魅力的なキャラはTRPGの産物と云えます。
ですが、僕らの周囲はゲームに小説、漫画にアニメとキャラクターを売りにしたメディアが溢れています。その中でTRPGが生み出すキャラクターが持つ特性や、どのような工程の元で生まれるのか認識することは有益なことかと存じます。
今日は、ただ作成されたキャラクターとプレイに使用されたキャラクターとの間にある差についてです。
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TRPGのキャラクターは誰であろうと魅力的になり得ます。
だが、創作活動に近い作業をこなさなければ、誰であっても魅力的なキャラクターなど制作はできません。描かれない絵、飾られない絵の魅力を語ることなどできませんから、世の名画とされる絵は例外なく描かれ、そして飾られています。
TRPGのキャラクターも、キャラクター作成ルールに従って作成しただけでは魅力的なキャラになるとは限りません。ただ、描かれない絵、飾られない絵だろうと絵師の脳内あるいは地下室にて絵師のみには光彩を放っているように、プレイされないキャラクターと云えども、作った本人のみには十分魅力的であるものです。
要するに自己満足なんですけど、作った本人からすればまんざら悪い思いではありません。TRPGのルールがなければ形にすらならなかったのですから。
だが、己の創作意欲が結実した自己満足だけが、TRPGで得られる快感ではありません。プレイに用いれば自己満足とは違った、新しい快感を得ることが可能で、新しい快感はキャラクターを実体なき虚像から、実感の持てる実像へと進化させることができます。
その新しい快感とは何でしょうか。
ここからは、新しい快感を得たゲームと、新しい快感を得られなかったゲームとして、『Forza Motorsport 2』と『WWE SmackDown vs Raw2008』を取り上げます。
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僕はプロレスが好きですから、『エキサイティングプロレス(エキプロ)』シリーズ……発売元がTHQに移って『WWE SmackDown vs Raw(SVR)』シリーズも購入しプレイしています。
このエキプロorSVRシリーズの売りとして、オリジナルのレスラーを作るエディット機能というのがありまして、細かな外見から技、仕草や入場シーンまで事細かに作成できるのです。それで作成されたオリジナルレスラーはCAWと呼ばれ、ネットでは自作のCAWを公開したりして交流が行われています。
ですが、最新版の『WWE SmackDown vs Raw2008』でもオンラインでは対戦しか行えず、またエディットパーツの一部が商標上使用できないということもあり、CAW表現の場としては不都合な状態です。
CAWの楽しさはMAD動画に近いもので、漫画やゲーム、アニメのキャラを再現してプロレスする姿を観て楽しむことだと思います。結局はYouTubeやニコニコ動画を借りて動画がちょこっと出る程度で、現状ではソリティア(1人遊び)ゲームの粋から一歩も出ていません。
さて、なぜSVRのことに触れたかと云えば、SVRのCAWは優れた……4以降は改善と改悪が混在し、手放しで褒められた進化をしていないのですが……エディット機能で完成度の高いキャラを作り出すことはできますが、それだけでは魅力的なキャラに「なる」ことはできないことを言いたかったからです。
魅力的なキャラに「なる」とはどういうことか…。
それはキャラが消費者(読者、視聴者、遊び手)にメッセージやイメージを与えるメディアとなり、メディアの世界で賞賛を得ることに他なりません。それには、作成されたキャラを披露し、その特徴を表現するという意識的素地が必要なのです。
云わば、作成したキャラを衆目の前に飾ることです。
SVRのCAWはキャラの個性を表現する場に乏しく、多くの遊び手にとってCOWを飾る楽しみに魅力を感じることはありません。ニコニコ動画を見れば分かると思いますが、動画を投稿する第一の理由は、衆目の反響を浴びたいという表現者なら誰もが持つ喜びにあります。反響を得られる場がなければ、反響を得る喜び自体に無頓着になりがちなもので、そうした環境では自己満足以上の感情は芽生えません。なぜなら、自己満足で事足りる世界では反響を得るための労苦や、より多くの反響を得るための戦略的視野を持つ必要性を感じないからです。
これは同じようにエディット機能が自由自在で、完成度の高いキャラクター(車)が作成できながら、オンライン環境が整っていたお陰で存分に自作ペイント車を披露でき、高い反響を得た『Forza Motorsport 2』との違いとも云えます。
Forzaのペイント車は反響を呼ぶ場が存在しているという点で、自己満足の発露でしかない実社会のペイント車より多彩な環境にあります。実社会のペイント車でアニメキャラをペイントしたものはあっても、野球やサッカーのユニフォームをモチーフにしたり、著名レーシングチームのレプリカペイントをしたり、挙句は企業商品やAAまでペイントしたいという環境はないでしょう。
実社会ではそんな真似までして得る反響より、自己満足感の方が優先されます。しかるに実社会のペイント車は俗に痛車と呼ばれる、作者の萌え感情の発露の手段に留まっています。
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反響こそエディットでは得られない新しい快感なのですけど、TRPGの場合イベントの場で数人の同好者相手に披露するわけですから、不愉快な反響はさほど多くありません。
何よりも反響をすぐに活かし、リアルタイムにキャラクターを肉付けすることが可能な点がTRPGの利点です。
TRPGのセッションでは、キャラメイクのみでは得られないキャラクターの細かい肉付けがプレイでの行動によってなされます。
キャラメイクではキャラの身体的特性、特技、大まかな性格、履歴書程度のプロフィールが設定されますが、出来上がったキャラクターはまだ書類上のデータでしかありません。自己満足してしまう人はキャラの肖像の多くを脳内のイメージ貯蔵庫に保蔵したまま、夢想することで満足してしまうものですけど、実の所肖像の多くは本人の想像力の遥か奥で眠っているものです。
キャラの面白さってのは生活の中に起こる光景に、どんなことを言って、どんな仕草で、どう動くのかってのを観察するのが楽しいわけで、それにはセッションを通して1つ1つ想像しロールプレイによって形にするしかありません。
そうして、キャラクターを実世界で動く僕たちと同様に思い、悩み、考え、行動する実像を持った存在にして、始めて二次創作の主人公としての使用に耐えうる魅力的なキャラクターへと進化するのではないでしょうか。
TRPGで使ったキャラが面白い肉付けができたってのは、どこのセッションでも自然に発生するものです。ただ、物語で楽しんだ思い出とその過程でダベっているうちにポンポン浮かんできた(ロールプレイと素性の混成物である)キャラは、あくまでも物語を作る際にできる副産物であって、副産物が脚光を浴びることはあっても、じゃあ副産物(面白キャラ)が欲しいから主産物(物語)抜きでTRPGをやろうとしても、目的に見合ったキャラが作れるとは思えないと云うのが僕の考えです。
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