察するに「私はこれだけの人数相手にマスタリングできますよ」という許容PL数をシステム的必然性を以て主張する言葉なのでしょう。
うがってしまえば、「私がこれ以上捌けないのは私の不器量ではなくて、このRPGが正常に運営される許容人数をオーバーしているという私の合理的判断です」と言いたいが故の適応人数なのでしょう。
人をマスタリングしたいんじゃなくて、システムをマスタリングしたいんですな。
さて、この適応人数だが「3人」としている人はよく見かけます。
大抵がF.E.A.R社などに見られるシーン制……シーンごとに1人1人の演出をしているゲームを想定しているようです。『トーキョーN◎VA』や『アルシャード』のサンプルシナリオでは平均5人を想定してハンドアウトとか作っている(『エンゼルギア』は4人だけど)が、どうもBlogとか読み渡っての感じとしては、それでは多すぎるのでしょうか。
実際、サンプルシナリオをする際にどうしてもPLがハンドアウト数より1人多いなって事態になったらどう対処するのでしょうか。僕なら誰か2人にタッグを組ませ同一シーンをやってもらいますけど、それすらできないほど微妙なバランスだったり、想定外行動を考慮していない一本道シナリオ組んでるGMさんには「できない相談」なのかもしれません。
それにしても3人ってのは少ないって思うんですけどね。
あっ。
適応人数3人ってのは「3人までしか裁けませんよ」だけではなく、「私の人脈では3人しか集められませんよ」っても入るのかな。
まぁいずれにしろ、卓ごとの人数は減る一方です。
ゲームが遊び手に要求するものが多くなる一方で、遊び手の方もゲームで表現したいことが多くなったのが適応人数低下の原因かもしれません。いわゆるFFのような映画的演出をする大作RPGの世界を堪能させるTRPGならば、遊び手の方も大作RPGならではの映画的演出を求めるということなのかもしれません。
そんなに大層なゲームだと、みんなが主人公でないと要求には応えきれないでしょう。
つーか、「PC全員自分物語付きの主人公。クライマックスで共闘」というアニメの路線そのままですな。
それを当たり前だと思われると、誰でも一度は孤立したシーンに立たされて万能的な活躍を強いられるもんですから、『D&D』時代の感覚でパーティの欠点を補う補助役的なキャラメイクをした人はバカを見ます。
僕も一度、『ダブルクロス』でソラリスがいなかったもんですから、ソラリスで回復役キャラを作ったら、シーンとかいう以前に他の皆さんに「はぁ?」ってな顔された苦い経験があります。「他の人の補助をする」PLがいることに目を疑っていたようです。
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この前、RPG日本での打ち上げにて一笑に付されたことが1つあります。
それはいつの日かソロプレイ専門TRPGが出るという予測です。
PL1人とGM1人のマンツーマンセッション。
平均セッション時間は1時間。
デュエル感覚で卓を行き来できるよう、キャラクターの成長や死亡によるキャラクター廃棄などのルールは一切ない、完全ストーリー体感目的システム。
戦闘は『○ストワールド』などでおなじみのアレ。
……なんてのが出たら、ウケると思うんですけどね。
もちろん、その根拠は「GMの適応人数はどんどん低下してるんだから、そのうち適応人数1名というGMが大量に出るだろうし、彼らに適応したTRPGを用意するしかないっしょ」という酔った勢いがありますけど。
正直、イヤ。的中しないで。
RPG日本主催・第10回卓上RPG研究会、残念ながら欠席となります。
どうもすいませんね。






