2005年04月28日

力道山とタッグマッチ 〜プロレスとTRPGにおける「わざとらしさ」の「間」〜

 一昨日にも提示したとおり、TRPGとプロレスとの比較というお題で白河堂氏からバトンタッチをされました。
 察する所、白河堂氏はプロレスにはあまり詳しくはないようです。それは彼に限らず、多くのTRPGゲーマーにとって共通していることでしょう。
 ならば不肖、この回転翼がTRPGゲーマーにも楽しめるプロレスの醍醐味を解説してみましょう。だが、本職にはかなうはずもなく、プロレス評論家・菊池孝氏の卓見にすがること大です。菊池氏が昨年末の週刊ゴングに連載していた『菊池流!! 好きなプロレス嫌いなプロレス』がプロレスを語るメディアとして秀逸でしたので、それを参考資料とします。
 ちなみにバトンタッチされたとはいえ、何を論ずればいいのかなんて使命は受けていないので、手前勝手に書いていくのみです。

 まず初回として、「なぜプロレスとTRPGはわざとらしいのか」を説明しましょう。

 プロレスとTRPGに共通する点は、その批判のされ方、偏見の持たれ方が酷似していることです。
 TRPGがごっこ遊びと揶揄される通り、プロレスもまたやらせだと長年批判を受けてきました。両者とも、真剣で大真面目な状態では起こりえない「わざとらしさ」を持った媒体であることから受ける批判です。曰く、トップロープからのダイビング攻撃をなぜ避けない、なぜロープに跳ね返される、なぜ反則攻撃なんかする……まるで低俗な道化芝居の極みではないか、まともな感覚を持った大人の観るものではないと見下す門外漢のなんと多いことか。
 
 ことはTRPG内部でもあります。
 『GURPS・リングドリーム』に関して何度か厳しい批評をしたことありますけど、プロレスファンが長年批判されつつも大事にしている「プロレスの呼吸」はGURPSでは再現できなかったというのがあります。
 そして、それを非プロレスファンのTRPGゲーマーに伝えることができなかった……TRPG的にはなくても構わない代物であったということが、批判せずにはいられない要素でありました。

 当時、『コンプRPG』でリプレイが連載されていましたが、これがプロレスファンとしては大激怒のゲーム展開でした。肝心の試合が「これはプロレスではない。対戦格闘ゲームだ」と断言できるほど、マンチキンなGURPSバトルゲームでしかないもので、横綱相撲でもっと敵を出せと浮かれているリプレイはプロレスの観点から見ればとてもショッパイ(プロレス業界用語で「見せ物にならないつまらない試合」の意)代物でした。

 だが、いくらプロレス的にはダメでもTRPGゲーマーにとっては対戦格闘ゲーム以外の視点を持つ必要はなく、むしろ『武神降臨』とダブっていてアーケード対戦格闘ゲームの方にゲーマーの親和性があった状況ではプロレスの試合を組み立てるなどいうことは理解不能。
 結果はもう何度も言った通り。

 つくづく、対戦格闘ゲームがTRPGゲーマー的には下火になってよかったと思います。
 昔はコンベンションが終わるとゲーセンに駆け込むゲーマーが続出しましたからね。そっちに資金投下してるからルールブックは買わない、格ゲー談義で会場に殺風景な空間作る、シナリオを作る手間を惜しんでGMしない、格ゲー仲間としか会話しない、小銭がほしいと100円玉を勝手に根こそぎ両替する、撤収を手伝わない(これが一番ムカつく)……。

 う〜む。またしてもいつものルサンチマンが。
 だけど、怨み節するとアクセス数アップするんだよね。
 ……複雑。

◆◆◆

 プロレスを知るには、プロレスの呼吸を知っておくべきでしょう。
 ここで菊池氏のコラムから日本のプロレス黎明期を紐解いてみましょう。

 日本でのプロレス初興行は昭和29年2月19日、蔵前国技館での日本プロレス旗揚げ興行です。そのメーンは力道山、木村政彦組対シャープ兄弟組で、この試合は『日本全史』(講談社)にも掲載されている歴史的イベントとされています。
 ここで注目するべきは、日本初の本格的なプロレス興行のメーンがタッグマッチであるということです。菊池氏によれば、世界のプロレスがシングルマッチから始まっているのに対して、日本のみがタッグマッチから始まっているのには、日本人の観客を踏まえたわけがあるとのことです。
 
 そのわけとは、観客に伝染する「殺気」です。
 観客が熱狂して暴徒と化すのがいかに危険なのかは、サッカーを観ている人なら容易に理解できるでしょう。この前のW杯アジア最終予選、イラン対北朝鮮で「北朝鮮チーム=正義、外国チーム=悪」という教育を受けた北朝鮮側の観客が真剣勝負の舞台の現実に晒されたことで一部暴徒化したニュースは誰もが知っているでしょう。
 サッカーですらそうなのです。格闘技ともなればどうなることやら。
 
 プロレスを見慣れていない日本の観客がエスカレートし、レスラーに殴りかかった光景は力道山時代のプロレスにはよくあったようで、いきなりシングルをするのは危険だったようです。

 そこで組まれたのがタッグマッチです。
 タッグマッチとなれば緊張を解きほぐす「間」が存在しています。たとえ1人がやられていても「タッチをすれば展開が変わる」という予測が立ち、観客がいきり立つような状況にはなりません。そして、タッチを受けた力道山が悪役をバッタバッタとチョップでなぎ倒す光景にヒーロー参上となり、緊張は狂喜へと変質するのです。
 力道山は初戦にタッグマッチを組むことによって、プロレスは真剣勝負にはない「間」があることをまず観客に教育したのです。ピンチになってもパートナーがいるから、観客である貴方が立ち上がる必要はない、安心して興行を楽しんでくれということです。

