない作業による苛立ちと徒労感があります。
 その苛立ちと徒労感を乗り越え、苦労を達成感へと昇華させた苦労人に対して賞賛することはあれ、その意義を問い質すことなどゲーマーとしての良心が許しません。
 
 でも、その苦労は金と等価になってしまいました。
 テイルズの経験値販売は、いわゆるアイテム課金と違って出資した者としない者との間に格差が生ずる物ではありません。両者ともに同じ展開のゲームをプレイします。そのための道程が、時間をかけるか金を投じるかの差というだけです。
 この問題が波紋を呼んだのは、金と時間が等価になったことではないのです。CRPGに費やす時間は多大な苦労が伴っていたわけで、その苦労と金が等価になったことが波紋の原因なのです。 

 CRPG愛好者は今までの苦労が金で買える時代になったことへの憤りがあります。だが、それ以上に遊び手自身の技量で勝負し課金による成長ができないアクションゲーム愛好者よりも、一歩位が下がったことが、CRPG愛好者にとっては痛いのかもしれません。

 CRPGもソリティア(1人遊び)ですけど、誰もが身近にあるコンシューマーゲームの場合、ゲームのクリア実績は友達同士の間ではちょっとしたステータスになり得ます。 
 ゲーマー同士でリスペクトを得ようとするなら、それは技量の高い所を見せ付けるか、誰もが納得できる正当な苦労を重ねるかして目標を達成したかを誇示するのが筋です。CRPGの場合は苦労の方ですけど、金で代替できるものをリスペクトする人はどれだけいるでしょうか。
 
 そのうち、CRPGをクリアしたことが何の自慢にもならなくなる日がくるのかもしれません。お前金払ってクリアしたんだろだせ〜なと、残酷な子供社会ではいじめのネタになるかもと懸念されたり、と。
 あるいはよりビジュアルノベルに近い存在になり、誰もが小説やアニメを語るがごとく、クリアの実績よりも物語の評論を以てリスペクトを得ようとする世界になるかもしれません。
 
 でも、それってより一層マニア向けになるってことです。
 子供社会は単純に「俺このゲームクリアしたんだぜ」「スゲー」の世界ですからね。その枠組みから外れることがどれだけ市場の幅を狭めることになろうか…。

 TRPGに限らずRPGは成長が共通したテーマになっています。
 経験値を稼ぎ成長していくシステムが、主人公が経験を積んで試練を乗り越える物語に合致し、物語の主人公と遊び手が共に成長する過程を楽しむゲームとしてRPGは支持されてきました。
 それが、遊び手は苦労せずとも課金で解決ともなればRPGに入れ込む理由が失せてしまうわけですが、まぁ主人公の方も最初から厨二設定な俺様TSUEEEEE! 的なキャラならお似合いなのでしょうか。
 遊び手は苦労知らず、主人公も厨二英雄だとしたらTRPG者である僕としてはこれ良きビジュアルノベルであると評するわけです。

 それでいいのかは、僕には分かりません。
 今はまだ課金システム自体が一部のコアゲーマーの間だけのものですけど、今後このシステムが定着するかどうか、市場の観察は注意深く行うつもりです。

◆◆◆

参考記事

経験値を廃止してもよいTRPGもある 〜成長の意義あれこれ〜
posted by 回転翼 at 09:01 | TrackBack(0) | よしなしごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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