2008年11月22日

「ない」ものと「ある」もの 〜何を飲むのだシリーズ注釈〜

 《禁酒の》誓いを立てて酒、麻薬、カフェイン飲料を絶ったパラディンと仲間たちが喫茶店で歓談する「何を飲むのだ」話もシリーズ化して今回で4回目。今日は折り返し地点ということで今までのまとめに入ります。
 いつもの当Blogらしい話になりますので、笑い話目当ての方はご了承ください。

●「ふぅ…。危うく
 アンデッドと化した牛乳
 を飲まされるところだった…」
パ「不浄なる暗黒の牛乳か…。いくら骨太になってもゾンビが感染するのはいただけないな。いまさら再教育してブラックガード(黒騎士)になるのも面倒だし…」
▲「面倒以前に嫌がれよ」
パ「いや…、高貴なる犠牲によって殉教した牛乳ならばリズン・マーター(蘇った殉教者)となって安心して飲めるロングライフ牛乳に…」
●「…牛乳に何を望むんだよ…」
パ「革袋に入れてる間にレベルアップして、そして10レベルで上方次元界に旅立つころには美味しいセレスチャル・ヨーグルトになっているのだよ」
▲「…何と高貴なる牛乳…。『人生目標はエリシュオンで楽隠居』なんてほざくパラディンにはできないことをやっけのける」
DM「中の人が秩序にして善でないパラディンは辛いな」
パ「中の人などいないっ」


 ファンタジー世界で非カフェインのソフトドリンクを探すのは意外と大変だという記事も今回で4回目。そもそもがファンタジー世界を紹介するが上での常套句である「中世欧州みたいな」を元に、中世欧州での飲物事情を調べているのですが、魔法という便利な技術があったとしてもおいそれとは便利になれない事情ってのがあります。

 まず第一に気候の問題。
 ファンタジーTRPGの舞台はおおむね、イギリスフランス、ドイツなどのアルプス以北、西岸海洋性気候に属する諸国がモデルになっています。従って、温帯で育つ多くの柑橘類やバナナ、マンゴーなどのトロピカルフルーツの類は自然栽培は困難です。

 第二に衛生面の問題。
 欧州都市部の水利は決して良くなく、生水の飲用は赤痢、コレラ、腸チフスの原因とされ嫌悪されてきました。その辺は現代でもインドや東南アジアなどを旅行する際は水に注意するのと一緒です。衛生状態の悪い都市部では洋の東西を問わず、水売りが近郊で汲まれた水を買っていました。

 そして第三に食習慣の問題。
 食料の保存が干すか塩漬けにするかしかない時代、発酵食品の中でも保存がきく酒類は中世欧州人にとっては大事な栄養源であり、修道士たちがそれこそ生涯をかけてビールやワインを作り、薬草を集めてはリキュールの開発に勤しんでいました。現代よりもずっと酒が必要とされていた時代なのです。
 欧州において禁酒、節酒の思想が芽生えたのはジャガイモなどの救荒作物やスパイスの伝播による食料の増産と、都市の発達によって労働者が増加したことが関係しているのと思われます。賃金によって食料を買い生活する労働者は、ベンジャミン・フランクリンが指摘する通り、給金を酒に費やす者と栄養のある食事に費やす者とでは労働量に差が生じ、賃金も違ってきます。
 紅茶やコーヒーも、こうした都市生活者の間に酒に代わる健康飲料として広まったのです。

◆◆◆

 ファンタジー世界には「ない」ものが「ある」という面白さがあります。それはファンタジーが物語だからであり、「ない」ものが「ある」のは1つの楽しい物語を提供しているからなのです。
 ファンタジー世界では中世欧州では希少だったオレンジジュースが普及していても技術的には問題はないのです。だが、ファンタジー世界の人々がいかに「ない」はずのオレンジジュースを製造し愛飲するようになったかという物語を示さなければ、それは現代人が現代感覚で無造作に書き置いた端書きに過ぎなくなります。
 
