2009年09月20日

ゲームブック的遊びにはロールプレイは余興に過ぎないのか

 連休です。
 僕も実家に帰省するにあたり、念願のネットブックを購入しました。
 これで「電子媒体だけでオフラインTRPG」という道に近づいたかと思ったのですが、色々問題もありまして…。
 これに関しては現在検証中。
 
 今日はTRPG内AVGとゲームブックとの関連性についてのノート(自分の思索を書き綴ったチラ裏)です。

◆◆◆

 TRPGで、いわゆる情報収集と呼ばれるTRPG内AVGは大抵がGMが考えた物語の筋書きをジグソーパズルにしてゲームの舞台にばらまき、ひたすら情報の断片というピースを拾い集めては筋書きを読み解くというゲームをしていると思います。

 この遊びはいわば「選択肢を自分で考案するゲームブック」であり、ゲームブック好きとTRPG好きはファンタジー好きの物語文化圏の中でも近しい位置にいるだけに、TRPGで物語を扱う場合の定番になっていると言ってもいいでしょう。
 僕自身はゲームブックにはそんなに馴染んでなかったので、この遊びにはそれほど執着していないのですが、今日はそれは置いときます。

 僕が考えているのは、このゲームブック遊び自体には「キャラクターを物語の登場人物として演出するためのコミュニケーション技術」としてのロールプレイは必要ではないのではということ。
 
 言わば、プレイヤーのゲームブックをもっと自由な展開で遊びたいという欲求と、GMのゲームブックのような物語を提供したいという欲求の合致によってこのゲームブック遊びは成立し、そこにはプレイヤー自身とGM自身との非ペルソナ状態というゲームの構図がある…。
 すなわち、間にキャラクターが立っている意味がない。
 プレイヤーとGMとのチャットに過ぎないのではないか…。

 もしTRPG内AVGの本質がゲームブック遊びであるならば、ロールプレイを「キャラクターを物語の登場人物として演出するためのコミュニケーション技術」だとした僕の見解は無用、もしくは別次元の話ということにもなります。
 物語を作るというゲームにおいて、主役はゲームブック的遊びをしたいプレイヤー本人であって、キャラクターを物語の登場人物として仕立て上げるような遊びではない…。

 実際、僕がこのゲームブック遊びと呼ぶことにしたTRPG内AVGにおいて、ロールプレイは演出というより小芝居であり、コミュニケーションというより座興のために行われるものに僕には見えます。
 いわゆるキャラクタープレイと呼ばれるものですが、ゲーム上の機能は皆無で、とにかくパーティを盛り上げる宴会芸としてのみ機能しているのではないでしょうか。

 そう考えると、ゲームとしてのロールプレイを考察すること自体が馬鹿馬鹿しく思えてくるのですよ。「ロールプレイはお座敷芸であり、ゲーム上の役割はありません」しいうのがロールプレイに関する一番目的に適った説明になるのでしょうか。

 それは違うと言いたいが、それには確固としたゲームモデルが必要です。少なくとも、ゲームブック遊びの中ではロールプレイは必須の技術ではありません。

 実の所、僕自身はあまりゲームブックとは縁がなくて、ゲームブック遊びにも必要性を感じていません。むしろコンシューマーゲーム、ライトノベル、アニメにPCゲームとキャラクターメディアに強く影響されていますから、キャラクターを立てるという遊びに慣れ親しんでいるのです。それがSLG、MWG、ボードゲームにゲームブックといった遊び手本人のゲームセンスを競う遊びに慣れ親しんだ上の世代との間でギャップがあるわけです。

 もちろん、全くの妄想からロールプレイへの着想を得ているわけではありません。
 そこらへんは『サイバーパンク2.0.2.0』や『トーキョーN◎VA』、
『TORG』といった演出としてのロールプレイがテーマとして、あるいはシステムとして搭載されているゲームが強く影響しているのかもしれません。
ラベル:TRPG
posted by 回転翼 at 09:01 | TrackBack(0) | TRPG雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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