 ところで、力道山、木村組が対戦したシャープ兄弟はヒール(悪役)レスラーではなく、アメリカンプロレスによくいる腕っ節の強い喧嘩レスラーでした。だが、シャープ兄弟組は今では当たり前のように行われている、タッチをごまかし、乱入を繰り返し、自コーナーで2人掛かりで攻撃するなどのタッグ戦術を駆使するのに対して、力道山、木村組は律儀にルールを守っています。
 力道山はただ観客をクールダウンするだけではなく、アメリカやメキシコのプロレスが興行を盛り上げる手法として取り入れていた「ベビーフェース(正義の味方)とヒール(悪漢)」というロールプレイを観客に教え込み、ヒートアップさせてもいました。
 事実、力道山はシャープ兄弟に続く外国人選手に極悪ドイツ系選手(ヒールと言えば「ナチスの残党」)を招待し、流血ありの極悪プロレスを展開して観客を大熱狂させています。

 日本でプロレスが認知され市民権を得るよう興行を組み立てた力道山は選手としてのみならず、プロモーターとしても一流でした。彼がプロレスを観客が安心して観られるよう興行を組み立てたからこそ、今でもプロレスは盛んなのです。

 そう言えば、対戦格闘ゲームにハマってたゲーマーは必ずと言っていいくらい「格ゲーが原因で殴られた」とか「格ゲーに負けた腹いせで殴り合いした」とかいう武勇伝をしたものです。
 彼らが中学生〜高校生の少年少女ゲーマーに怖がられていた……ゲームが原因で殴るような危険人物なのか、またはそういう人を招き入れている人なのか……のは言うまでもありません。
 実際殴られたし、蹴られたし、肘打受けたし、関節食らって脱臼したし。
 
◆◆◆

 プロレスが「わざとらしい」のは、真剣勝負になると伝染する「殺気」を緩和し、観客として安全な方向に熱狂を誘導する目的があるからです。観客が暴徒化する危険よりは、斜に構えた人にやらせと揶揄される方がよっぽど安全なのです。

 TRPGとて同じことです。
 もしTRPGが勝者敗者の立場が明確な真剣勝負のゲームになったらどうなるでしょうか。『D&D』の時代にパーティとDMとの化かし合いのスリルこそがTRPGの醍醐味だと信じた人が、『GURPS』の時代に1秒単位で動くというリアル志向派を惹きつけたマニューバブル(戦闘コマンドが多彩)なバトルゲームこそがTRPGの醍醐味だと信じた人が、ロールプレイなんてまどろっこしいことなんかやってられねぇ、ガチンコのダイスバトルゲームさえやれれば幸せなんだと意気込む光景を何度も見てきています。
 
 ちなみに、こういうゲーマーが出没するのはTRPGもゲーセンも、TCGも金にまかせて幾らでも入手でき、コンベンションもサークルも乱立していて自由に渡り歩けた東京という環境特有のものかもしれません。都会のゲーマーは地方のゲーマーには想像もできない苦労をしているのです。

 彼らはTRPGの「間」を捨て、ダイスバトルの熱狂をクールダウンさせることなくプレイし続けて燃え尽きました。その多くがロールプレイなどなきTCGに流れ、莫大な金をカードに費やしたものです。
 『リングドリーム』でプロレスの「間」がないことに憤りを感じましたが、それは同時にロールプレイなきダイスバトルゲームがTRPGの「間」を蔑ろにしていることへの怒りでもあるのです。

 ではプロレスの「間」、TRPGの「間」とは何でしょう。
 今回の対比で取り上げたタッグマッチの妙、ベビーとヒールの構図はそのまま、TRPGのパーティの妙、物語の構図に当てはまるのです。

 なぜTRPGは複数の人間がパーティを組み、対立しない盟友として協力してプレイをするのでしょうか。ガイギャックスの意図は知りませんけど、僕の論理としては、「複数のプレイヤーがチームを組むことによってゲームオーバーの危機を回避する」ためにあると見ています。自分のキャラがピンチでも仲間がいれば生き残れるという観測があるから、プレイヤーはGMに参加権利を執拗に訴える必要が緩和されるのです。
 
 TRPGにストーリーを入れるのは、プレイヤー本人の性質からゲームを分離するためのクールダウンの手法のみならず、感情移入というヒートアップの手法を自然に取り入れるための手段でもあります。

 プロレスもTRPGも、「間」がもたらすクールダウンとヒートアップの効果をいい塩梅に調節する機能を持っているメディアなのです。だからこそ熱狂と冷徹とを兼ね備えた娯楽性の高い文化になったのです。
 プロレスやTRPGが「わざとらしい」のは間を大事にする大人の余裕なのです。
 大人の間を持った文化を揶揄し、真剣勝負こそいいと称する人たちは熱狂に揉まれた経験のない青臭い子供なのです。彼らはいずれ、暴走の先にあるものを垣間見て苦い教訓を得るでしょう。

◆◆◆

 追伸:送信ミスで3重投稿になってしまいました。
posted by 回転翼 at 11:30 | TrackBack(4) | プロレス → TRPG | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年04月26日

カテゴリに「プロレス → TRPG」追加

 TRPGとプロレスとの比較というお題で、白河堂氏からバトンタッチをされました。
 そこで「プロレス → TRPG」というカテゴリを設け、TRPGゲーマーにも理解できるプロレスのカラクリを説明していこうかと思います。
 でも今日はこれから実家に帰らないといけないので書く時間ないです。どうもすいません。
 

 
 
posted by 回転翼 at 17:21 | TrackBack(1) | プロレス → TRPG | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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