2009年02月19日

嘆きの碩学世代2009

 ネットブックが欲しいのです。
 そりゃもう猛烈に。だけどケチな上に臆病な性質ではなかなか思い切った散財はできせまん。とみに電化製品は本当に必要なのか、ついつい悩んでしまう癖がついていて厄介なことこの上ない。

 今日は昔の記事がTBされたので、現在の見解を。

◆◆◆

 続・嘆きの碩学世代

 もう3年半前の記事。
 この時期はまだ仲間内でプレイしてたんですよね。
 環境は随分変化しましたし、TRPGに対する姿勢も当時とはかなり異なってきているのかなと思います。
 阿波踊りも引っ越したんでもう参加してないし。

 つーか、3年半。
 そんなに時間があって見解がまるっきし変わってないとしたら、お前どんだけ停滞してたのかよということになります。不満な点はプレイで1つ1つ検証して、現状が不満だったらまず自分を変えてみる…。

 結局、僕は世論をどうこうしたいのではなく、自分の環境が改善されれば事足りるのです。オピニオンリーダーとして敬意を受けるのはそれなりに嬉しいことですが、どこの誰か知らぬ人が勝手に僕の見解をコピぺして、さぁ我もTRPG通なりとやってしまうような影響力は正直、迷惑この上ない。

 さて、3年半が経過して、僕が永遠の敵と名指した衒学プレイヤーはどうなったのかと云えば、僕自身がそんな粘着なお付き合いをしなくなったので、現場ではトンと縁遠い存在になりました。

 実の所、TRPG界隈ごどきで教養人ぶって偉ぶる似非エリートはもはや田舎の書生崩れ程度にまで存在感は下落したものかと思います。昔と違ってネットという「大海」があって、衒学者どもが一説ぶった所で「そういうことはネットでやれ」で片がつきます。

 ゲーム総合情報誌が全盛だった80〜90年代、TRPGはファンタジーに関連する物語文化愛好者が集う場を提供しており、TRPGサークルがサブカルのサロンになっていた時期もありました。
 そこへ自己顕示欲と名誉欲に駆られた教養人崩れがサブカルでお山の大将を気取らんと入り込むことは十分ありえることでして、そういう連中の手によってTRPG業界は肥育されていったのです。

 業界としては野心的な層を飼うことは拡大に繋がるし、専門知識を揃えられる大学生ヲタクの知識はゲーマーとして一目置かざるを得ない貴重なものでした。
 何よりも物語を重視するTRPGは知識人崩れに共通した「口だけ」という性質の持ち主でもそれなりにのし上がれる業界でした。何しろゲームと云ったらドラクエ、ファンタジーと云ったらスレイヤーズやロードスしか知らないお坊ちゃんお嬢ちゃんが大量に参入してきたのが90年代の『ソードワールド』ブームです。彼らから薄っぺらい尊敬を受けることはさほど難しいことではありません。
 彼ら教養人崩れの衒学者にとって実に居心地のよい環境であったことでしょう。
 
 しかしながら、ファンコミュニティが未成熟なまま拡大した日本TRPG業界において、ゲーマーとして小集団を超えてのし上がるシステムが整えられなかったのが、彼らを堕落させる原因になったかもしれません。
 
 今もそうですけど、どんなに見識を深めてゲーマーとして完成度を高めようとも、日本のTRPGはデザイナー集団が彼らとは縁なき場所で勝手に展開します。アメリカの『D&D』のような、ファンコミュニティの手によって展開がなされるような環境は日本において無きに等しいと云っても過言ではありません。
 要するに、どんなにゲームのために勉強をし、ゲーム活動を精力的に行おうがTRPG業界ではせいぜいサークルの幹部として10〜20人程度に重宝される程度の名誉しか手に入らないのです。それが嫌なら、何とかデザイナー個人とコネを持って、彼の丁稚としてイベント等で下働きをするしかありません。

 その結果、栄達の道を断たれた衒学ゲーマーたちは一気に野心を失い、少人数相手にみみっちい権威を振りかざすお山の大将へと成り下がりました。
 僕が激しく嫌悪した衒学ゲーマーは、この野心を失って本当に崩れてしまったゲーマーなのかもしれません。結局、彼らお山の大将も長くサークルを維持することはできず、次々と僕の目の前から消えていきました。

 もし日本のTRPG業界がファンコミュニティを整備し、熱心な投稿者たちの手で展開していたら世紀末前後の冬の時代は回避できたでしょうか…。
 まぁ、2chゲーム板でよく上がる「こんなRPGがしたい」なんてスレを見る限りでは、コアゲーマーの意見をまともに聞いていたら、「船頭多くして船山に登る」の諺通りに迷走するだけかもしれませんけど。

 翻って現代、インターネットの登場によって似非教養人が「口だけ」でのし上がる環境はネット世界へと移動しました。野心的な層がいなくなったTRPGは別に遊んでいようが何の実益も実害もない「多くある趣味の1つ」に落ち着きました。

 もう以前のように、野心を失ってお山の大将に崩れてしまった衒学ゲーマーがたむろしやすい環境ではないでしょう。それどころか、野心的に活動するコアゲーマーすら不要とされているかもしれません。

 現在はデザイナーが与えたままのものを、遊び手はそのまま消費していくコンシューマーゲームの関係はTRPG業界でも完成されています。
 かつてはデザイナーのデザインを上回らんと志すコアゲーマーがシステムや世界観を改造・補完し、デザイナーが示したままよりも面白いゲームを提供しようと躍起になったものです。ですが、今のTRPGはそれほど野心的な層を飼う必要などない業界になっています。

 多くある趣味の1つであるTRPGに、デザイナーと面白さを競おうとするほどの価値など、他にいくらでも楽しみがある一般ゲーマーなどありゃしないのですから…。

 確かに腐った連中が消えたことは喜ばしいことですが、野心的なゲーマーの活動を昇華させ報いるような仕組みをまだTRPG業界が見出していない現状を省みれば、根本的な解決はまだ先送りされたままです。

 
 
 
ラベル:TRPG
posted by 回転翼 at 09:01 | TrackBack(0) | TRPG雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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