 TRPGはイメージと対話ゲームで成り立つゲームですから、遊び手の想像力を強く喚起させる物語が必要なのです。ただ漠然と「ある」だけの存在など物語に取り上げられることもなく、ただ存在だけを記した端書きなど読むほどのことでもありません。
 TRPGは30年以上の伝統があるゲームですが、結局は物語の蓄積が多い作品が生き残っているのです。

 さて、物語世界の中に、「ある」ものと「ない」とが生じる場合、「ない」ものを「ある」とする場合はどのような物語の元で「ある」ことにするのかを考えます。
 大事なのは、「ない」ものは理由もなく「ない」のではなく、「ない」のが常識であり、物語の受け手も常識的に考えれば「ない」方が自然に受け取れる代物だってことです。それを「ある」とするには、「あってもいいじゃん。面白そうだし」と思わせるだけの寓話で常識から離さなければなりません。

 現実世界でも食べ物、飲物の伝播には様々な逸話が生まれます。日本でも醤油の誕生は、唐から径山寺味噌を伝播した僧が紀州湯浅の地で作らせた所、樽の底に溜まった汁が美味しかった所から始まったなんて逸話があります。
 実際にはもっと自然発生的なものだったのでしょうが、生活に変化をもたらす食品の伝播には、人々に好奇心を芽生えさす物語が役立ったのでしょう。

 オレンジジュースにしても、エルフなど自然界の神秘に精通した者たちがいるのだから、彼らの中から南方で自生していたオレンジの芳香に魅せられ、ドルイドの魔法で栽培に成功しジュースを製造している氏族がいるなどと設定を考えればいいのかもしれません。

 そうすれば、ただ漠然と価格表にオレンジジュースと書かれていただけでは浮かばないような物語がシナリオの題材として役立つでしょう。
 エルフに敵対的な魔法使いが精霊の力を悪用して、周囲の気候を寒冷化しようとしている…。このままではオレンジは不作となって収穫祭を行えない…。PCたちは氏族の依頼を受けて魔法使いを倒すために…。

◆◆◆

 ファンタジーで創造力を発揮するために大事なのは、「ない」ものを「ある」ことにするために物語を駆使するのはもちろん、元来「ある」ものを「ない」ものとして無視してはならないことも重要です。
 
 元来「ない」ものを構成する物語はそのファンタジー世界の特異性を現す物語ですが、元来「ある」ものはファンタジー世界でも通用する自然さを現す物語です。
 春には草木が生え動物たちが冬眠から目覚めるのは、現実でもファンタジーでも変わらずに「ある」物語です。そうでないのなら、そうでないなりの物語を考えなければなりません。
 物語を考えることもせず、「季節なんて考えなくていい」などと端折ってしまえば、水着姿で冬山に登ろうが鎧を着込んで灼熱の砂漠を歩こうが何の問題もなくなります。
 もちろんGMの中には端折る人はたくさんいます。だが、僕の経験から言えば端折って物語が面白くなったということはないです。

 「ある」ものを「ない」とする行為は単に説明を省略するのみならず、物語を作ることを放棄させることに繋がります。物語が崩壊すれば、それぞれがご都合主義で勝手な思いつきを放言するか、物語を作ることを止め、早く戦闘をしろダイスを振らせろと喚くかしかしなくなるでしょう。
 
 遊び手たちが物語を分かち合うためには「ある」ものの物語はきちんと設定として盛り込まなくてはなりません。その上で本来「ない」ものがいかにして「ある」のか、その特異性を盛り込むのがTRPGの舞台として使える設定の在り方なのではないでしょうか。

◆◆◆

 そんなわけで、次回からは非カフェインのソフトドリンクで、中世欧州でも飲まれていたであろう飲物を紹介します。


タグ:TRPG
posted by 回転翼 at 09:01 | TrackBack(0) | TRPG雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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