2005年03月26日

カレー味のカレーと秋葉原で10万円 〜葛藤と究極の選択〜

 いわゆる「究極の選択」というのは、TRPGのゲーム性要素とされる「葛藤」とは大きく異なります。
 例えば、一時期流行った「カレー味のウ○コか、ウ○コ味のカレーか」という究極の選択。獣心たる子供社会ならいざしらず、大人同士なら「どっちも食えるかバカ」でも「下品だ」でも構わないはずです。
 どっちに転んでもバカを見る設問ですから、究極の選択とは突きつけられた時点で敗北なのですし、切り出した方も端からバカにする目的で設問するものです。言わば「最後通告」と同様でして、「降伏せよ、さもなくば皆殺し」などと突きつけ、降伏すれば大量処刑、抵抗すれば皆殺しで、最初から皆殺しを決定した上での「究極の選択」なのです。

 この手の究極の選択は一本道シナリオを作る人に多く見受けられます。
 用意したシナリオの見せ場が必ず発生するよう、プレイヤーに無意味な選択を与え続けるという技法です。稚拙なGMは強引に引っ張りますし、上手とされるGMは成果のない聞き込み調査などをやらせてプレイヤーを退屈させます。
 蜜柑を入れる赤い網のように、様々な分岐があるように見えるが始点と終点は必ず一点。そのようなシナリオ展開はAVGなら当たり前ですし、TRPGにしたところで別に問題ではありませんでした。一時期は、プレイヤーは何をしでかすか分からないグレムリンだからシナリオで制御するべしという考えもあって、高等テクニックですらありました。

 『真・三国無双4』で喩えれば、呉の君主・孫堅が伏兵に襲われて負傷、離脱しシナリオ終了後にナレーションで死にましたって処理されるステージがあります。所が、先に伏兵を倒して孫堅を救っても終了時のナレーションで勝手に「負傷した」なんて言い出し、勝手に死んでしまいます。
 孫堅シナリオ終了時に死亡という展開をプレイヤーは覆すことが不可能なのです。

 こういうことを、プレイヤーの介入による混沌がありえるTRPGでも平気でやる人は多くいます。プレイヤーはシナリオに対して受動的であれという考え方があまりにも露骨すぎます。そんなことはAVGでもRPGでも、テレビゲームの方がもっと上手に提供できます。
 僕としては、そんなことをいつまでもやってはいられないなぁと思います。
 いい加減、カレー味のウ○コやウ○コ味のカレーを食わなきゃならない齢でもないでしょうし。僕も僕とプレイを共にする人も。

◆◆◆

 そんなわけで話を葛藤に戻します。

 結局、TRPGでいう葛藤とは「今から10万円与えるから、ここ秋葉原で好きなものを買っておいで。5時に集合たよ」ではないでしょうか。葛藤に駆り立てるのはプレイヤーの能動的な希望に他ならないのです。

 あなたは10万円で何を買おうと思いますか。
 ゲームを買いたい場合、かなり余裕ある買い物ができます。3万でテレビ、2万でプレステ2を買っても、残り5万をソフトに使えます。
 ところが、デスクトップパソコンを買いたいという人には過酷な条件と言えます。安いE-MachineとE-yamaのディスプレイ15インチでもギリギリのラインでしょう。
 DVDレコーダーをイシマル電機で買って、残りはあきばおーでThat'sの録画用DVD-Rをまとめ買いするなり、ヤマギワでDVDを買うなりしてもいいです。恥かしくなければたちばな書店でアダルトDVD買っても構いません。
 もちろん、5時に集合できれば御徒町まで行って貴金属なり三木の菓子なりを買ってきても構いません。
 いずれにしろ、5時には集合してみんなで見せ合います。10万円でパソコンを揃えた人と、アダルトDVDを買いまくった人が成果を比べ合うことになります。三木の菓子10万円分なぞ買ってきたりしたら「何やってんだよ食いしん坊」って内山信司みたいにイジられるでしょう。

 ただし、逃亡と棄権はいただけません。
 「10万円持って帰る」とか「銀行に寄って貯蓄します」とかは許しません。それを阻止する黒服の怖いおじさん方があなたを見張っており、逃亡しようとしたら10万円は没収します。
 「僕、参加しないけど見てるだけでいいよ」という人もダメです。10万円持ってお買い物してる人たちの隣で完全に石ころになれる人なんかいやしないでしょうから、あれこれ口を挟んで迷惑をかけること間違いありません。悶着を起こす前に退場願います。

 TRPGの葛藤も似たようなものです。
 基本的に、プレイヤー全員がキャラクターという10万円を手にしています。
 そして、戦士や魔法使いというように各プレイヤーそれぞれ使用意図が違います。
 また、純粋に欲しいものを買えばいいわけではないのも同じこと。経験値が入れば極悪費度も構うもんかとする態度は、マニアックなアダルトDVDを戦果と披露するのと同じです。昔はプライベートな場所で勝手知ったる仲間とのみプレイしてた人も多くいましたから、『D&D』で村を焼いて女子供を売り飛ばしてgpを稼ごうが、マニアックなDVDを鑑賞しようが一向に構わないと嘯く人もまた多くいましたけど、今はさすがにそれやっちゃマズいでしょう。

 よくTRPGで葛藤と言えば堅苦しいという人がいますけど、それは葛藤というのがGMから与えられる受動的な存在だと思い込んでいるフシがあります。TRPGにある葛藤とは受動的なものばかりでなく、自分がゲームをどう遊びたいかという能動的欲求からくる葛藤も存在するということを理解してもらいたいです。そして、僕は後者の方が主軸であると主張します。
 
 「カレー味のウ○コか、ウ○コ味のカレーか」などという子供社会の枠組みから卒業して、カレーの味がするカレーを食べるよう心掛てみてはどうでしょうか。そのうえで、自分から率先して美味いカレー屋を吟味できるように成長したいものです。
posted by 回転翼 at 02:44 | TrackBack(1) | TRPG雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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