2009年10月01日

お座敷芸の完成と、劇団の完成 〜『ガンメタルブレイズ』にみるシステム化によって生じる問題〜

 この前、『ガンメタルブレイズ』をプレイしてきたのですが、とても楽しかった反面、なんか色々と考えさせられることもあって複雑なプレイでした。
 
 ガンメタはカードに記された演出手引きをロールプレイで演出することによって、特殊能力を使えるポイントを得ます。特徴的なのは、ロールプレイのカード(シチュエーションカード)は複数枚を手札として渡されますが、基本的には現在登場しているキャラのプレイヤーにカードを渡し、演出を斡旋する形で行使されるということです。

 要するに、プレイ中に突如、他のプレイヤーから
 「君はこのシーンでこんなロールプレイをしたらポイント獲得だよ」
 とシチュエーションカードを渡され、その演出を即興でロールプレイするのがガンメタにおけるロールプレイなのです。

 ちなみにその時はPC1枠でヒロインNPCとの絡みがテーマだったから、何度も「2人の世界」のカードが来てNPCとばかり物語が進み、結局クライマックスまで他のPCと接点持てずに合流苦労しました。

 このシステムに対する僕の感想は、
 「お座敷芸としてのロールプレイのひとつの完成」
 を見た思いです。
 ロールプレイはTRPGにおけるコミュニケーションの道具ですが、TRPG活動自体が遊び手の歓楽を得るためのパーティであると目的を限定すれば、ロールプレイもパーティの興を盛り上げる歓談の道具に用途が限定されます。
 つまり、その場その場でみんなを笑わせるユニークな話や、みんなを唸らせるカッコイイ話を思いついては物語るのが「お座敷芸としてのロールプレイ」なのでしょう。
 『笑点』そのままです。
 ガンメタはロールプレイのお題が記されたカードをやり取りし、お題に沿ったロールプレイをすることで特殊能力という座布団を得る、まさにTRPG笑点ともいうべきゲームでした。

 この笑点システムは『番長学園RPG』が有名ですが、演出のお題をデザイナー側が提示することと、演出の評価が決められていることなど、よりデザイナーの意に沿った笑点をするという意味でガンメタは番長学園の後継ゲームと云えるかもしれません。

◆◆◆

 ここからは問題点。

 ガンメタはロールプレイの報償として特殊能力を使えるポイントを得るシステムですが、それは裏を返せば、ガンメタにおけるロールプレイはすべてポイントを得るために行われるということです。

 要するに、ポイントを得るためにいかに合理的にカードを回すかがテクニックとなり、ロールプレイがゲーム世界やキャラクターの演出といった物語のためにではなく、カードに記されたポイントをより多く獲得することを目的とした「勝つための技術」に変質してしまったことです。
 笑点だと時々歌丸師匠や他のメンバー、山田君をからかったりして座布団を没収されたりするボケがあって、それも場を盛り上げる重要なアクセントになってたりします。しかし、ガンメタの笑点はクライマックスというガチの場(「互角」という意味ではなく、遊び手がPCの性能をリミッター解除する場としてのガチ)があるだけに、そういったボケは存在しません。ひたすら実入りのいい座布団を無駄なく得ようとします。
 
 言ってしまえば、ゲームに詳しくなるほど、テクニックに裏打ちされた最適解通りのロールプレイしかしなくなるってことです。経験を積めば積むほど、そのプレイヤーは確実に額面通りのプレイしかしない退屈な奴に堕すってわけです。

 もちろん、「コイントス」みたいなカードはまず使われない。

 さらにカード渡しの合理化が進めば、たかだか50枚のカードですから「どのシーンで、どのPC枠に、どのようなカードを渡すか」が完全にパターン化され、そのパターンに従って機械的にカードが回されるようになります。
 ガンメタも予定調和を旨とするF.E.A.R社のゲームです。PC枠という物語上の役割分担を求めるゲームですから、他のゲームではパーティの成り行きで決めていた役割分担も、ことF.E.A.R社のゲームでは「誰かから与えられ遵守するものであり、互いの領分は侵犯しない」と誓約した上で楽しむ予定調和が不文律として存在しています。

 すなわち、経験者ばかりでプレイしたなら、もうPC枠が決まった時点で各プレイヤーが使用するシチュエーションカードも決定してしまうってことです。
 そして、「どのシーンで、どのPC枠に、どのようなカードを渡すか」がテクニックとして成立している以上、あらゆるプレイヤーはゲーム中、カードを渡すタイミングを見計らうという、それはそれは忌まわしい「空気を読む」ことをしろってことになります。

 冗談じゃない。

 けど、そんなディストピアなTRPGをセッション後の打ち上げで、本気で討論してましたからなぁ。しかも、否定しなくちゃいけないはずの人が何らアクションしてなかったし。

 なんかがっかり。
 そんなんだったら、もう一定の数値だけブレイズトリガー(座布団)渡して、ロールプレイはカードなんか用いない方がお決まりの行動に終始せず退屈しないセッションができるのではないでしょうか。

 つーか、PC枠が決まったら、もうクライマックスまでの間、喋ることまで事前決定していますってプレイヤーが無理して人間である必要などどこにあるんですか。

 ひょっとしたら、ロールプレイの完成がお座敷芸などではなく、「劇団としてのロールプレイの完成」なのかもしれません。予定調和によって完全にコントロールされたTRPGは演劇に等しい……。

 やだやだやだ。

 ガンメタに関しては、こんな馬鹿げたテクニックや予定調和に惑わされず、純粋にゲーム世界やキャラクターを演出することを楽しみたい人とプレイしたいですし、GMとしてもクライマックスまでファッションショーでいいかなと考えています。

 もちろん、最適解を求めるマンチなプレイ自体を批判するつもりはありません。つーか、「システム化とは、遊び手の行動に巧拙の審判をつける行為」であり、「システム化すれば、行動には合理的か無駄かのパターンが生じ、最適解を解くパズルが生まれる」のは腕比べが目的のゲームにおいては宿命でして、それを批判するのは道理が分かってないことになります。
 そして「パズルが生まれる環境では、パズルを解く楽しみがゲーム本来の目的とは別に目的化する」、「ゲーム本来の目的が巧拙の審判から遠ざかれば、巧者ほどパズルを解く楽しみの方にモチベーションを見いだす」のもまたゲームの原理であると僕は考えています。

 すなわち、TRPGとていかに楽しい腕比べをさせるかというゲーム活動そのものに関わる命題には答えを出さなければならないし、そこにデザイナーの腕の見せ所があるのではと思います。
 どんなゲームにもギブスンの『クローム襲撃』にある短編『ドッグファイト』の主人公・ディークのようなドッグファイターはいるものでして、彼らがクズとして孤立しないようコントロールしなければならないのです。

 もちろん、TRPGは遊び手カスタマイズしてデザイナーの提示した通りではない遊びを提供しても問題ないゲームですから、原本だけでは不満な要素があったとしても、ただ不満をぶつける扇動者となるだけしかないCRPG愛好者とはアクションが違ってきます。

 素のままでダメなら、やりやすいように改造するべし。
posted by 回転翼 at 09:01 | TrackBack(0) | TRPG雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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