2005年06月13日

回転翼1号と2号 〜ゲーム感覚と感覚論争の内実〜

 往復書簡になってしまいますけど、白河堂さんに返答します。

 そもそも、「ゲーム感覚」って何でしょうか。
 非常に意味不明な表現です。胡麻のお菓子は中身がスカスカだから「ごまかし」ってな具合に中身がないけど外殻だけはガチガチの権威みたいな言葉です。実は僕にしたって、馬場秀和氏が何気なく使っている言葉を流用しているわけで、TRPGのスタンダードなんかじゃとてもないと思います。

 だから勝手に定義します。
 ゲーム感覚とは……、

 「プレイ環境、遊んだゲーム、プレイ実績、研鑽した知識から編み出したゲームに対する価値・識別・判断基準」
 
 これが僕が意義するところのゲーム感覚です。
 見ての通り、誰1人として他人と同じゲーム感覚を持ってはいません。そして経験から生まれたものですから、根底には「楽しく遊べた」ゲームには寛容な、「しっくりこなかった」ゲームには厳しい嗜好が加味されており、世間的な評価とは異なる評価をしていることもあるのです。それにプレイ環境やメンツの相性とかも加わって、余人とは違った独特の感覚が生まれるのです。

 どんな良作ゲームであれ、相性の悪いメンツとプレイして最悪の日となったゲーマー・Aが、そのゲームを「劣」と判断したとしましょう。そこで、別のゲーム環境でそのゲームを楽しく遊んでいて「良」と判断しているゲーマー・Bが「君の評価は間違っている」と言いたくなったとしましょう。
 だが、Bがどんなに自分のプレイ環境では楽しくプレイできていることを力説しても、そのゲームの「良」とする判断材料を力説したとしても、Aが相性の悪い条件下で劣悪なプレイをしたという事実は覆せないのです。
 TRPGの論議ともなるとよくあることなんですけど、BはAのゲーム感覚を自分への挑戦と見做して、Aの感覚を否定すべく「事実の塗り替え」を図ろうとします。だが、Aの感覚はBのあずかり知らぬ……Bの主張が通用しないような環境で育まれた可能性がとても高いのです。
 
 Bがどんなに力説した所で、Aのプレイ環境が潤うことなんかありません。

 これがネットでの論議ともなると厄介で、BはAの置かれた環境などお構いなしに、自己のゲーム感覚を一方的にまくし立てるだけという展開が頻発します。自分への挑戦と受け取ったBがAに思いやる気など毛頭なく、Aの事情など聞く耳持たず、「どんな事情があろうが低評価をするお前の感覚は許されない」と断罪します。
 まるで、「いじめられる方が悪い」など言い出す低級なカウンセラーのように。

 そして、AはBもまた自分とは相性の悪い人間だと見做してBの前から消えます。
 BはAが反応しなくなったことに勝利感を覚え、誰の役にも立っていないカラッポの「熟練者」ぶりを誇ります。ゲーマーの中には、こんなやり取りを続けて「自分はTRPGにおけるスタンダードな見識を持っている」と勘違いした人間すらいます。
 もちろん、「俺はスタンダードだ」なんて公言する人間などただの大馬鹿野郎です。実際には高みに昇って「君の発言は特異すぎてはいないか」などと他人のプレイ環境を異端視する輩がほとんどです。最悪、自分はマトモだと言わんばかりに人の揚げ足取りばかりする奴ってのもいます。
 第三者から見ればムダな努力にスカスカの虚栄心で、厨房呼ばわりされても仕方のない所業ですけど、B本人は自分のゲーム感覚を勝手に賭けるわけだし、1人勝手に論争というソロプレイに熱中しているんです。

 なんてムダな努力。

 経験は論理によって覆すことなど不可能です。
 いくら論理を駆使ところで、相手が感覚的にイヤというものを、相手の感覚に立ち入ってもいないのに改めさせることなんてできっこないです。Aとしては、Bがムギャオーしてナイフ持ち出したりトロイ投げ込んだりしないうちに退散するだけのこと。
 他人のゲーム感覚を自分のゲーム感覚で覆そうなど、他人を自分にするのと同じくらい難しい行為なのです。言わずもがなだが、論理をまくし立てる程度で洗脳なんてできっこない。

 まず、他人のゲーム感覚は自分とは異なることを認識してこそ、ゲーム感覚を持つことの第一歩と言えましょう。その上で、他人のゲーム感覚に改善を求めるならば過去・現在のゲーム感覚をとやかく評論するよりも、彼の未来のゲーム感覚が良い方向に改善するように努力するべきです。

 もし「劣」なゲーマーがいて、自分は「良」で彼の改善を求めるならば、1も2もなく彼を自分たちの「良」の環境に誘うことです。決して外様扱いせず、彼が自分とのプレイの中で「楽しいゲーム」を積み重ね、いずれは「良」と再評価をしてくれるまでじっくり「療治」するのがゲーマーとしての在り方ではないでしょうか。
 それすらせず、ひたすら口だけで改善を求めるの愚かな行為だし、そこに大義名分などはTRPG的にはありません。僕たちはTRPGのプレイのために論説しているのであって、TRPG系掲示板やTRPG系Blogのために論説しているわけではないのですから。

 僕たちの活動によって、直接的に有益となるのはゲームメーカーであり、ゲームデザイナーであり、ゲームマスターであり、ゲームプレイヤーであるべきはずなのです。SEESAAやはてなダイアリー、いわんや2chのためではないでしょう。

◆◆◆

 いかに他人がどうであろが、自分にとって「TRPGはここが楽しい」という経験は現役のゲーマーは必ず持っているでしょうし、ゲーム感覚とはその「TRPGの楽しい所」が詰まったものなのかもしれません。
 感覚なのですから、それを言葉にすることは難しいことですし、ましてや「自信」を持つなんてことを他人がエールすることなんて不可能です。不安からか好戦的になり、他人のゲーム感覚を攻撃すべく理論武装して、それで目に付く人にやたらめったら突っかかっていく「論客」など、過去の僕自身を含めてとても多くいます。
 そういう人はムダな努力で自分を消耗させるだけです。

 自分の「型」がないと思ってる人はゴマンといるでしょうけど、自分はTRPGで何が楽しいんだか分からないという人は少数でしょう。
 ゲーム感覚なんてみんな不定形です。自分が他人の型に入る必要などなければ、他人が自分の型に入り込むよう求めるのも「おこがましい」のです。

 ゲーム感覚は理論ではなくエンタメです。
 自分が持つ「TRPGの楽しい所」をエンタメとして人に提供し、興味を持ってプレイを共にしてくれる人との間に、未来のゲーム感覚を共有する……それこそがゲーム感覚のあるべき姿だと僕は認識しています。

 僕の勝負所は、自分がゲームの現場でどこまで未来のゲーム感覚を共有できるかという点のみに賭けています。従って、プレイヤーとしてもGMとしても、プレイの現場では普段『うがつもの』で見せている自虐キャラは見せないよう心掛けています。

 実際、回転翼は1人ではないですので。

 
posted by 回転翼 at 17:34 | TrackBack(0) | TRPG雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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