2009年03月15日

オードリーや超新塾の笑いは美少女アニメやゲームの萌えに通ずるのかも

 この前、NHK『爆笑オンエアバトル』の第11回チャンピオン大会B組予選を観ました。結果は超新塾、フラミンゴ、我が家など定番のネタを披露したグループが上位でファイナルに進出し、逆に多彩な芸を持ち今回はシュールネタで来た井上マーは最下位に終わりました。

 僕はお笑いには疎いのですが、仮にこの結果が最近の潮流だとしたら、超新塾や我が家といった「いかなるボケをかますのか」、大まかなキャラクター付けされた芸人がテンポよくボケを連発し続ける芸風が舞台ではよく受けるのでしょう。昨年末からブレイクしているオードリーもキャラクター&テンポの芸風がよく計算されているコンビです。

 逆に井上マーは芸の幅が広く、色々な種類の笑いを引き出せる人なのですが、それ故に彼の芸は客に「読む」ことを強いているのかもしれません。いわゆる「じわっとくる」芸であり、後々数寄者たちの間で「これこれ、この芸どう思う?」と話題になることでじんわりと真価が発揮される芸なのでしょう。瞬発的にこみ上げる笑いが重視されるオンエアバトルの舞台では、今回のネタは少し鈍重だったのかもしれません。

 今回の予選で勝ちあがった5組とA組の5組が決勝にて珠玉のお笑いを発揮できることを期待したいと思います。もちろん、敗退した者たちにも幸あれかし、と。

◆◆◆

 さて、今回のオンエアバトルを見て僕はこんな発想をしました。

 「美少女ゲームやアニメに見られる“萌え”の境地は、超新塾や我が家の笑いと共通するものがあるのではないか…」

 お笑い芸人を美少女キャラ、笑いを愛嬌へと変換すれば、なるほど萌えとは瞬発的な愛嬌を見せる舞台芸であると解釈できます。

 先程、お笑いにも瞬発的な笑いを出すタイプと、読み解くことによってじわっと笑いを発想させるタイプがあると言いましたが、メディアによる表現活動そのものも、直感的認識に訴える感性タイプと、思考に訴える理解タイプの2種類があると僕は考えています。
 そしていわゆるヲタクメディアでは、アニメとゲームが感性タイプ、漫画や小説が理解タイプに分類されると思います。

 アニメやゲームなどの感性タイプメディアは基本的には読み返しをせず、展開を一気に流す不可逆的な要素があります。アニメやゲームは画像と音声を同時に発することにより、思考よりも視覚・聴覚による直感的認識を以て表現とする体感型メディアであると云えます。
 感じる能力に訴える感性型メディアは、人が社会生活を営む中で学んだ経験則によるものの良し悪しを計る感情……好感度を刺激することによって支持を得ます。感性型メディアへの許容を示すのは「好き」「嫌い」だってことです。
 そして、人類は長い歴史の中で「笑い」や「愛嬌」「セックスアピール」などを好ましいと位置づけています。これらを好感覚と呼べば、感性型メディアとは好感覚を喚起することが媒体としての影響力であると云えます。

 もちろん、人間が直感的に認識できる感覚には限界があります。
 そこで好感覚が瞬時に引き出せるように「パターン」や「記号」といった好感覚の詰め合わせが発明されるようになりました。感性型メディアは基本的にパターン・記号を見せることで発揮されます。
 
 対して小説や漫画など理解タイプのメディアは読者が自由に読みたい箇所を読み、自分のペースで理解することで楽しみを得ます。感性タイプは云わば様々な認識が交錯して頭が混乱している、衝動時に発揮されるメディアなのに対して、理解型メディアは情報が整理され、頭が平静な状態の時に発揮されるメディアです。
 共に根源は感覚に訴えてはいますが、理解型メディアには人類が快適さを得るための集合知が加味され、空間認識に関する集合知としての「美」が理解型メディアの判断基準になることが多々あります。
 
 簡単に言えば、人間が知的生命体故に備わっている想像力、イメージする能力に訴えるのが理解型メディアだってことです。「美」「物語」「哲学」「ジョーク」などはイメージとして好ましく享受できる感覚なので、思考による理解が必要です。

 ここまで難しいこと言いましたけど、アニメやゲームに出てくる萌えの境地はイメージではなく、パターンであり記号です。ツンデレ、ヤンデレと云ったパターン、メイドや巫女と云った記号によってヲタクの好感覚を刺激して、体感として影響させるのが萌えアニメ、萌えゲーの手法なのです。第1話で通学中にすれ違う出会いも、7話ぐらいで海やプールで水着祭り→縁日で浴衣祭りになるのも、すべてはパターンであり記号なのです。

 オードリーのコントも「ズレた会話をする気色悪い男」と「平凡だが奇獣の扱いに慣れた男」がパターンとして定型化されたコントを見せることによって、笑いを体感させる芸をしています。記号としても、いつもピンクのセーター姿の春日をはじめ、超新塾、我が家など常に同じ格好をしています。

 なるほど、春日はヲタクにも受けがいいわけです。

◆◆◆

 ここまで考察すると、萌えがアニメを駄目にしたという意見にもきちんとした理由があるのだなと思います。とみに漫画、ラノベ原作のアニメ、ゲームはレイプとまで言われるのにも同様の理由があるのでしょう。

 漫画、ラノベは理解型メディアですから愛好者は芸風を読み解き、イメージとして愛好しているものかと思います。ところがアニメ、ゲームは感性型メディアですから、イメージは製作者側の手によってパターン、記号として勝手にまとめられてしまってます。

 レイプという言葉が全てを物語っている通り、理解型メディアの原動力たるイメージは性行為ではオナニーに当たります。それが自分のオカズが他人のイメージによって感性型メディアたるポルノに仕立てあげられたら、なるほど寝取られ感はあるでしょう。

 漫画、ラノベ原作のアニメ、ゲームが難しいのはファンサイトが理解型メディアで形成され、イメージを読み解いてファンになっているのに感性型メディアではイメージが及ばないパターン・記号として演出がされている。すなわち自分のイメージが介入する余地なし。
 しかもアニメ、ゲームから入った感性型メディアのファンは思考ではなく、ハイな状態から直感として「好き」と言っているだけ。自分のように平静な状態から「美しい」と理解するような事はしない…。

 う〜む。
 繰り返しますが、僕はお笑いには疎いので推測することしかできませんけど、井上マーの笑いが好きだって人はオードリーや超新塾、我が家のようなコントは嫌いなのかもしれません。

 今日はここまで。
 
posted by 回転翼 at 09:01 | TrackBack(0) | よしなしごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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